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校長講話等

前期終業式 校長講話(令和5年9月29日)

 皆さん、おはようございます(こんばんは)。

 今日は、生活体験作文で本校代表となった皆さんへの表彰がありました。今月初めの全校集会でも多くの表彰がありましたが、さまざまなことで羽生高校の生徒の皆さんが頑張っているのは、本当に素晴らしいことです。また、生徒会の皆さんをはじめ、各クラスや部活動、有志の皆さんが、勾玉祭に向けて、それぞれの企画に取り組んでいます。そうした皆さんの姿を見ることができるのも、とても嬉しいことです。

 さて、本校は2学期制ですから、今日で前期が終わります。通知表が渡されます。結果が良かった人も、思うような成績が取れなかった人も、その原因を考えてみてください。成績の数字だけ見て終わりにしないでください。振り返って、なぜ良かったのか、なぜ悪かったのか、考えてください。

 人間は完璧ではありませんから、うまくいかないことは誰にでも山ほどあります。うまくいかなかったとき、何が悪かったのか、どこに問題があったのか、どうすればよかったのか、それを考えた人は、次に同じ間違いをしません。逆に、うまくいったときに何が良かったのかを考えなかった人は、次に同じようなことに取り組んだとき、成功する率は5分5分になるでしょう。

 前にも話したことがありますが、人間が何かを成功させようとするときの一番の近道は、良いところを伸ばすことと悪いところを直すことです。しかし、ものごとによっては、失敗をしないと、どこが悪いのかがわかりません。

 そう考えると、人間が何かを成功させるためには、ときには、失敗を経験しないといけないのかもしれません。「失敗は成功の母」という言葉がありますが、それどころではないですね。失敗は、成功の必要条件とさえ言えるでしょう。

 だから、皆さん。失敗したことで自分を責めなくていいんです。それよりも、なぜ失敗したのか、ちゃんと考えることの方がずっと大切です。取り返しのつかない間違いは、そうはありません。失敗の経験の多くは、次にうまくやるためのヒントをもらったようなものです。同じ失敗を繰り返さないよう、色々なことを、ちゃんと考えましょう。それは、失敗を成功に変えることにつながります。

 ただ、人間は、死んでしまうと失敗を成功につなげるチャンスを失ってしまいます。だからこそ、いのちは何より大切なのです。

 私が、こういう機会があるたびに「いのち」と「時間」と「決まり」の三つを大切にしてくださいと呼びかけている背景には、そんな理由もあります。限られた時間は、限られたいのちということですし、ルールやマナーやエチケットは、お互いのいのちを尊重するための仕組みのひとつです。どうか大切にしてください。

 そして、大切にするというのは、よく考えるということでもあります。どうぞ、よく考えてください。

 しかし、自分ひとりで考えていても、あるいは自分のことだけ考えていても、考えが狭いままになってしまいます。自分にできることで誰かを助けたり、誰かを手伝ったりすることで、自分の世界が広がります。自分の考えが広がります。試してみてください。

 誰かを助けたり手伝ったりするのが難しいなあ、という人は、出会った人に挨拶をしてみましょう。そうすると、ほんの少しだけ、挨拶した相手のことを考えられるようになります。

 自分の考えだけでは足りないときのために、友だちがいます。本があります。先生方がいます。ほかの大人たちがいます。困ったときは誰かに相談しましょう。助けを求めましょう。考えが広がり、考えが深くなります。考えの幅を広げてから、また考えてみましょう。

 終業式は、ひとつの節目です。何かを考えるきっかけにするには、良いかもしれません。何かを考えた人は、考えた分だけ少し成長します。何かをきちんと考えると、考えた分だけ、今年度の後半が良い日々になると思います。どうぞ、考えを深める時間を作ってください。

夏季休業明けの全校集会 校長講話(令和5年9月1日)

 改めまして、皆さん、おはようございます(こんばんは)。皆さんの元気な姿を見ることができて、たいへん嬉しく思っています。

 私はいつも、こういう機会に、「いのち」と「時間」と「決まり」の3つを大切にしてくださいということを、繰り返し話しています。

 さきほど、全国大会で活躍したソフトテニス部の皆さんの表彰や、書道部の皆さんの表彰が紹介されました。また、基礎学力向上補習の皆勤賞の表彰もありました。そして、表彰されてはいませんが、剣道部で全国大会の運営の役員を務めた人や、暑い中、毎日のように勾玉祭の準備に取り組んでいた生徒会の皆さんもいます。みんな、この夏休み中に自分の命をより良く使い、自分の命を成長させることができた人たちです。

 私は、いつのまにか今年60歳になりましたが、今、幸せを感じることのひとつは、若い人が成長する姿を見ることです。皆さんが自分の命を大切にして、自分の命の力を伸ばしていくのを見られるのは、私にとっても、また、ほかの大人にとっても、素敵なことだと思います。

 夏休み前の全校集会で、私は「ひとりの努力が、多くの人を幸せにすることがある」という話をしましたが、皆さんが目の前のことに一生懸命頑張っている姿は、皆さんが自分で感じているよりも、おそらく、ずっと素敵なものだと私は思っています。その努力自体が、今という時間を大切にすることにつながっています。

 話は変わりますが、今日は皆さんに「シェイクアウト訓練」をやってもらいました。(このあと、やってもらいます。)今日は、関東大震災からちょうど100年目にあたります。私の祖父は、そのとき教員をやっていたのですが、子どもたちと一緒に教室の窓から外に出て、近くの竹藪に逃げたという思い出を語ったことがありました。まわりの皆が無事でよかったと思ったそうですが、そのころ、関東を中心に多くの犠牲者が出ていたのも事実です。たくさんの命が失われた悲しい事実から、私たちは多くのことを学び、生かしていかなければなりません。これも、命を大切にすることのひとつです。

 長い休みは終わりましたが、これからの生活も、「いのち」と「時間」と「決まり」の3つを大切にして過ごしてほしいと願っています。

 さて、もう一つ。夏休み前の全校集会で、私は「この夏休みに、誰かを助けるような手伝いをしましょう。そしてまた、読書をしましょう。」と皆さんに呼びかけました。

 どうでしたか?どんな小さなことでも、誰かの助けになるようなことができましたか? 逆に、本当に困ったときに、きちんと誰かに「助けて」ということができましたか?どちらも大事なことです。

 今、生きている人でなくても、ずっと昔の人が書いた本の中にある言葉が、自分の心を救ってくれることがあります。そんな本を読むことができたらいいですね。夏休みは終わりましたが、ひとりでも多くの人に良い本との出会いがあるよう、願っています。

 それでは、今日からまた始まる学校での日々が、皆さんにとって良いものであるよう祈りつつ、校長講話といたします。

夏季休業直前の全校集会 校長講話(令和5年7月27日)

 改めまして、皆さん、おはようございます(こんばんは)。

 先ほど(今朝、昼間部の全校集会で)、ソフトテニス部の皆さんに対する壮行会がありました。その前にあった表彰では、硬筆展関連で3名の生徒の皆さんが表彰を受けました。

 一昨年は、ソフトテニス部、陸上部、剣道部の選手の皆さんが全国大会で活躍しました。昨年度は、美術部や書道部の皆さんが、それぞれ素晴らしい賞をいただきました。

 羽生高校の素晴らしいところは、運動部・文化部の区別なく、いろいろな分野で頑張る人が現れること。そして、そういう頑張る人を指導して、一緒に成長することを実現させてくれる先生方がいらっしゃることだと、私は考えています。

 また、生徒会活動や各種委員会活動などもそうですが、対外試合などのない部活動やボランティア活動のような「勝ち負けや順位などに関係のないところ」でも一所懸命頑張って、自分の力を尽くしている生徒の皆さんがいます。これが羽生高校の雰囲気を良くしてくれている大きな理由のひとつだと、私は思っています。

 このように、ひとりの頑張りが、周りの皆を、いつのまにか幸せにしてくれることがあります。

 

 さて、皆さんにこういう場面で話をするとき、私はいつも、「いのち」と「時間」と「決まり」を大切にしてほしい、ということを言っています。

 まず、最も大切な、一人ひとりの「いのち」について話します。

 勉強でも運動でも趣味でも、何かを通じて自分を成長させることは、皆さん自身の「いのち」をより良く使うことになります。しかし、成長した自分がどのように変化するかは、前もってわかることではありません。成長したら何をどう感じるようになるのかも、誰にもわかりません。だから、価値がわからないことや、どうなるかわからないことを、無駄だと決めつけたり、努力する人を馬鹿にしたりしては、絶対にいけないのです。どうか、これからどのように成長するかわからない自分の「いのち」も、他人の「いのち」も、両方とも大切にしてください。

 また、同じように、高校生として過ごしている、限られた「時間」を大切にしてください。その大切な時間は、自分をより良く成長させるために使ってほしいと思います。

 そして、「決まり」を大切にしてください。いつも言うように、ルールやマナーなど、すべての決まりごとには、それが決められた理由があります。決まりを破ることは、決して格好いいことではありません。決まりを破ることは、誰かを傷つけることや、自分が傷つくことにつながります。決まりを大切にして、考えて行動するようにしましょう。

 

 最後に、毎年言っていますが、夏休みにしてほしいことについて話します。

 家の手伝いでも何でも、どんな小さなことでもいいのです。誰かを助けるような、良いことをしましょう。そして、もう一つ。本を読みましょう。

 3年ほど前に出た本でしたか、「ぼく モグラ キツネ 馬」という題名の絵本があります。男の子が、馬やキツネやモグラと会話しながら旅をするお話ですが、そのやりとりの中で、男の子の質問に対して、馬が答える場面があります。

 「 “いままでにあなたがいったなかで、いちばんゆうかんなことばは?”

  ぼくがたずねると、馬はこたえた。

   “たすけて” 」

 馬は、一番勇敢なのは、「たすけて」という言葉だと答えます。そして、次のようにも言うのです。

 「たすけをもとめることは、あきらめるのとはちがう」

 「あきらめないために、そうするんだ」

と続けます。

 皆さん。あなたが誰かをたすけることが、こういうことにつながるのだと考えると、素敵だとは思いませんか。そして、こういう言葉との出会いが、読書にはあります。

 

 今日は、「ひとりの努力が、多くの人を幸せにすることがある」という話と、「いのちと時間と決まりの3つを大切にしてほしい」という話と、「長い休みのうちに、誰かを助けるような手伝いをしましょう。そしてまた、読書をしましょう。」という話、この3つについて、お話しをしました。

 9月1日に、また、皆さんの元気な顔を見られることを、楽しみにしています。

ソフトテニス部全国大会出場に向けての壮行会「激励の言葉」(令和5年7月27日)

 全国大会に出場する選手の皆さん、おめでとうございます。また、先ほどは、部活動を代表しての立派な挨拶を、ありがとうございました。全国大会では、自分たちの力を十分に発揮し、大きな舞台での体験を楽しんできてもらいたいと思います。

 この素晴らしい成果は、選手の皆さん一人ひとりの努力と先生方の御指導によるものです。しかし、先ほど選手自身の挨拶の中にあった言葉のように、多くの人の支えや助けもあったことでしょう。

 本校には、色々な部活動や、生徒会活動などで頑張っている人が、たくさんいます。そうした多くの生徒の皆さんの代表として全国大会に出場する皆さんです。羽生高校の名前を背負って、本校の皆さんの応援を感じてもらえればありがたいと思っています。

 全国大会が、選手の皆さんにとって良い思い出になる、幸せな3日間となるよう、御活躍を祈っています。

修学旅行直前指導 引率責任者挨拶(令和5年6月6日) 

 皆さん、こんにちは。

 良い挨拶が返ってきて、気持ちがいいです。皆さんの素晴らしいところですね。

 いよいよ、明日から修学旅行です。皆さんの心も期待に満ちているのではないかと思います。気持ちが浮ついてしまっているかな、と、少し心配していましたが、今の落ち着いた様子を見て安心しました。こういうときに静かに集中して話を聞くことができるのは、皆さんの、もう一つの素晴らしいところです。

 さて、時間を少しいただいて、旅に関係するお話をします。

 今は令和5年ですが、令和という元号のもとになった、梅の花をお題にして歌を詠む宴を開いたのは、奈良時代の大伴旅人という人です。奈良の都から、遠く北九州の太宰府というところの長官を任されて働いていましたが、そこで、愛する妻が亡くなってしまいます。その悲しみをテーマにした多くの歌があるのですが、それと一緒に、山上憶良という人が、悲しみに沈む大伴旅人のそばで、旅人のつらい心を代わりに歌にしてあげた作品が残っています。その歌を紹介します。

 「くやしかも かくしらませば あをによし くぬちことごと みせましものを」

 (悔しいなあ。こんなことになるとわかっていたら、妻と一緒に旅をして、国中ことごとく全部見せてあげたのに。死んだ今となっては、何もしてあげることができない。悔しいなあ。)

 というような意味です。

 「悔しかも 斯く知らませば 青丹良し 国内ことごと 見せましものを」

 奈良時代は、便利な乗り物もないし、綺麗なホテルもありません。今の私たちには想像もできないほど、旅はつらいものだったはずです。しかし、それでもやはり、愛する人を色々なところに連れて行って、素敵なものをたくさん見せてあげたかったなあ、と思う心は、今の私たちと変わらないと、私は思います。

 旅というものを通じて、今まで知らなかったものを知る。初めてのものを見たり、聞いたり、食べたり、話したり、触れたりする。それは、大きな喜びです。

 旅の中で、友達の、今まで知らなかった意外な一面を知ったり、今まであまり仲良くなかった人の、とても素敵なところを発見したりする。これも、大きな楽しみです。

 今の世の中は、テレビやインターネットなどを通じて「わかったつもり」になってしまうことが多いのですが、かえって、そんな世の中だからこそ、実際にそこに行くことや、その人に会うこと、本物を見ることは、素晴らしく貴重な体験になります。

 皆さんにとって、明日からの修学旅行が、そうした貴重な体験になることを願っています。

 そして、帰ってきてから、その貴重な体験を振り返って、自分なりに考えてみることによって、自分を成長させたり、その体験を今後の人生に生かしたりすることができるものにしてもらえたらいいなあ、と、願っています。

 その願いを皆さんへのメッセージとして、挨拶といたします。

第53回入学式 式辞(令和5年4月10日)

 今年は例年よりも早く、さまざまな花が咲いています。羽生市の花である藤も、美しい紫色の房を、そこここで見かけるようになりました。このような佳き日に令和5年度埼玉県立羽生高等学校第53回入学式を挙行できますことを、校長として心から嬉しく思います。ここにお集まりの皆様をはじめ、御尽力いただいたすべての方々に、心からの感謝を申し上げます。

 さて、先ほど呼名された70名に入学を許可いたしました。新入生の皆さん、入学おめでとうございます。義務教育と違って、自分の意思で高校への進学を選び入試に挑戦した結果、皆さんはここにいます。不安や迷いを乗り越えた自分に誇りを持ってください。これからは、羽生高校の生徒として一緒に学んでいきます。私たちは、皆さんを歓迎します。皆さんのこれからの努力を、応援します。

 また、新入生の皆さんを育て、支えてくださった保護者の皆様、おめでとうございます。そして、この場にはいない、新入生を今まで見守り、助け、応援してきてくださった多くの方々にも、心よりお祝いを申し上げます。

 本校は今年で創立76年目を迎えます。多くの卒業生が、ここで学んだことや体験したことを生かして、社会のあらゆる分野で活躍し、世の中を支えています。在学中の先輩の中にも、さまざまな困難を乗り越えて、ここで素晴らしい高校生活を送っている人が大勢います。新入生の皆さんも、羽生高校での学習と生活を、自分の成長のために生かしていってください。

 それでは皆さんに、これから大切にしてもらいたいもの、守ってもらいたいものについて、3つお話をします。

 一つ目は、いのち。人の命です。皆さんも、私も、大切な「命」を持っています。どんな人にも、命はひとつしかありません。平等です。この最も大切な宝は、何があっても守らなければなりません。自分の命を大事にする、ということは、自分の人生を大切にして、自分を成長させるということです。自分の命をより良く使うということにつながります。

 そして、他人の命も大事にしてください。誰かをいじめたり、誰かが頑張って成長しようとしているのを邪魔したり、何かに真剣に取り組んでいる人をからかったりするのは、他人の命を粗末にすることです。そんな人は、自分自身のことも大切にはできません。命の価値は平等ですから、どうか、自分の命も他人の命も大切にしてください。

 さて、大切にしてもらいたい二つ目のものは、時間です。どんなに立派な人の時間も、そうでない人の時間も、同じように過ぎていきます。その、誰にでも平等に与えられた時間を大切にしてください。授業でも部活動でもいい、そのときに取り組んでいる、目の前のやるべきことを大切にすることが、時間を大切にすることにつながります。

 三つ目は、決まりです。決まりごとを大切にしてください。すべての決まりには、必ず理由があります。その決まりを守ると便利になったり、得をしたりします。あるいは、その決まりを守ると誰かを傷つけずに済んだり、自分が傷つかずに済んだりします。

 若い頃には、決まりを破ることが格好良く見えてしまうことがあります。しかし、それは錯覚です。なぜ、その決まりがあるのか、理由を考えるようにしてください。もしも、その決まりがあるため、かえって不便な人や傷つく人を増やしてしまっているのなら、正しい手続きで決まりを変えましょう。決まりを破ったり壊したりする力ではなくて、誰かと協力してもっと良い決まりをつくる力、決まりをより良く変える力を手に入れましょう。そんな力を養いましょう。

 命と、時間と、決まりを大切にしてください。これが、守ってほしい3つのことです。

 さて、保護者の皆様。本校は単位制という、生徒一人ひとりの希望や生活のリズムに合わせることのできる柔軟な教育システムをとっています。しかし、これは大きな自由がある反面、大きな責任を自分自身で負わなければならないシステムでもあります。卒業するためには、自分自身をしっかり管理できることが必要です。保護者の皆様、どうか、本校の教育方針について御理解いただき、お子様の健やかな成長と卒業を実現するために、学校と連携しながらの御協力を賜りますよう、お願いいたします。我々教職員も、全力で生徒の皆さんの努力を支援いたします。

 最後に、入学生の皆さん、どうか、保護者の皆様をはじめとする、皆さんが高校で学ぶことができるように道を拓いてくれた人達に感謝の気持ちを持てるようになってください。そして、今度は皆さんが、どんな小さなことでも良いですから、誰かのために道を拓いてあげられるような力を、この羽生高校で身につけて卒業してください。皆さんが実りある高校生活を送り、大きく成長することを祈念し、式辞といたします。

令和5年度前期始業式 校長講話(令和5年4月10日)

 皆さん、おはようございます(こんばんは)。本校の校長として3年目を迎えます。皆さんと一緒に過ごせること、皆さんの成長する姿を見られることを、たいへん嬉しく思っています。

 令和5年度が始まりました。始まりの日に1年後のことを考えるのは変だなあと思う人もいるかもしれませんが、皆さん、ちょっと、1年後の自分のことを想像してみてください。こうなればいいなあという、自分の姿を思い浮かべてください。皆さんはどんなふうに成長していますか?

 今、皆さんが思い浮かべた「成長した自分の姿」に近づくため、ぜひ、何か目標を立ててください。そして、目標を立てるだけではなく、目標に近づくために、何をすればいいかを、考えてみてください。そして、それを実行するための方法についても、工夫してみてください。

 とてつもなくすごいこと、夢みたいな大きいことを実現した人たちは、皆、とてもささやかなことや、たいへん小さなことを、少しずつでも、ずうっと積み上げてきた人ばかりです。

 お店で買い物をするわけではありませんから、これだけ努力したから、努力した分だけ必ず成功する、ということはありません。しかし、成功した人は皆、努力をしています。成功するために、具体的な行動をしています。そして、努力したら成功があると約束することはできませんが、これだけは約束できます。人は、努力した分だけ成長します。

  学校は、わからなかったことが、わかるようになる場所です。できなかったことが、できるようになる場所です。今までつながっていなかった人や知識や物事が、つながるようになる場所です。だから、今は、わからなくてもいい。できなくてもいい。それは恥ずかしいことではありません。もちろん、間違ってもいい。しかし、わからないままで平気でいるのは、できないままで平気でいるのは、恥ずかしいことです。同じように、何かを間違ったままにしておくのも、いけません。

 皆さんが小さい頃、ディズニーの映画で「ありのままの」という歌が流行りましたね。ありのままの自分でいられるのは素晴らしいことですが、それは、決して「今のままの自分でいい」ということではないと思います。 

 さて、私はこういう集会で、いつも「いのちと、時間と、きまりを、大切にしましょう」と呼びかけています。今年度も変わりません。「なりたい自分になる」という目標を実現することは、自分自身のいのちを成長させることです。校訓にあるように「自立」し「飛翔」するということは、目標を実現するために時間を大切にして取り組み、自分のいのちを成長させ、輝かせることにつながります。

 また、頑張る自分を助け、励まし、支えてくれるのが、人と人とのつながりです。それが校訓にある「友愛」です。人と人とのつながりですから、ルールやマナーなどのきまりごとが大切になってきます。また、人間は他人から助けてもらうだけ、励ましてもらうだけ、支えてもらうだけでは満足しません。皆さんには、お互いに助け合ったり、励まし合ったり、支え合ったりできるような力を身につけてほしいと思います。そのためにも、この1年間の目標を立てて、いのちと、時間と、きまりを大切にして、生活してほしいと願っています。

 今日の午後、新入生が入学してきます(きました)。皆さんが良い先輩として成長する姿を、後輩たちにも見せてあげてほしい。そう思っています。以上、始業式における校長講話といたします。

後期終業式 校長講話(令和5年3月22日)

 皆さん、おはようございます(こんばんは)。

 後期の終業式を迎えました。昨年のこの場でも言いましたが、皆さんにとってのこの1年が、どんな小さなことでもいい、自分が成長したと思えるような、何らかの努力が実を結んだと思えるようなものであることを祈っています。

 3月10日に行われた卒業式には、数年ぶりに在校生の皆さんにも参加してもらいました。「国歌」「校歌」「旅立ちの日に」などを自分たちの声で歌って、卒業生を送り出すことができました。たいへん嬉しく思います。卒業生の皆さんは、きっと、羽生高校での日々によって成長した自分自身に、しっかりとした手応えを感じつつ、巣立って行ってくれたことと思います。

 さて、生徒会の皆さんが作ってくれた「翔」という冊子があります。皆さんに配られるものですが、この中に、私の思いも書かせてもらいました。読んでもらえるとありがたいです。そこにも少し書きましたが、学校は、「わからなかったことが、わかるようになるところ」、「できなかったことが、できるようになるところ」、「今までつながっていなかった人や知識や物事が、つながるようになるところ」です。

 人が何かを学び成長すること、より良い自分に変わっていくということは、素晴らしいことです。成長すると人は変わります。成長する前の、変わる前の自分とは、ものの感じ方も考え方も変わっていきます。

 成長して変わる前の自分にとって大切でなかったことが、変わったあとの成長した自分にとって、とても大切なものになっていることは、よくあります。変わる前の自分には、成長して変わった後の未来の自分が、ものごとをどのように感じるかは、わかりません。しかし、今、皆さんがやろうとしていること、やらねばならないことなどに対して、どのように取り組むのかを任されているのは、今ここにいる皆さん自身です。

 どうか、1年後の自分、2年後の自分、あるいは5年後、10年後の未来の自分から、「あのとき、あんなふうに行動してくれて、ありがとう!」と言ってもらえるように、今、ここでの日々を大切に過ごしてほしいと願っています。

 

 このような集会で、私は皆さんに対して、「命を大切にしましょう」、「時間を大切にしましょう」、「きまりを大切にしましょう」という話を続けてきました。今日も、これからも、変わりません。

 卒業した先輩たちは、自分の命をより良く成長させるような生活を送って、巣立って行きました。それは、高校生としての時間を大切にしてきた、ということです。そして、まわりの人と一緒に成長してくる中で、お互いを大切にするために、ルールやマナーなどの、さまざまなきまりを大切にしてきた、ということでもあります。そんな先輩方に続いてください。

 さあ、長い休みに入る前には、いつも言っていますが、本を読みましょう。家の手伝いをしましょう。本は、自分の世界を広げてくれます。手伝いなどを通じて誰かの役に立つことは、自分の成長を感じる第一歩となります。

 そして、挨拶をしましょう。挨拶は、人と人との心を近づけ、心を開いてくれるきっかけになります。

 繰り返しになりますが、今年度の一年間が、皆さんにとっての成長につながるものであったことを祈りつつ、来年度の、これからの一年間が、さらに実を結ぶものとなることを願っております。休み明け、4月10日の始業式に、皆さんの元気な顔を見せてください。

 

第53回卒業証書授与式 式辞(令和5年3月10日)

   式辞

  暖かい春の光の中、桜のつぼみも膨らんでいます。校庭の木の枝の上には、埼玉県の鳥であるシラコバトが可愛らしい鳴き声を聞かせてくれています。今日の佳き日、PTA会長 上野 貴博 様を御来賓としてお迎えし、保護者の皆様にも御臨席いただき、埼玉県立羽生高等学校第53回卒業証書授与式を挙行できますことは、大きな慶びでございます。

 本日、本校を巣立っていく59名の卒業生の皆さん、おめでとうございます。そして、本校の教育活動に多くの御支援と御協力をお寄せくださった保護者の皆様にも、御礼と共に心からのお祝いを申し上げます。

 卒業生の皆さんは、校訓の三つの言葉どおり、年齢や、生まれ育った場所や、それぞれのアイデンティティーなどの違いを超えて、互いに「友愛」を育み、高校生活を通じて「自立」の力を養って、今日、巣立ち「飛翔」していく日を迎えました。

 卒業後、皆さんが新しい世界に挑戦していくにあたっては、多くの不安や、避け難い困難もあることでしょう。しかし、皆さんは羽生高校の生活の中で、それを乗り越えるための学びに取り組み、力をつけてきました。皆さんは成長しました。自分を信じて進んでいってください。

 さて、成長というものについて、ひとつ話をします。2~3歳くらいの子どもを小さい公園の砂場に連れて行って、「好きなだけ遊んでいいよ」と言うと、どうでしょう。おそらく喜びます。しかし、高校生相手に同じことを言ったら、きっと怒るでしょう。なぜなら、もう砂場の遊びでは満足できないほど成長したのですから。

 人は、成長すると、今までつまらないと思っていたことを面白く感じるようになったり、今まで気にしていなかったことに不満を感じたりします。それらの逆のこともあります。

 これからの生活の中で、皆さんも、頑張って願いが叶ったのに不満を抱くことがあるかもしれません。希望する道へ進んだのにつまらなく感じることがあるかもしれません。しかし、ひょっとしたら、その不満は皆さんが成長している証かもしれません。向上心を持っている証拠かもしれません。もしそうだったら、自分を成長させるために、具体的な努力をしましょう。その状況をより良くするための方法を、考えましょう。まわりの他人は変わってくれなくても、自分自身は、自分の努力次第でいくらでも変えることができます。

 そんなことを言われても難しい、と思う人は、思い出してください。皆さんは既にそういう体験をしています。新型コロナウイルス感染拡大防止のために、多くの学校行事が中止となったり制限されたりする中で、皆さんは、色々な楽しめる工夫をして、さまざまな行事を盛り上げ、たくさんの素晴らしい思い出を作ってくれました。それは、後輩への良き手本にもなりました。私たち教員の心にも、感動を与えてくれました。皆さんは、胸を張って誇って良いと思います。本校校長として、たいへん嬉しく思っています。

 今まで、全校集会などで私はいつも皆さんに「命と時間ときまりを大切にしましょう」と呼びかけてきました。卒業しても、その大切さは変わりませんが、今日は別の言葉を贈りたいと思います。

 皆さん、どうか、先生よりも、保護者の皆さんよりも、賢く、心豊かに、幸せになってください。それは、私たちにとっての希望であり、皆さんにとっての権利であり、皆さんが、皆さんの子どもたちの世代に対して負う義務でもあります。

 整いませんが、この言葉を、皆さんへの餞といたします。

 結びに、本校を巣立つ皆さんの今後の活躍と、御臨席の皆様や、卒業生を支えてくださったすべての皆様の、御健勝と御多幸をお祈り申し上げて、式辞といたします。

   令和5年3月10日   

             埼玉県立羽生高等学校長  新井 康之 

第3回学校説明会 校長挨拶(1月14日)

 皆さん、おはようございます。 今日は、羽生高校の学校説明会に足をお運びいただき、ありがとうございます。

 いよいよ、高校への出願を来月に控えた大切な時期になりましたね。この場所で、まだ緊張している人も多いと思います。勇気を振り絞ってここに来ている人も多いのではないでしょうか。私は、それでも勇気を出して一歩を踏み出してここにいる皆さんは、立派だと思います。この頑張りは、自分の未来を開くために必要なものです。

 私は、この学校の全校集会で、いつも「いのちと時間ときまりの3つを大切にしよう」と呼びかけていますが、皆さんは、自分のいのちを高校でより良く成長させるために、学校説明会という世の中のきまりごとをうまく使って、中学生としての大切な時間を費やしてここにいる。これは大変立派なことです。

 本校に在籍している先輩方の多くは不登校を経験しています。また、ほかの高校に一度進学したけれども、思うように続けることができなくて、何らかの理由でやり直すために本校で頑張っている人もいます。

 羽生高校は、細かい校則がない代わりに、「本当に大切なこと」がきちんとできない人には厳しい場所です。高校生活を真面目にやり直そうとしている仲間の邪魔をすることは許されません。授業が何より大切です。学ぶことが、あなたを成長させてくれます。より良い自分に変えてくれます。

 さて、皆さんが高校を選ぶときのポイントは何ですか? 施設や設備、教育システムや学校の雰囲気など、色々あると思いますが、大事なのは、最後の最後に、皆さん自身が自分の意思で受検する学校を決めることです。自分にとっていい学校かどうかを見定めて、入試に挑戦してほしいと思っています。

 決断をほかの人に任せると、何か嫌なことや上手くいかないことがあったとき、誰かのせいにして逃げてしまいたくなります。自分で決めたという覚悟は、皆さんを成長させてくれますし、苦しいときに自分を支える力の一つになってくれます。

 今日は、是非、自分の目で羽生高校をじっくり見て、説明を聴いて、雰囲気を肌で感じてください。皆さん一人ひとりが、より良い高校選びをしていくことができるよう、私は祈っています。

 

 ところで、皆さんが正門を入ってすぐにあった体育館の壁に、本校の三つの校訓「友愛・自立・飛翔」が書いてあるのを御覧いただけましたでしょうか?

 この校訓にあるように、本校には、生徒の皆さんに成長してもらい、世の中に飛び立ってもらう、「飛翔」してもらうための学びがあります。

 そして、学習においても、生活においても、自分の希望と意思で選べる多くの「自由」があります。そして、自由と表裏一体の「責任」の大切さを学ぶ機会もあります。選択と決断の積み重ねが、主体的に学ぶ力を育てます。そうして、校訓にもある「自立」の力を身につけてもらいます。

 そんな学校生活の中で、お互いを認め合い助け合うことのできる力を養う「友愛」も、大切な校訓です。本校の学校行事で中心となって活躍してくれる生徒会役員の皆さんの多くは、頑張っている先輩たちに親切にしてもらった経験から、自分もそんな先輩になりたいと思って生徒会に入ったと言っています。皆さんも、そんな先輩たちの後に続いてもらえればいいなあと、私は考えています。

 それでは、羽生高校にある、生徒の皆さんを支える様々なシステムについて、これから説明があります。よく聞いていただき、有意義な時間にしてもらうことを願いつつ、私からの挨拶といたします。

体育祭「第5回 翔羽祭(とびはねさい)」開会式における校長挨拶(11月2日)

 皆さん、おはようございます。いい天気になりました。小春日和です。

 昨夜の雨が、細かい埃(ほこり)などを洗い流してくれて、さらに気持ちのいい朝になりました。こんな空の下で、皆さんが若い力を躍動させる「翔羽祭」を開催できることに、校長として大きな喜びを感じています。この日のために頑張ってきた、体育委員をはじめとする生徒の皆さんや先生方に心から感謝いたします。

 私は、皆さんが頑張る姿を見ることができると、幸せを感じます。去年の翔羽祭も幸せな一日でした。

ところで、幸せといえば、皆さんは、幸せとはどのようなものか考えたことがありますか?一度幸せになると、エスカレーターに乗ったように、ずっと幸せは続くのでしょうか?

 ある作家によれば、幸せは線のように持続するものではなく、点のようなものなのだそうです。そして、過去に経験した小さな幸せを集めて見返したとき、その小さな点の集まりが、自分だけの星座のような形になっていることが、その人の人生にとっての本当の幸せなのだそうです。

 今日のような行事に一生懸命取り組むことは、皆さんの「いのち」を輝かせることです。今日、皆さんが頑張る姿が、誰かの素敵な思い出のひとつになるかもしれない。それが何年も何年も経ってから振り返ったとき、誰かの「幸せの星座」を作る小さな星のひとつになっているかもしれない。皆さんの努力のひとつひとつには、そんな光が隠れています。

 今日も、「いのち」と「時間」と「きまり」を大切にして、事故なく、いい思い出を作れるような翔羽祭にしましょう。素敵な一日になるよう祈りつつ、開会の挨拶といたします。

避難訓練における校長講話(10月20日)

 みなさん、おはようございます。

 本日は、羽生消防署から副署長様をはじめ5名の署員の方に御指導いただきます。改めて御礼申し上げます。お忙しい中、ありがとうございます。

 さて、これから生徒の皆さんに向けて、避難訓練の目的、迅速な避難、点呼の大切さ、この3つについてお話しします。

 この避難訓練は、地震や火事などの災害が起きたとき、皆さんの一番大切な「いのち」を守ることができるようにする、それを目的として行いました。まさかのときに、どんな動きをすればよいのか、実際に体を動かして体験しておくのは、とても重要なことです。

 歌手や演奏家や演劇に携わる人たちがステージでリハーサルをするのは、実際に行う場所で動いてみないとわからないことが山ほどあるからです。避難訓練も同じです。実際に動くときに、廊下や階段で邪魔になるものはなかったでしょうか。また、移動するときの状況や経路、消火器の場所などに不備は無かったでしょうか。なめてかかると命を落とすのが災害です。「備えあれば憂いなし」と言いますが、本日の避難訓練は、まさに、その「備え」を身に付けてもらうことを目的としています。 

 次に、迅速な避難の大切さについて、お話しします。今日は、避難を促す放送が流れてから点呼が終了するまでに、約3分50秒かかりました。なかなか良い結果だったと思います。

 しかし、1秒遅れることが命取りになるかもしれません。逆に、慌てて階段で人を押してしまい、かえって多くの死傷者を出してしまうかもしれません。そんなニュースは今までたくさん耳にしていますが、今日の皆さんは、時間も、行動も、概ねスムーズでした。

 では、点呼について考えてみましょう。皆さんの点呼の状況はどうだったでしょうか。一人の命も落としてはいけない状況で、万一、いるはずの人数が足りなければ、消防署の方にも、いち早く知らせなければいけません。そういう意味で点呼もたいへん重要なのです。

 そして、誰がいるのかいないのか。「学校に来ているはずの人がいない」ということで、もしも、心配して探しに戻って被害に遭う人がいたら、どうでしょうか。また、遅れて登校してきたのに報告がないため、いないことになっている人が逃げ遅れていても、誰も気がつかない。そんなことがあったらどうでしょうか。

 そう考えると、毎日学校に来ることがそれほど得意ではない人が多く入学してくる私たちの学校では、点呼は、ものすごく大切なことなのです。先生方が皆さんに対して丁寧に出欠確認をするのには、このように大事な理由があります。どうか、普段から、欠席や遅刻をするときの連絡、遅れて登校したときの報告、それらのきまりを大切にしてください。

 今日は、「大切な命を守る」という避難訓練の目的、迅速な避難が必要だという「時間の大切さ」、点呼のためにも出欠について連絡・報告をするという「きまりの大切さ」、これを踏まえて、お話をしました。この後の、副署長様からの指導講評をよく聴いて、今後に生かしてください。終わります。

 

勾玉祭(文化祭)開会式 校長あいさつ(10月15日)

 皆さん、おはようございます。

 「友愛の絆! You(友)& I(愛)で輝く勾玉祭~」をテーマに、いよいよ、当日を迎えました。

 生徒会の皆さん、実行委員の皆さん、それぞれの催し物を準備してきた生徒の皆さん、指導してくださった先生方、協力をいただいたPTA・後援会の皆様、それぞれに向けて心から御礼申し上げます。

 さて、昇降口に、生徒会の皆さんが作った大きな木が綺麗な花を咲かせています。その花は、よく見ると折鶴です。これは、とても意味のある素敵なことだと、私は考えています。

 昔から日本で「鶴は千年、亀は万年」と言われるように、鶴は長生きの象徴、幸せのシンボルとして、愛されています。そして、願いが叶うよう祈りを込めて折る「千羽鶴」。羽生高校でも、2年前に先輩たちが作りました。コロナ収束を祈って羽生市役所に飾ってもらい、新聞の記事にもなりました。

 今年の鶴も、過去の先輩たちの思いを受け継いで、今年の皆さんの「花開くように素晴らしい勾玉祭にするぞ」という願いと祈りが込められています。そして、花が実を結んで新しい命が芽吹くように、皆さんの後輩たちが、皆さんの思いを受け継いで、さらに羽生高校を良い場所にしていく。そんな未来にも、つながります。

 学校行事に限りません。皆さんのすることは、いつでも、何でも、過去と現在と未来の命につながっています。

 過去と現在と未来がつながる、勾玉祭の新しい1ページを、皆さんが作ります。素敵な勾玉祭にしましょう。

前期終業式校長講話(9月30日)

 改めまして、皆さん、おはようございます。 (こんばんは。)

 終業式に先立ちまして、全国高等学校定時制通信制生徒生活体験発表会埼玉県東部地区大会に出場した3人の生徒の皆さんに、表彰としてメダルの授与を行いました。大会当日は、私もホールに出向いて客席で発表を聞かせてもらいましたが、皆さん、たいへん素晴らしい内容でした。東部地区の代表として県大会に進む人もいます。このような努力する姿を生徒の皆さんに見せてもらえることは、校長として本当に嬉しいことです。

 また、先日は、生徒会の皆さんが勾玉祭に向けてオリジナルTシャツ販売の受付をしたり、当日に流す動画を撮影したりしている姿も見せてもらいました。そうした一つひとつが、私にとって楽しく嬉しい場面でした。若者が頑張る姿や成長する姿を目の前で見ることができるのは、大人にとって、とても幸せなことです。

 

 今回の終業式も画面を通してのものとなりました。早く皆さんと一緒に大きな声で校歌を歌いたいと、心から思っています。

 さて、皆さんが今聴いた校歌の作詩者である宮沢章二さんは、羽生市の出身です。知っている方も多いと思いますが、東日本大震災のとき、ACジャパンのCMで「行為の意味」という詩の一節が紹介され、全国的に有名になりました。もともとは次のような詩です。

       行為の意味      宮沢 章二

   あなたの心はどんな形ですかと

    人に聞かれても答えようがない

   自分にも 他人にも心は見えない

    けれどほんとうに見えないのであろうか

 

   確かに心はだれにも見えないけれど

    心づかいは見えるのだ

   それは 人に対する積極的な行為だから

 

   同じように胸の中の思いは見えないけれど  思いやりは見えるのだ

    それは 人に対する積極的な行為なのだから

 

   あたたかい心が あたたかい行為になり

    やさしい思いが やさしい行為になるとき

   「心」も「思い」も、初めて美しく生きる

    それは 人が人として生きることだ

 

 皆さん。私も含めて、若いうちは形式的なことに反発して、「形を整えることなどに意味はない。人間の内面を評価しろ。心を見てくれ。」などという格好いい台詞に憧れるものです。

 しかし、この詩にあるように、心は見えません。「本当は、俺は優しいんだ」と言っても、人に優しくしない人は、優しい人だと思ってもらえません。

 情けない話ですが、私も中学生のときなどに、親から「宿題は?」と言われて、「今やろうと思っていたのに、そんなこと言われたから、やる気がなくなっちゃったよ」などと反発したことがありました。今、冷静に考えると、そのときの私は、ただ口先だけの怠け者でした。

 今、私は日本的なものが好きになって、ある武道や茶道などを嗜んでいますが、「形に表れる心」というものに触れることが、とても素敵な、自分にとっての大切な体験や思い出になっています。

 

 さて、皆さん。今日で前期が終わります。短い秋期休業をはさんで、後期が始まります。前期の自分の高校生活が自分の思うように上手くいった人も、そうでなかった人も、どうか、ぜひ、その原因を考えてみてください。振り返って、何が良かったのか、何が悪かったのか、考えてください。

 もし、上手くいかなくて元気がなくなっているようなら、あなたの心に中にある良いものを、どんな小さなことでもいいから、形にしてみてください。行いにしてみてください。それは、あなたの命をより良く使うための、第一歩です。高校生としての限られた貴重な時間を大切にする、第一歩です。そして、ものごとを形にするときや、行いとして誰かに働きかけるときには、相手を大切にするためのきまりごと、傷つけないようにするためのルールがあります。自分勝手にならないための、きまりです。自分の独りよがりな行いを、相手に押しつけないようにするための、きまりです。

 皆さん。命と、時間と、きまりを、大切にしましょう。

 

 人間は完璧ではありませんから、誰にでも、うまくいかないことは山ほどあります。しかし、その原因をよく考え、対策を行動に移せば、人は成長します。逆に言えば、悪いところが見つかるのは、良くするためのチャンスなのです。失敗をしないと、どこが悪いのかわかりません。

 とすると、人間は、何かを成功させるためには、まず失敗をしないといけないのかもしれません。昨年のこの機会にも同じことを言いましたが、「失敗は成功の母」どころではなく、「失敗は、成功の必要条件」と言うこともできるかもしれません。

 だから、皆さん。失敗したことで自分を責める必要はありません。なぜそうなったかを、ちゃんと考えればいいんです。次にうまくいくようにするための、ヒントにすればいいんです。

 命にかかわるような取り返しのつかないことでなければ、失敗を悩み続ける必要はありません。色々なことをしっかり考えて、考えた分だけ成長して、今年度の後半を、より良いものにしていきましょう。

夏季休業明け全校集会校長講話 (9月1日) 

 改めまして、皆さん、おはようございます。(こんばんは。)

 この夏休み中に、生徒の誰かに大きな事故等があったという報告は、受けていません。皆さんが元気に登校する姿を見ることができて、たいへん嬉しく思っています。

 今回も、新型コロナウイルス感染拡大防止のため、リモートによる集会の形を取っています。今日は、夏休みの前に皆さんに呼びかけたことと、いつも集会のとき話題にする三つのことを中心に、お話しします。

 

 さて、生徒の皆さんは夏休みをどのように過ごしましたか? 私は、夏休みに入る前の日の全校集会で「夏休みの間に、皆さんにしてほしいこと」について呼びかけました。

 ひとつは、家の手伝いでも何でも、どんな小さなことでも良いから、誰かを助けるような良いことをしましょう、ということでした。もうひとつは、本を読みましょう、ということでした。素敵な本に出会えることは、素敵な友達に出会えることと同じくらい貴重なことです。

 どうでしたか? どんな小さなことでもいい、誰かの助けになるようなことができましたか?

 特別なことでなくても、良いのです。誰かの心に残る夏休みのひとときの思い出の、その中にあなたがいたというだけで、それは誰かの助けになること、価値のあることです。だから、誰かと過ごして楽しかった思い出があるなら、その気持ちを、その人に伝えましょう。その「伝える」という行いも、誰かの心を明るくするために助けになることのひとつです。

 もし、それでも自信のない人は、今日でも明日でもいいです。誰かに明るく挨拶をしましょう。挨拶は、「あなたを大切にしたいという気持ちがありますよ」という心を伝える第一歩です。挨拶は、人と人との間を近づけるものです。ことばに出した挨拶の数だけ、皆さんは価値ある行いを実行したことになります。

 

 次に、いつもの三つのことについて話をします。そう、皆さんの大切な「いのち」と「時間」と「きまり」についてです。

 集会の前に、夏休み中の基礎学力向上補習で皆勤賞の皆さんが表彰されましたね。また、生活体験作文の素晴らしい発表もありました。この他にも、部活動や生徒会など、色々な場面で頑張っている人がたくさんいると思います。色々なことに頑張ることは、皆さんの「いのち」を成長させ、素敵な自分に育ててくれるエネルギーになります。9月から、またそのような皆さんの姿を見ることができるのを、私はとても嬉しく感じています。どうぞ、一番大切な「いのち」を、これからも大事にしていってください。

 もしも、今、悩みごとがある人には、心して聞いて欲しいのですが、つらいことや苦しいことの重さは、いのちを大切にしないと軽くなりません。これは本当のことです。

 先ほど、スクールソーシャルワーカーとして来ていただくことになった岡村先生を紹介しました。つらいとき、誰かに相談したいとき、勇気を出して、信頼できる大人に声をかけてください。 

 さて、まだ暑いとはいえ、暦の上では秋になりました。秋の学校には、たくさんの行事が用意されています。皆さんが高校生として過ごせる限られた貴重な時間を大切にして、思いっきり楽しんでいただきたいと思います。行事を一番楽しむ方法は、一所懸命準備をすることです。あなたが思いを込めて、手間をかけ、時間をかけるほど、その行事はあなたにとって特別なものになります。そのように集中することが、あなたの時間を大切にすることにつながります。先生方も皆さんを強力にバックアップします。どうぞ、思い切り頑張って準備し、楽しんでください。

 そして、学校という多くの人が関わる場所では、お互いが気持ち良く過ごすために、また、お互いに安心・安全な生活を守るために、様々な「きまり」があります。どうか、ルールやマナーの裏側に、なぜそのようなきまりがあるのか、ということを考えて、きまりを大切にして過ごして欲しいと思います。

 

 今日は、読書について、そして、誰かを助けるような良いこと、そのひとつとしての挨拶について、話をしました。また、いつものように「いのち」と「時間」と「きまり」を大切にしてほしいということについて、話をしました。9月からの皆さんの学校生活が素敵なものになるよう、祈っています。

夏季休業前全校集会校長講話 (7月26日) 

 皆さん、おはようございます。(こんばんは。)

 先ほど、硬筆展関連で4名の生徒の皆さんが表彰されました。もちろん本人の努力と先生方の御指導の成果ですが、他にも、本校には色々な部活動などで頑張っている人が、たくさんいます。そうした生徒の皆さんの代表として表彰状を受け取ってもらおう、私は、そんな思いも込めて表彰状をお渡ししました。

 

 新型コロナウイルスの感染は収まりつつあるように見えていましたが、今月に入ってから、今までにないほどの激しさで感染が拡大しています。感染拡大防止のため、このようにリモートで画面を通して話をさせてもらいます。

 今日は、大切にしてほしいこと、当たり前のこと、夏休みにしてほしいこと、この3つについて話をします。

 

 さて、皆さんにこうした機会に話をするとき、私はいつも「いのち」と「時間」と「きまり」の三つを大切にしてほしい、ということを言っています。まずは、命について。

 勉強でも運動でも趣味でも、また、友達同士の関係や職場の人間関係の中であっても、自分を成長させるということは、皆さん自身の命をより良く使うことになります。だから、人が成長するのを邪魔する「いじめ」や「からかい」は、人の命を粗末にすることであり、許されないことです。

 そして、同じように、皆さんには、高校生として過ごしている限られた時間を、大切にしてほしい。自分をより良く成長させるために使ってほしい。時間を大切にすることは、目の前のやるべきことを大切にすることから始まります。ぜひ、やるべきことに取り組んでほしいと思います。

 また、ルールやマナーなど、すべてのきまりごとには、それが決められた理由があります。きまりを破ることは、決して格好いいことではありません。きまりを破ると、結局は、誰かを傷つけたり、自分が傷ついたり、不便になったり、損をしたりします。きまりを大切にして、考えて行動するようにしましょう。

 一つ目のお話は、この「命と時間と決まり」の3つを大切にしてほしい、ということでした。

 

 二つ目のお話は、「当たり前」というものの、素晴らしさと恐ろしさについてです。

 6月の末、気温が40℃近くになる日が続いたときのことです。朝、羽生駅から学校に来る途中、熱中症になって倒れてしまった人がいました。一つ間違うと大変なことになるかもしれないところでしたが、そこを通りかかった本校の生徒が、助けてくれました。119番に連絡して、いちはやく救急車の手配もしてくれたおかげで、命にかかわるような大きな事故にもならずにすみました。とてもありがたいことですが、何よりも、当たり前のように動いてくれた。その行いが、本当に素晴らしいと思います。昨年度も、人権教育の講演会で気分が悪くなった人がいたときに、すぐに気づいて動いてくれた人もいました。これも素晴らしいことでした。

 世の中には、今の話で紹介した生徒の皆さんのように、困っている人を助けるのは当たり前のこととして動いてくれる人がいます。尊い立派なことだと思います。

 しかし、世の中には、欲しいものがあると他人を傷つけてでも手に入れようとする人がいます。人の命や暮らしを壊してしまう戦争も、そのような人にとっては、当たり前の手段の一つなのかもしれません。

 このように、世の中には、素晴らしい「当たり前」と、恐ろしい「当たり前」があります。人によってこれほど違うのは、どうしてなのでしょう。実は、このようなこととなるきっかけは、その人の生き方、毎日の暮らし方の小さな違いなのです。

 毎晩歯を磨いて寝る人は、磨くのが当たり前になります。人に親切にして、お互い笑顔になるように暮らしている人にとっては、困っている人を助けるのが当たり前になります。嫌なことがあったら人に八つ当たりして、上手くいかないと人のせいにして暮らしている人にとっては、他人を傷つけることが当たり前になってしまいます。

 皆さん。「普通」とか「当たり前」とかいうものは、素晴らしくて、恐ろしいものです。毎日のちょっとしたことの積み重ねで、人は、神様みたいに素敵な人にもなれるし、悪魔のような嫌な奴にもなれます。これからの皆さんにとっての当たり前が、少しでも良いものになるよう祈っています。

 

 最後に、皆さんに、夏休みにしてほしいことです。家の手伝いでも何でも、どんな小さなことでも良いので、誰かを助けるような、良いことをしましょう。もう一つ。本を読みましょう。

 

 今日は、命と時間と決まりを大切にすることについて、当たり前ということについて、夏休み中にしてほしいことについての3つを話しました。皆さん、9月1日に、また、元気な顔を見せてください。

始業式 校長講話 (4月8日)

 おはようございます(こんばんは)。

 昨年度に続き、校長として皆さんと一緒に過ごせることを嬉しく思っています。

 さて、令和4年度が始まりました。この始まりの日にあたって、皆さんは、何か目標を考えていますか? ぜひ、目標を立ててください。

 人は皆、それぞれ夢を持っています。たとえば、欲しいもの、行きたい場所、就きたい職業、なりたい自分。さまざまな願いがあると思います。私も「こうなればいいなあ、ああなればいいなあ」と思ったことが、たくさんありました。しかし、「こうなればいいなあ」と思うだけでは、夢は夢のままです。ずうっと、実現してはくれません。「こうなればいいのになあ」と思ったら、そうなるためには何が必要なのか、調べましょう。自分は何をすれば良いのか、考えましょう。それができると、夢は目標に変わります。どこにも存在しない空想の中の場所ではなくて、実現可能な、たどり着くべきところに変わります。

 皆さん、目標を立てましょう。しかし、あまりにも大きな遠い目標だと、自分がどのくらい目標に近づいているかわからなくなって、疲れてしまうかもしれません。大きな目標への道筋を細かく分けて、いつまでに何を実現するかといった、短い周期の短期目標を立てて、その短期目標を実現するためには、毎日何をすればよいのかを考えましょう。また、その毎日することは、自分にやれる範囲のことでないと続けるのがつらくなってしまいますから、気をつけましょう。

 私が昨年度から言い続けている「いのちと、時間と、きまりを、大切にしましょう」という呼びかけは、この、目標を実現するということにも、つながるものです。

 「なりたい自分になる」という目標を実現することは、自分自身のいのちを、願った方向に成長させることです。

 時間を大切にするというのは、大きな目標にたどり着くための小さな目標を実現するために、毎日やるべきことをやるということです。今、目の前にある、やるべきことを大切にするということです。

 そして、きまりを守るということを呼びかけるのは、皆さんに、人として寂しい目標や、悲しい目標や、醜い目標を立ててほしくないからです。自分の目標を実現するためなら、ほかの人に迷惑をかけてもかまわないとか、自分の目標のためなら、人の心や体を傷つけても気にしないといった、寂しい、悲しい、醜い目標の立て方をしないでほしいと、私が願っているからです。

 今、世界のどこかでは、ある国のトップという立場の人が、自分の目標を実現するためには国際法というきまりを破ってもかまわない、ほかの国の人を殺してもかまわないという考えなのでしょうか、よその国に軍隊を派遣しています。それは、人として寂しい、悲しい、醜い目標であり、寂しく、悲しく、醜い実現のしかたです。

 皆さん、いのちと、時間と、きまりを大切にして、目標を立ててください。10年後の自分、5年後の自分、来年の3月の自分を考えてください。そしてその実現のためには、明日の自分、今日の自分、今の自分は何をするべきなのかを、考えてください。

 このお願いを、始業式における校長講話といたします。

 

入学式 式辞 (4月8日)

   式 辞

 鳥の歌が聞こえ、桜の花が春風に舞う今日の佳き日、PTA会長 吉岡英明 様を御来賓としてお迎えし、保護者の皆様にも御臨席いただき、埼玉県立羽生高等学校 第五十二回 入学式を挙行できますことは、大きな慶びでございます。 ここにお集まりの皆様、また、この式の実現に尽力してくださったすべての方々に、心からの感謝を申し上げます。

 さて、先ほど呼名された七十七名に、入学を許可いたしました。新入生の皆さん、入学おめでとうございます。高等学校は、義務教育ではありません。皆さんの多くは、人生で初めて、自分の進路に関わる選択と決断を経験してこの学校に入学しました。それぞれの不安や迷いを乗り越えて、皆さんはここに座っています。胸を張ってください。これからは、羽生高校の生徒として一緒に学んでいきます。私たちは、皆さんを歓迎します。皆さんのこれからの努力を、応援します。

 そして、入学生の皆さんを育て、支えてこられた保護者の皆様、おめでとうございます。また、この場にはいない、今まで新入生たちを見守り、助け、応援してくださった方々にも、心よりお祝い申し上げます。

 創立七十五年目を迎える本校は、埼玉県の定時制教育のさきがけとして、多くの人材を社会に送り出してきました。卒業生は、高等学校での学びを踏まえて、あらゆる分野で活躍し、世の中を支えています。今、本校に在学中の先輩の中にも、つらい体験を乗り越えて、充実した高校生活を送っている人が大勢います。新入生の皆さんも、羽生高校での学びと高校生としての生活を、自分の成長のために生かしていってください。

 では、皆さんに、これから大切にしてもらいたいもの、守ってもらいたいものについて、三つお話をします。

 一つ目は、命、人の命です。皆さんも私も、大切な「命」を持っています。どんな人にも平等に、命は一つしか与えられていません。この最も大切な宝は、何があっても守らなければなりません。自分の命を大事にするということは、自分の人生を大切にして、自分を成長させるということです。自分の命をより良く使うということです。

 そして、他人の命も大事にしてください。誰かをいじめたり、誰かが頑張って成長しようとしているのを邪魔したり、何かに真剣に取り組んでいる人をからかったりするのは、他人の命を粗末にすることです。そんな人は自分自身のことも大切にできません。命の価値は平等ですから、自分の命も他人の命も大切にしてください。

 大切にしてもらいたい二つ目のものは、時間です。時間というものも、人間に平等に与えられた財産です。大事にしてください。授業でも、部活動でも、あなたが限られた高校生活の中で、そのとき取り組んでいること、目の前にあるやるべきことを大切にすることが、時間を大事にすることです。

 三つ目は、きまりです。きまりを大切にしてください。すべての「きまり」には理由があります。そのきまりを守ると、便利になったり得をしたりします。あるいは、その決まりを守ると、誰かを傷つけずに済んだり、自分が傷つかずに済んだりします。若い頃には、決まりを破ることが格好良く見えてしまうことがあります。しかし、それは錯覚です。なぜ、その決まりがあるのか、理由を考えるようにしてください。

 もしも、その決まりがあるために、かえって不便な人や傷つく人を増やしてしまっているのなら、正しい手続きで決まりを変えましょう。決まりを破ったり壊したりする力ではなくて、誰かと協力してもっと良い決まりをつくる力、決まりを変える力を手に入れましょう。そんな力を養いましょう。

 命と、時間と、決まりを大切にしてください。これが、守ってほしい三つのことです。

  さて、保護者の皆様、入学生の皆さん。本校は「友愛」「自立」「飛翔」という三つの言葉を校訓として、単位制という、一人ひとりの希望や生活リズムに合わせることのできる柔軟な教育システムをとっています。しかし、このシステムは、大きな自由がある反面、大きな責任を自分で負わなければならないものでもあります。卒業するためには自分自身をしっかり管理できることが必要になります。

 保護者の皆様、どうか、本校の教育方針について御理解いただき、学校と連携しながら、お子様の健やかな成長と卒業を実現するための支援をしていただきたいと存じます。我々教職員も全力で生徒の皆さんの努力を支援いたします。

 最後に、入学生の皆さん、どうか、保護者の皆様をはじめ、皆さんが高校で学ぶことができるように道を拓いてくれた人達に感謝してください。そして、今度は皆さんが、どんな小さなことでも良いですから、誰かのために道を拓いてあげられるような力を、この羽生高校で身につけて卒業してください。皆さんが実りある高校生活を送り、大きく成長することを祈念し、式辞といたします。

  令和四年四月八日

                            埼玉県立羽生高等学校長 新井 康之

後期終業式 校長講話(3月22日)

 後期の終業式を迎えました。今年度の締めくくりとなります。皆さんにとってのこの1年間が、どんな小さなことでもかまいません、自分が成長したと思えるようなもの、何らかの努力が実を結んだと思えるようなものであることを祈っています。

 生徒会の皆さんが作ってくれた「翔」という冊子があります。皆さんに配られるものですが、この中に、私の思いも書かせてもらいました。竹のしなやかで強い成長と、稲のみのりを話題にして、普段の日の大切さと、特別な行事の日の大切さの両方を考えてもらおうと思ったものです。読んでみてください。 

 さて、3月11日は卒業式でした。新型コロナウイルスの感染拡大防止のため、卒業生、教職員、保護者の方のみで実施され、在校生の出席は、みんなの代表として送辞を述べてくれた生徒会長ただひとりという形でした。今の在校生のほとんどは、本校の卒業式の雰囲気を味わっていない。とても残念なことです。

 羽生高校の第52回卒業式は、とても素晴らしいものでした。勝手なおしゃべりをする人はひとりもいません。皆、真剣に式に臨んでいました。また、さまざまな代表や表彰で前に出る生徒の皆さんも含めて、卒業生の皆さんが、ほんのわずかな動作の一つ一つにも、丁寧に心を込めて行っていることが、見ていてわかるほどでした。

 皆さんには、在校生代表の送辞と、卒業生代表の答辞を印刷してお配りしますので、その様子の何分の一かでも、味わってもらえればと思います。立派な挨拶でした。挨拶は人の心を開くものだということと、その大切さを、改めて感じさせられる思いがいたしました。 

 さあ、私は皆さんに対して、命を大切にしましょう、時間を大切にしましょう、ルールやマナーなどのきまりを大切にしましょう、という話を1年間続けてきました。今日も、これからも、変わりません。

 立派な卒業式を迎えた先輩たちは、大切な自分の命をより良く成長させ、輝かせるような学校生活を送り、卒業を迎えました。それは、高校生としての時間を大切にしてきたということでもあります。そして、まわりの人と一緒に成長してくる中で、お互いを大切にするために、無駄に傷つけ合わないために、ルールやマナーなどをはじめとする、さまざまなきまりごとを大切にしてきました。

 皆さんも、どうか、そんな先輩方に続いてください。 

 そして、長期休業に入る前には、いつも言っていることですが、本を読みましょう。家の手伝いをしましょう。本は、自分の世界を広げてくれる手がかりになります。手伝いなどを通じて誰かの役に立つことは、自分の成長を感じる第一歩になります。 

 繰り返しになりますが、今年度の一年間が、皆さんにとっての成長につながるものであったことを祈りつつ、来年度の、これからの一年間が、さらに実を結ぶものとなることを願っております。

 春休み明けの、来年度の始業式に、皆さんの元気な顔を見せてください。

 

卒業式 式辞 令和4年3月11日(金)

 まだまだ朝晩は冷え込むものの、穏やかで暖かい春の日差しが感じられるようになってまいりました。今日の佳き日、PTA会長 吉岡英明 様を御来賓としてお迎えし、保護者の皆様にも御臨席いただき、埼玉県立羽生高等学校 第五十二回 卒業証書授与式を挙行できますことは、大きな慶びでございます。

 本日、本校を巣立っていく六十名の卒業生の皆さん、おめでとうございます。 そして、本校の教育活動に多くの御支援と御協力をお寄せくださった保護者の皆様にも、御礼と共に、心よりのお祝いを申し上げます。

 卒業生の皆さん。皆さんは、本校の門をくぐった時期の違いや年齢の差、それぞれのアイデンティティーの違いなどを超えて、幅広い友情を育み、高校生活を立派に送ることができました。また、新型コロナウイルス感染拡大防止のために多くの学校行事が中止となったり、従来と大きく異なる形で実施されたりする様々な制約の中で、勾玉祭や翔羽祭、球技大会などの学校行事はもとより、部活動や生活体験発表会などにおいても見事な成果を上げてくれました。今でも、皆さんが活躍している姿が目に浮かんでまいります。

 そして、そんな充実した高校生活の締めくくりとなる希望進路の実現においても、皆さんは、例年にない大きな成果を残しました。これらのことは、皆さんの後輩たちの良き手本、目標にもなります。卒業にあたり、胸を張って誇って良い、素晴らしいことです。本校校長として、たいへん嬉しく思います。

 さて、「友愛、自立、飛翔」の言葉どおり羽ばたいていく皆さんが、卒業後も自分自身を成長させていくことを期待して、餞の言葉を送ります。

 まず、皆さんは多くの人との関わりのなかで生きているということを忘れないでください。

 コロナ禍の中で、人と人とのコミュニケーションがデジタル機器をとおした間接的なものになっているという社会状況があります。しかし、だからこそ、現実に人間同士がふれあう機会を持ち、共に喜び、感動し、助け合う心を育むことが大切になってきます。戦争を起こす人の多くは、人の命を単なる数字やデータとしてとらえているのではないかと私は考えています。

 この一年間、私は皆さんに「命と時間ときまりを大切にしましょう」と呼びかけてきましたが、卒業しても、いくつになっても、それは変わりません。 その大切さは、実際に人と人とが関わりあい交流を深めることでこそ実感できるものだと私は考えています。自分と違う考えの人と触れあうことによって、心の中に育つものがあるのです。 

 次に、「事は、起こるものだ」ということを、忘れないでください。

 人生の中には、どんなに努力しても、実現できないことがあります。また、この卒業式の前に黙祷をいたしましたが、大切なときに自然災害に遭ってしまうということも起こり得ます。コロナ禍のように思わぬ病気が襲ってくることもあります。そして今、テレビのニュースを見れば、よその国からの理不尽な暴力にさらされている人々の姿が目に飛び込んできます。

 しかし、皆さん。本当の人間の価値は、事が起きてしまった、その後に、わかるものなのです。希望どおりいかないときや、予定どおりいかないときに、どうするのか。そこで、人としての価値が試されるのです。

 皆さんの中で多くの人が、中学生の時に一度くらいは、「自分は高校に入学できるかなあ」と不安に思ったことがあるのではないでしょうか。あるいは、羽生高校生として学んでいる途中でも、「自分は、無事に卒業できるかなあ」と不安に思った人がいるのではないでしょうか。

 しかし今、皆さんは卒業証書を授与されました。

 言い換えるならば、皆さんは、自分にとって深刻なことや不安なことが起こった、その後に、頑張ることができた人たちなのです。

 確かに、一度も失敗しないで人生を送るのは、立派で、めでたいことです。しかし、それ以上に立派で、それ以上に素晴らしいことは、何か事が起きてしまった後、もう一度立ち上がって頑張ることができる、ということなのです。

 皆さんの人生は、今までよりも、これからの方が遙かに長いものです。今までよりも、これからの方が大変かもしれません。けれども、大丈夫です。皆さんは既にもう、乗り越えた経験を持っています。自信を持ってください。

 

 皆さんは、先生よりも、保護者の皆さんよりも、賢く、心豊かで、幸せにならなければいけません。それは、私たちの世代にとっての希望であり、皆さんの世代にとっての権利であり、皆さんが、皆さんの子どもたちの世代に対して背負う義務でもあります。

 整いませんが、この、希望と権利と義務が、皆さんへの餞です。

 結びに、本校を巣立つ皆さんの今後の活躍と、ここに御臨席いただいたすべての皆様の御健勝と御多幸とお祈り申し上げて、式辞といたします。

 

学校説明会(1月15日、1月26日)校長挨拶

 (※15日と26日の挨拶ですが、話の中で一部共通しないところがあります。)

 皆さん、おはようございます。羽生高校の学校説明会においでいただき、ありがとうございます。今日は、新型コロナウイルスの感染者数が再び増加する中で皆さんの健康を守るため、このように別室からリモートで御挨拶をいたします。御協力に、感謝申し上げます。

 公立高校への出願を来月に控え、皆さんも本格的に志望校を固めている時期だと思います。そのように大切な時ですから、ここに来るときに、緊張してドキドキしていた人も多いのではないでしょうか。自分で精一杯の勇気を出して、ここに来ている人も多いのではないでしょうか。私は、その一歩を踏み出した皆さんは素晴らしいと思います。その頑張りは、自分の未来を開くために必要なものです。

 本校に在籍している先輩方の多くは、不登校を経験しています。また、ほかの高校に一度進学したけれども、思うように続けることができなくて、何らかの理由でやり直すために、本校で頑張っている人も多くいます。私たち教職員は、そういう「頑張る人」を心から応援します。

 今日来てくれた皆さんの中には、いないと思いますが、「服装頭髪などで細かい校則がないから楽そうだ」とか、「わがまま勝手なことができそうだ」などと思って受検しようと考えている人がいたら、大きな間違いです。本校は、細かい校則がない代わりに「本当に大切なこと」がきちんとできない人には厳しい場所です。授業がいのちです。高校生活を真面目にやり直そうとしている仲間の邪魔をすることも、許されません。確かに、入学をすることだけなら、それほど難しくない学校です。しかし、きちんと授業に取り組めない人には、続けていくのが難しい学校です。 

 また、外国から来た人も多く学んでいます。今年の夜間部の生徒会長は、外国籍の生徒でした。素晴らしい活躍をしてくれました。本校には、日本語が得意でない人に対しても、手厚いサポートのシステムがあります。しっかり頑張る人を、先生方が応援します。しかし、日本語が得意でないから、授業や課題をちゃんとやらなくても、成績におまけをしてくれるということは、ありません。

 羽生高校の「学び直しをしたい」という皆さんをサポートするシステムや、困ったとき、苦しいときに相談できるシステムは、一般的な高校よりもはるかに充実しています。しかし、あくまでも高等学校ですから、ひとりひとりへの個別の特別な支援は原則としてありません。高校生として学んでもらいます。  

 さて、高校選びのポイントは、施設、設備、教育システム、学校の雰囲気、先輩の様子など、色々あると思いますが、大事なのは、最後の最後に皆さんが皆さん自身の意思で受検する学校を決めることです。自分にとって良い学校かどうかを見定めて入試に挑戦してほしいと思っています。

 決断をほかの人に任せると、何か嫌なことや上手くいかないことがあったとき、誰かのせいにして逃げてしまいたくなります。自分で決めたという覚悟は、皆さんを成長させてくれます。そして、苦しいときに自分を支える力の一つになってくれます。

 今日は、是非、自分の目で羽生高校をじっくり見て、説明を聴いて、雰囲気を肌で感じてください。そして、皆さん一人ひとりが、より良い高校選びをしていくことができるよう、私は祈っています。 

 さて、新型コロナウイルスのために多くの行事が思うように開催されない中、本校の生徒たちは、文化祭や、体育祭、球技大会などに、限られた条件の中で精一杯取り組んで、素晴らしい盛り上がりを作ってくれました。その行事の中心となって活躍してくれたのは、生徒会役員の皆さんです。頑張っている先輩たちに親切にしてもらった後輩たちが、自分もそんな先輩になりたいと思って、自分を成長させていく、そんな姿が、本校にはあります。皆さんも、そんな先輩たちの後に続いてもらえればいいなあと、私は考えています。

 本校の三つの校訓は「友愛・自立・飛翔」です。皆さんが正門を入ってすぐに、体育館の壁に書いてあったと思います。この校訓にあるように、本校には、生徒の皆さんに成長してもらい、世の中に飛び立ってもらう、「飛翔」のための学びがあります。そして、学習においても、生活においても、自分の希望と意思で選べる多くの「自由」があります。自由と表裏一体の「責任」の大切さを学ぶ機会もあります。選択と決断の積み重ねが、主体的に学ぶ力を育てます。そのようにして、校訓にある「自立」の力を身につけてもらいます。また、そんな学校生活の中で、お互いを認め合い助け合うことのできる力を養う「友愛」も大切な校訓です。

 羽生高校にある、皆さんを支える様々なシステムについて、これから説明があります。よく聞いていただき、有意義な時間にしてもらうことを願いつつ、私からの御挨拶といたします。

全校集会 校長講話(1月7日)

 改めまして、皆さん、おはようございます。そして、明けましておめでとうございます。気持ちの良い返事を聞かせてくれた人、ありがとう。

 昨日は、雪が学校にも積もりましたが、事務室長さんや何人かの先生方が、雪かきをしたり、塩化カルシウムをまいたりして、皆さんが歩きやすいようにしてくれていました。今日、元気な皆さんの顔を見ることができて、嬉しく思います。

 今日は1月7日です。新年の7日までは、「松の内」といって、お正月の松飾りを残しておきます。そして、今日は「七草がゆ」の日です。「せり、なずな、ごぎょう、はこべら、ほとけのざ、すずな、すずしろ」の七種類の草をおかゆに入れて食べます。緑の草が伸びていく生命力を分けてもらう、という行事です。昔の人の知恵として、野菜が少ないこの時期の栄養補給、ビタミン補給だったのでしょう。

 さて、「冬休みの間に、本を読んだり、家の手伝いをしたりしましょう」と、12月22日の全校集会で話しましたが、皆さんは、何か心に残るものがありましたか? また、新しい年の初めに、自分なりの目標や、やってみたいことを考えた人も、多かったのではないかと思います。それは、とても大切な、素敵なことです。

 理屈を言えば、12月31日と1月1日との間に、それほど大きな違いは無いでしょう。しかし、私も含めて多くの人は、新しい年に何かを期待し、希望を持ちます。放っておけばだらだらと続いてしまう毎日に区切りを付けて、少しだけでいいから、昨日よりも成長しよう。そんなふうに思うことは、人として尊いことです。

 昨年末のお話では、「自分を誉めてあげて、1年を締めくくりましょう」と言いました。今日は、違うことをいいます。

 今年は、どんな小さなことでもいいから、10年後の自分が『あのときに、ああしておいてよかったなあ』と思ってくれるようなことをやりましょう。逆に言えば、10年後の自分に叱られるようなことや、文句を言われるようなことは、やめましょう。

 皆さんに向けて4月から言い続けている、「いのち」と「時間」と「決まり」の3つを大切にしてほしいということ。これも、皆さんが5年後・10年後・20年後の自分のためにしてあげられる、とても素敵なことです。

 今日は寒いですから、いつもの半分の長さでお話を終わりにしますが、どうか、新型コロナウイルスに十分気をつけて過ごしながらも、10年後の自分に、『あのとき、あんなふうにしてくれてありがとう』と言ってもらえるような、新しい年にしていきましょう。

 

全校集会 校長講話(12月22日)

 皆さん、おはようございます。

 今、挨拶を返してくれた人、ありがとう。挨拶を返してもらえるのは、とても気持ちが良いものですね。

 さて、あと10日後には令和4年、2022年がやってきます。新年を気持ち良く迎えるためにも、一人ひとりが今年の振り返りと締めくくりを、きちんとしておきましょう。

 先ほど、生活体験作文と、書道・美術・ソフトテニス・剣道についての表彰がありました。 誰もが「素晴らしい」と認める、立派な成果です。表彰を受けた皆さんは、自分自身の今年の頑張りに対して、胸を張って誇りを持ってほしいと思います。

 そして、友達の表彰を、一緒に祝い喜んでくれた生徒の皆さん。私は、皆さんも素晴らしいと思います。もちろん、大会で勝ち抜いたり賞を取ったりすることは凄いことです。しかし、自分の成長というものは、他人に表彰されるかどうかで決まるものではありません。負けたらダメなのか、賞を取れなかったらダメなのか、というと、そんなことはありません。自分自身の成長が感じ取れたか。自分自身の積み重ねてきた努力がそこにあったか。そういったことが確かめられたなら、自分で自分を誉めてあげましょう。胸を張って、誇りに思ってあげましょう。

 何年も前のオリンピックでのことですが、銅メダルを取った選手が、その前のオリンピックで取った銀メダルよりも、今日の銅メダルの方がずっと嬉しい、自分を誉めてあげたい、と話していたことがありました。

 皆さんも、どんな小さなことでもいいんです。今まで得意ではなかったことに、挑戦できた、とか、みんなの前で話したり、発表したりすることができた、とか、何となく挨拶ができなかった人に向けて、自分から挨拶することができた、とか。あるいは、いつも怠けてしまっていた授業に、ちゃんと出席して取り組むことができた、とか。そういったことでいいんです。一見小さいようでも、立派なプラスです。人と比べる必要もありません。ひょっとしたら、自分にとっては、大きな心のエネルギーが必要なことだったかもしれません。そうであったなら、自分を誉めてあげて、胸を張って1年を締めくくりましょう。 

 さて、4月からずっと、皆さんには、「いのち」と「時間」と「決まり」の3つを大切にしてほしい、と話し続けています。

 成長するということは、皆さんの命がより良く伸びることです。自分が成長することも、人が成長することも、尊いことです。「いのち」を大切にして、自分の良いところを認めてあげてください。事故や病気の無いよう、人の心を傷つけることのないよう、「いのち」を大切にして過ごしてください。

 そして、残りわずかな今年と、これからやってくる来年も含めて、限られた高校生としての時間を、大切にしてください。また、ルールやマナーなどの決まりを守って、お互いに気持ち良く過ごせるようにしましょう。

 まだまだ新型コロナウイルスの心配は続いています。十分気をつけて過ごしながら、冬休みの間も、本を読んだり、家の手伝いをしたりしましょう。そして、また1月7日に元気な顔を見せてください。

 

翔羽祭(体育祭)開会の挨拶 (11月5日)

 皆さん、おはようございます。素晴らしい天気になりました。爽やかな小春日和。体育祭にふさわしい、気持ちの良い朝です。

 

 「翔羽祭(とびはねさい)」というのは、とても良い名前ですね。皆さんの、若い力の躍動を感じます。 新型コロナウイルス感染予防等による様々な制約の中で、係の先生方や、体育委員をはじめとする生徒の皆さんが中心となって、熱心に、丁寧に準備をして、今日を迎えました。心から感謝いたします。

 

 さて、私は皆さんに、よく「いのち」と「時間」と「きまり」を大切にしてほしいという話をします。こうした行事に一生懸命取り組むことは、皆さんのいのちを輝かせることです。 行事のスムーズな進行に協力することの基本は、時間を守ることです。 トラブル無く、お互いに気持ちよく過ごすためには、きまりを守ることが必要です。今日も、「いのち」と「時間」と「きまり」を大切にして過ごしてください。

 

 さあ、頑張った人ほど、お祭りを楽しむことができます。怪我などの事故の無いよう、また、感染症予防などにも気をつけながら、思いっきり楽しんでください。私も、皆さんのチームワークとフェアプレーの精神が形に表れるような、素晴らしい活躍を楽しみにしています。素敵な一日になるよう祈りつつ、開会の挨拶といたします。

勾玉祭を終えて (10月22日)

 フィナーレ(閉会式)や表彰の場面では話す機会がなかったので、この場を借りて感想めいたものを綴ります。誰かが目にしてくれたら嬉しいです。

 

 生徒の皆さんの取り組みは、たいへん立派なものであったと思います。おだやかであたたかな生徒の皆さんの笑顔がたくさん見られたのも、嬉しいことでした。私自身も、たいへん楽しませてもらいました。飲食に関連する催し物や三密が防げない企画については規制されていましたし、公開も正午までという短いものでしたが、規制を前向きにとらえることで、かえって安易に流れず、よく工夫したことが随所に見て取れる企画が数多くありました。加えて、生徒の皆さんは、先生方の丁寧な指導・支援についても、よく受け止めてくれていました。私は、そんな羽高生の皆さんの校長であることを、誇りに思います。

 残念ながら、本番当日の頑張りで力尽きたのか、表彰や片付けが行われた今日は、昨日よりも人が少なかったようですね。祭りなどの行事は、終わった後の寂しさや名残惜しさなどといった気持ちを味わうことで完結します。また、装飾などに使われた材料も、いわば、楽しい時間を一緒に作ってくれた仲間です。ありがとうという感謝の気持ちを持って、「みんなで」丁寧に片付けてあげましょう。

 今日、片付けに一生懸命取り組んで、きちんと「いつもの学校」に戻してくれた皆さん、ありがとう。校内を一周したら、あんまり綺麗になっているので、まるでドラマか映画のセットのように感じてしまいました。

 頑張った人ほど、心の中に、しっかりとした大きな思い出が残ります。それは、あなたを成長させる糧(かて)となります。昨日も、今日も、良い一日となりました。来週から、また、普段の日々を大切にしていきましょう。

勾玉祭(文化祭)の開会にあたって (10月21日)

 おはようございます。皆さん、頑張りましたね。いよいよ、勾玉祭の当日を迎えました。昇降口には、大きな「まがたまん」が、笑顔で皆さんを迎えています。生徒会の皆さんも、実行委員の皆さんも、それぞれの催し物を準備してきた皆さんも、本当に頑張ってくれて、今日を迎えました。 

 さて、学校は、「わからなかったことが、わかるようになる場所」、「できなかったことが、できるようになる場所」、「つながっていなかった人や物事が、つながるようになる場所」です。

 新型コロナウイルス感染拡大のために、たくさんのことができなくなってしまいました。しかし、生徒の皆さんの頑張りと先生方の御指導のおかげで、「わからなかったこと」や「できないかもしれないと思われていたこと」が、こうして、少しずつ、できるようになってきました。素晴らしいことだと思います。また、この勾玉祭の準備を通じて、人との新しいつながりを強くした人もいることでしょう。これも、素晴らしいことだと思います。

 お祭りなどの行事は、頑張った人に、一番大きな思い出をくれるものです。人を楽しませることが、自分が楽しむことにつながります。頑張った人が、楽しめるよう、祈っています。

 今年の素敵なテーマ、「 飛翔! 満ちる希望! 勾玉祭始動!! 」という言葉のとおり、勾玉祭が始動します。どうぞ、素敵な一日にしてください。

 

後期始業式の講話に代えて(10月4日)

 本校は前期・後期の2期制です。本来でしたら、4日間の秋休みをはさんで後期が始まる10月5日に始業式を行うのですが、今期は始業式を省略して、授業を行いました。

 私たちは先月まで、新型コロナウイルス感染拡大防止のために授業時間を短縮するなどの対策を取ってきました。また、9月には、夏季休業明けの全校集会(1日)、前期終業式(30日)と、生徒の皆さんにお話しする機会が2度ありました。本来、学校は「授業がいのち」です。今回は、授業を少しでも進めることを優先しました。

 生徒の皆さん。日頃から私が口にしている、「いのち」と「時間」と「きまり」を大切に、ということを心のどこかに置いて、後期も努力を重ねてください。疲れたり、悩んだりするようなことがあったら、誰かに相談しましょう。

 学校は、「わからないことを、わかるようにする」場所です。「できないことを、できるようにする」場所です。「お互いを大切にして、良い『つながり』をつくる」場所です。今は、わからないことや、できないことがあるのは、当たり前です。今、人とのつながりをうまく作れないのは、当たり前です。

 少しずつ、一緒に成長しましょう。

前期終業式校長講話(9月30日)

 改めまして、皆さん、おはようございます(こんばんは)。

 今日まで緊急事態宣言期間ということで、9月1日に行った全校集会同様、放送と映像を通じて、皆さんにお話をします。

 始業式に先立って、テニス部、バドミントン部、軽音楽部の皆さんと、生活体験発表会で本校代表となった皆さんへの表彰がありました。新型コロナウイルスのために色々なことが制限されている中で、羽生高校の生徒の皆さんが頑張っている。これは、本当に素晴らしいことです。

 また、昨日と一昨日、勾玉祭に向けたTシャツの販売がありました。生徒会の皆さんは、勾玉祭に向けて、さまざまな準備をしてくれています。そのほかにも、各クラス等でそれぞれ企画している催しに向けて、取り組んでいる人たちがいます。そうした皆さんの姿を見られるのも、とても素敵なことです。

 

 さて、本校は2学期制ですから、今日で前期は終わります。通知表が渡されます。結果が良かった人も、思うような成績が取れなかった人も、その原因を考えてみてください。どうか、成績の数字だけ見て終わりにしないでください。振り返って、何が良かったのか、何が悪かったのかを考えてください。

 人間は完璧ではありませんから、誰にでも、うまくいかないことは山ほどあります。ところが、ちびまる子ちゃんのオープニングテーマ「おどるポンポコリン」の歌詞にも出てくる「えらい人」発明王エジソンは、こんなことを言っています。

 「私は、失敗したことがない。うまくいかない方法を見つけただけだ。」

 負け惜しみにも聞こえますが、歴史上最も成功した人のひとり、エジソンの言葉です。 

 うまくいかなかったとき、何が悪かったのか、どこに問題があったのか、それを考えた人は、次に、同じ間違いをしません。逆に、うまくいったときに、何が良かったのか、ちゃんと考えなかった人の場合、次に同じようなことに取り組んだときの成功する確率は、良くても5分5分でしょう。

 結局のところ、人間が何かを成功させようとするときの近道は、悪いところを直すことです。でも、失敗をしないと、どこが悪いのかわかりません。ということは、人間は、何かを成功させるためには、まず、失敗をしないといけないのかもしれません。

 「失敗は成功の母」という言葉がありますが、それどころではありません。失敗は、成功の必要条件なのです。

 だから、皆さん。失敗したことで、自分を責める必要はありません。なぜそうなったのか、ちゃんと考えないこと、それが最もいけないことです。一度目の失敗は、失敗でも間違いでもありません。それは、次にうまくいくようにするための勉強です。考えるためのヒントをもらったということです。

 きちんと考えることなく、同じ失敗を繰り返してしまうことが、「本当の失敗」なのです。皆さん。色々なことを、ちゃんと考えましょう。それは、成功につながることです。

 

 私は、こうして皆さんに話す機会があるたびに、「いのち」と、「時間」と、「決まり」の三つを大切にしてください、と呼びかけています。大切にするというのは、よく考えるということでもあります。どうぞ、よく考えてください。 

 自分のことだけ考えていると、考えが狭くなってしまいます。自分にできることで、誰かを助けたり、家の人の手伝いをしたりしてみましょう。考えの幅が広がります。

 誰かを助けたり手伝ったりするのは難しいなあ、という人は、出会った人に挨拶をしてみましょう。そうすると、ほんの少しだけ、挨拶した相手のことを考えられるようになります。

 自分の考えだけでは足りないこともあります。そんなときのために、本を読みましょう。考えが広がります。考えが深くなります。

 困ったときは誰かに相談しましょう。助けを求めましょう。助けて、と言えるのは、自分がまだ諦めていないことを示すことかもしれません。

 これから、短い秋休みをはさんで、後期が始まります。この休みの間に何かを考えた人は、考えた分だけ、少し成長します。皆さんが何かをきちんと考えると、考えた分だけ、今年度の後半が、少し良い日々になります。

 どうぞ、考えを深める時間を作ってください。

 以上です。

 

夏季休業明け全校集会校長講話(9月1日)

 改めまして、皆さん、おはようございます(こんばんは)。

 この夏休み、大きな事故があったという報告も受けていません。今日も、廊下などで皆さんの元気な顔を見ることができ、たいへん嬉しく思っているところです。デルタ株と呼ばれる、新しいタイプの新型コロナウイルスの流行が激しくなっているため、このように放送で全校集会を行っています。

 皆さんは、この夏休み、どのように過ごしましたか? 私は、夏休みに入る前の日の全校集会で、皆さんに向けて「感染症予防に気をつけながら、家の手伝いもしましょう、本も読みましょう」と呼びかけましたが、面白い本には出会えましたか? 誰かの役に立つような、お手伝いができましたか?

 また、そのときの話の中で、挨拶の大切さについても、触れましたね。さっきの私の挨拶は、放送を通じてのものでしたが、皆さんは、この夏休みの間に、いったい、何人の人に挨拶をすることができたでしょうか? 私は、「挨拶は、人と人との間を近くするものです」という話をしましたが、そう考えると、皆さんは、この夏、ことばに出した挨拶の数だけ、自分と誰かの間にある心の距離を近づけることができたわけです。おめでとう。

 私も、この夏、とても嬉しい挨拶をもらいました。夏休み中に学校に来て、生徒会の活動をしたり部活動の練習をしたりしている、生徒の皆さんからの挨拶です。

 そして、先ほどは、全国大会で活躍した陸上競技部、テニス部、剣道部の皆さんからも、 放送で挨拶をしてもらいました。嬉しかったです。先日、ほかの高校の校長先生方と会う機会がありましたが、羽生高校は、部活動や生徒会活動が盛んで、生徒が頑張っている学校です、と、胸を張って話してきました。

 この放送を聞いている生徒の皆さんの中には、この3つの部活動の人たちと話をしたことがない人もいるかもしれません。しかし、今日、この放送の挨拶を聞いたことで、あなたの世界は少しだけ広がりました。素敵なことです。

  さて、私は、繰り返し皆さんに「いのち」と「時間」と「決まり」の3つを大切にしてほしいと言ってきました。その、大切な3つのことに関わるお話です。

 去年の春、新型コロナウイルスのために学校が3ヶ月ストップしたとき、「大変なことが起きてしまった」と私も思いましたが、今は、あのときよりもはるかに大変なことになっています。

 生徒の皆さんの中には、あまり実感がわかない人がいるかもしれません。しかし、新型コロナウイルスの流行を押さえるために私たち一人一人が行動していかないと、すぐに人の命にかかわるような状況になってきています。

 今、救急車が病人や怪我人を運ぼうとしても、コロナの患者さんで病院がいっぱいで、運ぶことができないということが、たびたび起きています。また、入院する患者さんのための部屋も、ベッドも、足りなくなっています。

 つまり、皆さん自身や、皆さんの大切な人たちが、病気や怪我で入院や手術をしようと しても、それができなくなる。いつもなら簡単に助かるはずの命が、受け入れ先の病院が 見つからないために、助からなくなってしまう。そんなことが起きはじめています。他人事ではありません。

 では、そんな状況を改善するために、私たちは何をすれば良いのか。何ができるのか。 実は簡単です。いくつかの簡単な「決まり」を守ってください。マスクをすること。ちゃんと鼻まで隠すこと。できれば、ウレタン製でなく不織布のマスクです。そして、マスクを取ったらしゃべらない。人混みは避ける。手を洗う。実行しましょう。これらを守ることで、多くの命が救えるのです。これは、命を大切にする行動のひとつです。

 また、学校生活も、いつ感染状況悪化のために授業ができなくなるかわかりません。毎日の学校生活を、授業の一つ一つを、大事にしましょう。これが、時間を大切にすることです。

 夏休みが終わっても、命と、時間と、決まりを大切にしてほしいということに、変わりはありません。どうか、この3つを大切にして過ごしてください。

 以上です。

 

【テニス部】全国大会結果報告(8月19日)

 令和3年8月8日(日)~10日(火)に、千葉県長生郡白子町サニーテニスコートで開催された全国高等学校定時制通信制体育大会(ソフトテニス)に埼玉県代表として出場したテニス部の皆さんが、顧問の先生とともに報告に来てくれました。たいへん嬉しいことです。

 

 上西 啓士 君、平田 素輝 君は、2人とも男子団体戦・個人戦に出場しました。団体では全国5位、個人では2人ともベスト32と、仲良く素晴らしい成績を残してくれました。また、鈴木 瑞季 さんは、女子団体戦の埼玉県チームの一員として出場し、全国3位の栄冠を勝ち取り、上記の写真のとおり、メダルを披露してくれました。

 学校は、保護者や地域の皆様に支えられながら、生徒と教職員でつくりあげるものです。頑張っている生徒たちがいると、私たち教職員は、心に元気をもらえます。元気をもらえた教職員は、生徒たちの成長のために、さらに力を発揮します。誰かが頑張ることは、誰かとつながって、広がっていくものです。

【剣道部】全国大会結果報告(8月5日)

 令和3年8月4日(水)、奈良県奈良市のロートアリーナ奈良(中央体育館)で開催された令和3年度全国高等学校定時制通信制体育大会 第52回剣道大会に、埼玉県代表として出場した 末原 サムエル 君が、顧問の先生方と一緒に報告に来てくれました。緊急事態宣言のため応援に行くことができなかった校長としても、たいへん嬉しいことでした。

 試合は午前に個人戦、午後に団体戦でした。末原君は、個人戦1回戦で富山県代表の選手に勝利した後、2回戦で神奈川県の代表(午後の団体戦優勝チームの主将)と対戦し惜敗。埼玉県チームとして出場した男子団体戦では、千葉・大阪との予選リーグで1勝1敗となり、残念ながらトーナメントに進むことができなかったそうです。

 しかし、高校に入学してから剣道を始めた末原君は、本人の努力と先生方の御指導によって、幼い頃から剣道を学んできた他県の代表選手たちと立派に渡り合う力を身に付けました。そのことが何よりも嬉しく感じられました。10月の大会に向けて、また頑張っていくと、意気込みを語ってくれました。

 なお、本校の伯耆田先生が監督として埼玉県女子チームを団体優勝に導いてきたことを、併せて御報告いたします。

 

夏季休業前 全校集会 校長講話(7月27日)

 

 今、いい声で私に挨拶を返してくれた人、ありがとう。嬉しいです。

 難しい漢字ですが、挨拶の「挨」の字も「拶」の字も「人に近づく」という意味があります。挨拶は、人と人との間を近くするものです。 

 

 10年以上前、私が進路指導の仕事を担当していたとき、ある企業の採用担当の方から、こんなふうに言われたことがあります。

「そりゃ、勉強ができないよりも、できる方が良いけど。たとえ成績が悪くても、仕事はちゃんと教えるから、それをきちんと覚えてくれればいいよ。でもね、挨拶や返事ができないのは、マズい。挨拶ができない人は、仕事を教えても覚えてくれないし、仕事仲間も、その人を助けてくれなくなっちゃう。」

ということでした。 

 人には性格があり、得意・不得意もありますから、今、上手に挨拶ができなくても、大丈夫です。学校は、『今できないことを、これからできるように頑張るための場所』ですから、挨拶をするのが苦手な人は、卒業までに(できれば、就職などの面接試験を受ける前までに)、何とかなるよう練習すればいいんです。うまくできたり、できなかったりを繰り返して、練習しましょう。

 

 さて、この4月、皆さんに初めてお話をしたとき、私は、「いのち」と「時間」と「決まり」の3つを大切にしてほしい、と言いました。

 成長するということは、皆さんの大切な「いのち」をより良く伸ばすことです。だから、人が成長するのを邪魔する「いじめ」や「からかい」は、許されないことです。

 そして、高校生として過ごしている今、大切な時間を、自分をより良く成長させるために使ってほしい。目の前のやるべきことを大切にして取り組んでほしい。それが、時間を大切にすることなのだ、と言いました。

 また、すべての決まりには、それが作られた理由があります。

 決まりを破ることは、決して格好いいことなんかじゃない。ルールやマナーなどの決まりごとを破ると、結局は、誰かを傷つけたり、自分が傷ついたり、不便になってしまったり、長い目で見て自分が損をしたりします。決まりごとの、その向こう側にある理由を、考えてから行動しましょう。 

 いずれにせよ、この「いのち」と「時間」と「決まり」の3つを大切にしてほしい、ということです。

 

 今年度も、4月から今日までずっと、新型コロナウイルスの感染拡大から皆さんの安全を守るために、保健室の先生方をはじめ、すべての先生方が、皆さんの「いのち」のために、誠実に、丁寧に、細やかな対応をしてくれていました。

 皆さんが、高校生としての時間を大切にして、自分の命をより良く成長させるように、 すべての先生方が、一つ一つの授業を大切に実施してきました。

 また、皆さんが生き生きと取り組めるよう、行事の準備も行っています。

 苦しくなったり困ってしまったりした生徒の皆さんのためにも、相談体制を整えています。

 卒業後の将来のことも考え、一所懸命、進路のサポートをしています。

 保護者の皆様と協力しつつ、学校外のさまざまな機関の方々とも連携しています。

 皆さんの目に触れないところで、学校のさまざまな施設・設備を整備したり、学校の計画を立てたりしている方もいます。

 また、皆さんに決まりの大切さを理解してもらうため、ときには厳しい指導もしています。

 

 だから、皆さん。長い夏休みの間も、「いのち」と、「時間」と、「決まり」を大切にして、過ごしてください。

 感染症予防に気をつけながら、家の手伝いもしましょう。本も読みましょう。

 そして、9月1日に、また、元気な顔を見せてください。(夜間部の皆さんは、一緒に、美味しい給食を食べましょう。)

 

壮行会「激励の言葉」

 

 全国大会に出場する、陸上競技部・テニス部・剣道部の皆さん、おめでとうございます。

 先ほど、それぞれの部活動を代表する生徒の皆さんが、お話をしてくれました。私は本当に嬉しく思いました。もちろん、全国大会で活躍してくれる皆さんがいることが嬉しいのですが、それにも増して、代表の皆さんがとてもいい話をしてくれたことが、嬉しかったのです。同様に、聞いている生徒の皆さんが素晴らしい態度で、その話をしっかり受け止めてくれていることが伝わってきて、とても嬉しかったのです。

 

 さて、陸上競技部、テニス部、剣道部の皆さんには、全国大会という晴れの舞台で、「思いっきり自分の力を発揮する喜び」と、「同じ競技で頑張っている全国の仲間たちと、高いレベルで競い合う楽しさ」の二つを、心ゆくまで味わってきてもらいたいと思います。

 

 折しも、今、オリンピックが行われています。メダルを取ってインタビューを受ける選手の多くが、「この場を作ってくれた人たちに対する感謝」や、「自分たちを支えてくれた人に対する感謝」を述べています。

 また、高校野球においては、部員の中で新型コロナウイルスの感染者が複数出たことで、今年の春の選抜で全国優勝した東海大相模高校が出場を辞退し、神奈川県大会の準々決勝を棄権するといったニュースもありました。

 

 できなかったかもしれないオリンピック。また、できなくなってしまった甲子園への挑戦。こうしたことを考えると、一つの大会がきちんと行われることや、それに参加できることは、決して当たり前のことではない、ということがわかります。たいへん貴重な機会なのだということが、改めてわかります。

 

 多くの人が、大会に出場する皆さんに、安心して全力を出してもらえるように、働いています。多くの人が、皆さんの健康と安全のために、働いています。それらはすべて、皆さんを応援する気持ちの表れです。その応援を感じながら、このチャンスを思いっきり楽しんできてください。これを、私からの激励の言葉といたします。

 

3年次生保護者の皆様へ(令和3年6月1日 修学旅行延期についての通知より)

 3年次生保護者 様 

 

   修学旅行の延期について

 

 麦秋の候、ますますの御清栄とお喜び申し上げます。また、本校の教育活動に日頃から御理解と御協力を賜り、ありがとうございます。

 さて、修学旅行実施について4月22日にお知らせして以来、準備を重ねてきたところでございますが、5月末の状況の変化に伴い、日程を延期いたします。皆様には、直前になってからのお知らせで御迷惑をおかけしますこと、心よりお詫び申し上げます。

 本校では、生徒の安全を確保し、保護者の皆様の御理解を得て、訪問先の地元の皆様に配慮しながら修学旅行の計画を進めて参りました。しかし、御存知のように、国の緊急事態宣言が北海道知事の要請により延長されました。また、今まで札幌周辺以外は落ち着いていた感染拡大状況も、5月下旬に悪化しました。先週、宿泊予定地の函館市では新規感染者数が大きく増加し、もう一つの宿泊予定地ニセコ町でも、観光施設・公共施設のほとんどが休館または町民のみ利用可となっています。この状況では、お子様の安全を確保し保護者の皆様の御理解を得ることは難しいと判断いたしました。現在、9月・10月を日程の候補として調整を始めております。

 楽しみに計画を進めてきていた生徒の皆さんにも、心配しながらも御理解を示してくださっていた保護者の皆様にも、急なお知らせとなりましたこと、重ねてお詫び申し上げます。今後の予定は下記のとおりです。そのほかのことについては、それぞれ決まり次第、お知らせいたします。本来ならば説明の場を設けるべきところではありますが、迅速にお知らせをしなければならないところでもあり、紙面にて御容赦いただきたく、お願い申し上げます。

 

   記

 

1 修学旅行について

 日程を延期します。候補日は令和3年9月・10月とします。なお、延期した日程に近接する行事の予定については、変更されることもあります。これらについては、決定次第、御連絡申し上げます。

2 令和3年6月9日(水)・10日(木)の予定について

 平常授業です。生徒の皆さんはいつもどおり登校してください。

3 令和3年6月11日(金)の予定について

 年次の教職員を中心に対応します。詳細は、後ほど生徒の皆さんにお知らせします。

 

令和3年度 第51回入学式 式辞(令和3年4月8日)

 今年の桜は例年よりも早く咲きましたが、今も、少ないながら遅咲きの桜が若葉に混じって伸びやかな姿を見せています。このような佳き日に、令和3年度埼玉県立羽生高等学校第51回入学式を挙行できますことを、心から嬉しく思っております。

 新型コロナウイルス感染拡大防止のため、さまざまな制約がある中で、この式の実現に尽力してくださったすべての方に、感謝申し上げます。

 

 さて、先ほど呼名された68名に、入学を許可いたしました。

 新入生の皆さん、入学おめでとうございます。中学校までの義務教育を終えるにあたって、自分なりの形で高校への進学を選び、決断して、皆さんはここにいます。不安や迷いもあったでしょう。それを乗り越えて、皆さんはここにいます。胸を張ってください。これからは、羽生高校の生徒として一緒に学んでいきます。私たちは、皆さんを歓迎します。皆さんのこれからの努力を、応援します。

 そして、入学生の皆さんを支えてこられた保護者の皆様、おめでとうございます。また、この場にはいない、今まで新入生たちを応援してくださった方々にも、心よりお祝いを申し上げます。

 創立74年目を迎える本校では、多くの卒業生が、ここで学んだことや体験したことを生かし、社会のあらゆる分野で活躍し、世の中を支えています。

 在学中の先輩の中にも、つらい体験を乗り越えて、ここで素晴らしい活躍をしている人が大勢います。

 新入生の皆さんも、羽生高校での学習と生活を、自分の成長のために生かしていってください。

 

 では、皆さんに、これから大切にしてもらいたいもの、守ってもらいたいものについて、三つお話をします。

 一つ目は、命、人の命です。

 皆さんも、私も、大切な「命」を持っています。どんな人にも、命は一つしかありません。平等です。この最も大切な宝は、何があっても守らなければなりません。

 自分の命を大事にする、ということは、自分の人生を大切にして、自分を成長させるということです。自分の命をより良く使うということです。

 そして、他人の命も大事にしてください。誰かをいじめたり、誰かが頑張って成長しようとしているのを邪魔したり、何かに真剣に取り組んでいる人をからかったりするのは、他人の命を粗末にすることです。そんな人は自分自身のことも大切にできません。命の価値は平等ですから、自分の命も、他人の命も、大切にしてください。

 さて、大切にしてもらいたい二つ目のものは、時間です。

 どんなに立派な人の時間も、そうでない人の時間も、同じように過ぎていきます。その、誰にでも平等に与えられた時間を、大切にしてください。授業でも、部活動でも、そのとき取り組んでいる、目の前にある、そのことを大切にすることが、時間を大事にすることです。

 三つ目は、決まりです。決まりを大切にしてください。

 すべての決まりには、理由があります。その決まりを守ると、便利になったり、得をしたりします。あるいは、その決まりを守ると、誰かを傷つけずに済んだり、自分が傷つかずに済んだりします。

 若い頃には、決まりを破ることが、格好良く見えてしまうことがあります。しかし、それは錯覚です。なぜ、その決まりがあるのか、理由を考えるようにしてください。

 もしも、その決まりがあるために、かえって不便な人や傷つく人を増やしてしまっているのなら、正しい手続きで決まりを変えましょう。決まりを破ったり壊したりする力ではなくて、誰かと協力してもっと良い決まりをつくる力、決まりを変える力を手に入れましょう。そんな力を養いましょう。

 命と、時間と、決まりを大切にしてください。これが、守ってほしい三つのことです。

 

 さて、保護者の皆様、本校は「単位制」という、生徒一人一人の希望や生活のリズムに合わせることのできる柔軟な教育システムをとっています。

 しかし、これは大きな自由がある反面、大きな責任を自分自身で負わなければならないシステムでもあります。卒業するためには、自分自身をしっかり管理できることが必要です。

 保護者の皆様、どうか、本校の教育方針について御理解いただき、学校と連携しながら、お子様の健やかな成長と卒業を実現するための支援をしていただきたく存じます。我々教職員も、全力で生徒の皆さんの努力を支援いたします。

 

 最後に、入学生の皆さん、どうか、保護者の皆様をはじめとする、皆さんが高校で学ぶことができるように道を拓いてくれた人達に感謝してください。

 そして、今度は皆さんが、どんな小さなことでも良いですから、誰かのために道を拓いてあげられるような力を、この羽生高校で身につけて卒業してください。皆さんが実りある高校生活を送り、大きく成長することを祈念し、式辞といたします。

令和3年度前期始業式(令和3年4月8日)校長講話

 ほとんどの皆さんには、「はじめまして」ですね。

 この4月から、校長として皆さんと一緒に過ごします、新井康之です。

 令和3年度の始まりにあたって、いくつか、皆さんに話をします。

 

 さて、皆さんは、羽生高校の「校訓」を知っていますか。

 校訓というのは、生徒の皆さんに、こんなことを大切にしてほしい、とか、こんな人になってほしい、ということを、短い言葉で表したものです。体育館の外側に、学校名や本校のマスコット「まがたまん」のイラストと一緒に三つの言葉が書いてありますね。それが校訓です。今日は、このことについて話します。

 

 一つ目の言葉は「友愛」。

 辞書では、兄弟や友人の間の親しみとされていますが、もっと言えば、互いを思いやる心です。

 嫌なことを言いますが、世の中には、嬉しいことや楽しいこと、明るいことがたくさんあるのと同じように、悲しいことやつらいこと、暗いこともたくさんあります。ときには、人間は、悲しくてつらくて、真っ暗な中に一人ぼっちでいるような気持になって、どうしようもなくなってしまうことがあります。

 しかし、そんな時に誰かが、そのつらい気持ちでいる人への思いやりを、言葉や、態度や、行いで示してくれたら、どうでしょうか。真っ暗な気持ちの中に閉じこもっている人にとって、思いやりを示してくれたその人は、光そのものです。植物が光を浴びて成長するように、その人は、もう一度立ち上がって伸びていくことができます。

 人間は、そういう意味で、光になることができるのです。

 友愛という言葉には、皆さんに、世界のどんな小さな隅っこでもいいから、誰かを光で照らしてあげられるような人になってほしいという願いが込められていると、私は考えています。

 

 二つ目は「自立」です。

 辞書には、独り立ちすること、他人の力を借りずに生きていくこと、などと書いてありますが、辞書にある意味より、もっと皆さんの人生に関わることでお話しをします。

 人間は、集団で社会をつくって生きていく動物です。決して、何から何まで一人だけで生きていくことなどできません。

 私は、このように考えています。本当に自立して生きるというのは、誰かに何かをしてあげる代わりに、自分のできないことを誰かに助けてもらえるような生き方が、上手にできるようになることだ、と。

 自立とは、何かを通じて困っている人を助けてあげる力を身につけるのと同時に、自分が困ったときに、きちんとした形で誰かに助けを求めることのできる力を身につけることなのだ、と私は思っています。

  校訓の「自立」とは、そのように誰かを助けたり、誰かに助けられたりしながら、社会人として生きていけるようになってほしいという願いが込められている言葉なのだと私は解釈します。

 

 三つ目の言葉は「飛翔」です。

 もちろん、空中を翔けるように飛ぶことなのですが、まさか、皆さんに「空を飛べ!」と言っているわけではないですよね。

 確かに、将来、まるで空を飛ぶように素敵な活躍をしてほしいという願いもあるのでしょう。しかし、私はあえて「天にも昇る心地」などと表現される「幸せな気持ち」のことについて、お話しします。

 まず、不思議なことに人間は、誰かに何かをしてもらっているだけでは、どんなに贅沢をしても、良いものを手に入れても、満足しないのだそうです。他人に喜ばせてもらっているだけでは、心の底からの本当の喜びを手に入れることはできないのだそうです。

 では、人は、どんな時に幸せな気持ちになれるのか。

 実は、人間は、自分の力で誰かに喜んでもらえたときや、誰かが幸せになるお手伝いができたとき、また、誰かを助けたり、誰かの役に立ったりすることができたと手応えを感じたときに、心の底から満足感や幸福感を感じることができるのだそうです。きっと、天にも昇るような気持ちへの扉も、そこにあるのでしょう。

 

 さあ、それでは、皆さんが高校生として、そんな幸せな気持ちにたどり着く力をつけるための方法です。何を頑張れば良いのか。どう頑張ればよいのか。

 まず、時間を大切にすること。

 授業でも、部活動でも、今、目の前にあることに集中して取り組んでみてください。それが、限られた高校生としての時間を大切にすることなのです。

 次に、自分の命も、他人の命も、大切にすること。

 自分の成長を大事にすることと同時に、真剣に頑張る人をからかったり、誰かをいじめたりしないこと。それが、一人ひとりの伸びる命を大切にすることです。

 そして、決まりを大切にすること。

 それは、何につけても正しい方法で行う、ということです。幸せになるための魔法のような近道は、ありません。あるように見えるのは、だいたい偽物です。正しい方法で、ルールやエチケットなどの決まりごとを大切にすることが、結局は一番の近道です。

 さて、今日は、私たちの学校の校訓である三つの言葉について考えました。そして、幸せになるために、命と時間と決まりの三つを大切にしてほしいというお話をしました。今日の私の話はここまでです。

 

令和2年度終業式(3月22日)校長講話 ー夢をかなえる秘訣ー

 皆さん、おはようございます。

 3月12日は卒業式でした。緊急事態宣言下でしたので、在校生の皆さんに参列してもらえなかったのは残念でしたが、代表して生徒会長が心のこもった送辞を述べてくれました。卒業生は立派な態度で式に臨み、堂々と卒業していきました。皆さんにも是非先輩達に続いてほしいと願っています。

 17日には4月から皆さんの後輩となる入学許可候補者の説明会がありました。こちらは、まだどことなく中学生の面影を残し、初々しい様子でした。生徒の皆さんが高校生活をとおして大人になることを改めて実感した二つの行事でした。

 そして、皆さんは高校生として、それぞれ道の途中にあるわけですが、大丈夫、感染症にも自分にも負けず学校に通い続けることができた皆さんも、この一年間で一人ひとりがしっかり成長しています。

 

 さて、今年度最後の終業式の今日は新年度に向けて「夢をかなえる秘訣」に関する話をします。

 

 「夢の国」と言ったらどこですか。そう、ディズニーランドです。ミッキーマウスの生みの親であり、夢の国をつくることを実現したその人、ウォルト・ディズニーの名前も聞いたことがあるでしょう。彼は今から100年以上前、1901年に両親の間に四番目の男の子として生まれました。仕事の失敗続きだった父親は子供たちにつらく当たり、三人の兄は家出、ウォルトも小学生時代毎朝3時半起きで新聞配達をしていたこともよく知られています。しかし、子どもの頃から友達が笑ってくれる漫画を描くのが大好きだったウォルトは、夢を持つことの力を信じ、夢に関する言葉も多く残しています。

 

   夢をかなえる秘訣は、4つの「C」に集約される。それは、「好奇心」「自信」「勇気」そして

   「継続」である。

 

 ここで言う「C」はそれぞれの言葉の英語の頭文字のことです。英語は後で調べてみてください。

 

 なるほどと思います。好奇心をもって始めたことは、面白いので誰でも夢中になって取り組みます。すると自然に上達し、結果が出るとますます面白くなっていく。没頭して取り組むうちにできる自分に自信がついてきて、さらにモチベーション高く取り組む好循環が生まれます。

 これがずっとうまく回ってくれればいいのでしょうが、なかなかそうはいきません。伸び悩んだり、結果がついてこなかったりということは皆さんにも経験があるだろうと思います。後から振り返れば、上達して次のステージに上ろうとしている時だった、あれは試練の時だった、ということが多いのですが、壁にぶつかると、できない自分がいるわけですから、どうしても自信も失いがちです。

 すると、自分には向いてなかったとか、他にやりたいことがあるとか諦める理由を見つけ始めてしまったりもします。自信がないと次の挑戦をするには非常に勇気がいるので逃げ出したくなるのですね。

 ここが大きな分かれ道です。自信を失ってわずかばかりになった勇気に火をともして自分自身を再び燃え立たせることができるか否か。覚悟が問われます。

 それでもなんとか乗り越えた、うまくいくようになったと思ったら、また一段高いところの問題にぶつかって、の繰り返し。夢を実現するには相当なエネルギーが必要です。

 それでも、挑戦しては乗り越えるサイクルを回しながら、継続して取り組んでいると、気づけばいつの間にか遠く高いところまでたどり着いている。夢がかない成長した自分に出会えます。

 

 高校生活も同じだろうと思います。

 小学生に始まった皆さんの学校生活は順風満帆ではなかったかもしれません。それでも、この羽生高校で学び直し、新しい自分に出会えることを思い描いて入学した皆さんです。時に弱気が顔を出しても自分に負けるな!どうしても苦しいときは自分の殻に逃げ込まず、先生や友達、家族、誰でもいいから助けを求めることも忘れないでください。エネルギーを補給して、また勇気を奮い立たせましょう。

 

 ウォルト・ディズニーはこんな言葉も残しています。

 

   過去の出来事に傷つけられることもあるだろう。でも私が思うに、そこから逃げ出すことも出来

   るが、そこから学ぶことも出来る。

 

 新しい年度に向かう春休みは、これまでのことをいい意味でリセットし、これからのことを考えるいい機会です。新年度も積極的にトライできるよう、こころと体をしっかり整えて春休みを過ごしてください。春です。新しいスタートです。笑顔でがんばりましょう。

 

第51回卒業証書授与式 式辞 ー学びのその先へー

 春です。

 卒業生の皆さん、卒業おめでとう。

 この日まで、お子様を育て、支えてこられた保護者の皆様にも心からのお祝いと敬意を表します。35名の卒業生は、幾多の葛藤を乗り越えて、強さと優しさを身につけ、巣立ちの時を迎えました。  

 

 高校生活を終えて皆さんの胸にはどんな思いが湧いてくるのでしょう。

    特に、最終年度となった今年度は、予期せぬ新型感染症との闘いに明け暮れることになりました。臨時休業に始まり、高校生活を彩る学校行事も残念ながら思い描いたとおりにはいきませんでした。しかし、皆さんは立派だった。

 

 9月、修学旅行中止の決断を三年生の皆さんに伝えた日、一人ひとりの真剣な眼差しは、忘れることができません。あの日、皆さんはどれだけの感情と言葉をのみ込んで静かに受け止めてくれたのでしょう。

 10月、多くの制約がある中で、考え、行動し、後輩たちをリードして途絶えさせることなく第五十二回勾玉祭をやり遂げた皆さん。創立以来、本校生に受け継がれた、困難に屈しない羽高魂、伝統の力を皆さんが見事に体現してくれました。

 11月、翔羽祭ではじけた笑顔は爽やかで本当に楽しい一日でした。選手の活躍もさることながら、あの日の立役者は、走り回って運営を助けてくれた四年生でした。夜間部の球技大会の後、全員で跳んだ縄跳びは、夜間部生徒の団結を一層堅固なものにしました。

 

 本日、勾玉祭のモザイクアートをこの式場に置きました。保護者の皆様、見てやってください。モザイクの一つ一つは全校生徒一人ひとりが撮影した写真です。違う個性をもつ一人ひとりの心が動いた瞬間を切り取った写真から、新たにこのモザイクアートが完成しました。

 

 昨日、3月11日、未曾有の被害をもたらした東日本大震災から十年を数えました。それ以降もこの国に生きる私たちは、地震や台風による水害など次々に襲いかかる困難や深い悲しみ、苦しみに直面することになりました。そして今、世界中で新型コロナウイルスとの闘いが続いています。社会の変化のスピードは増すばかりで、世界には矛盾や葛藤が渦巻いています。予測困難な未来を担っていく皆さんは、今後も様々な課題に直面するでしょう。

 

 苦しいときには思い出してください。

 困難と思える状況の中で、どうしたいのか、何ができるのかを考え抜き、人々の幸せに向かって対話を重ね、互いの違いを乗り越えて、知恵と力を共有し、補い合うことができたなら、このモザイクアートのように新たな価値と希望を生み出すことができることを。

 

 さあ、飛翔の時です。学びのその先へ!ここでつかんだ学びの種をもって広い世界へ羽ばたこうとする皆さんが、やがて、未来の社会のそこここで希望の花を咲かせる人になることを期待します。

 

 感謝を忘れず、勇気と誇りをもって進んでください。皆さんの未来に幸あれと祈ります。卒業おめでとう。

 

                             令和3年3月12日

                           埼玉県立羽生高等学校長 鈴木 久代

 

冬季休業明け校長講話(1月7日)ー今を生ききるー

 明けましておめでとうございます。

 静かに年が明けました。昨年は新型感染症との闘いに明け暮れた一年でしたが、皆さんの協力のお陰で無事に年を越すことができました。今日もこうして、元気な顔を見ることができて嬉しく思います。しかし、本日、緊急事態宣言再発令の予定となっており、厳しい状況が続いています。学校は始業時刻の繰り下げや短縮授業を実施することとしましたが、皆さん一人一人の意識と行動が大事です。引き続き「健康観察、手洗い、マスクの着用、三密を避ける」ことを徹底し、感染防止に協力してください。

 さて、年の初めの全校集会にあたり、今日は、「今を生ききる」ということについて話をしたいと思います。

 感染症の拡大が続く中で、今はがまんの時といわれています。もちろん外出や会食などがまんが必要なことはあります。勾玉祭も模擬店などはできませんでした。修学旅行も遠足もできませんでした。しかし、がまんだけの毎日なのかと改めて考えてみると、こうした日々の中にも、心が動くこと、喜び、嬉しさや楽しさ、幸せはあると思うのです。そして、「今を生ききる」ことの大事さを改めて感じています。

 私は、運転中ラジオを聞くのが好きです。昨日は出勤途中のラジオから、洋画家 野見山 暁治 さんの100歳記念の個展が開催されるという話が流れてきて心をつかまれました。100歳にして現役、100歳ですから関東大震災以前に生まれ、太平洋戦争も経験したはずです。

 驚きながら耳を傾けてみると、中学時代の先生の影響で絵を描くことが好きになった野見山さんは、17歳で福岡から上京、入学した東京美術学校油絵科3年のときに太平洋戦争が始まったそうです。兵役のため22歳で繰り上げ卒業、陸軍へ入隊し、満州に送られたとのことでした。向こう側に銃口が見え、死を覚悟したと言います。しかし、肺の持病が悪化して、福岡の傷痍軍人療養所で終戦を迎えることになります。

 終戦から3年後、やっと東京へ戻ると、フランス政府の留学生募集の記事を偶然見つけます。セザンヌやゴッホの絵がどうしても見たくて試験を受けて合格し、31歳でパリに渡ります。一ヶ月の船旅で地中海に入り、明かりが遠目に見えたとき、涙がボロボロ出たと言います。美術学校の生徒でパリに行けた人は誰もいない。何人もの戦死者が出て、例外なくみんなパリに憧れて死んでいった。嬉し涙というよりは慚愧に堪えなかった。自分だけが幸福でいいのか。許してくれ、という思いだったそうです。

 12年間のパリ生活で西洋画制作に没頭するうち、不思議と東洋画に心が惹かれるようになり、1964年、東京オリンピックの年に帰国します。その後は、大学で指導に携わりながら精力的に絵の制作と執筆活動もするようになりました。また、1976年から戦没画学生の遺族をたどり、作品を集める活動に協力、これが長野県上田市の戦没画学生慰霊美術館「無言館」につながります。

 どんな絵を描く方なのか気になって、ネットでも調べてみました。すると、そこに現れたのはダイナミックで奔放、エネルギーに圧倒されるような絵でした。年齢を重ねるごとに迫力が増しているように感じます。野見山さんは言います。「限られた画面から広い宇宙観のようなものが出てくる、手品のような絵が描きたい」「自分の課題があるから描く。どうすればめざす表現に辿りつけるのか、毎日、毎日が実験です。だから絵にはこれでおしまいというのはありませんね」「描くことは生きること」「興味あることに食い下がれ」。描くことで、常に今を生ききる野見山さんの飽くなき探求心に驚かされます。

 感染症が拡大する中で、幸せな未来のために今はがまんということもあるかもしれません。でも、人生は一期一会。大切な自分の人生の今を生ききることで今ある幸せに気づくことができる。幸せは私たち一人一人、自分の中にあります。幸せはその人の心のありようだから……。皆さんは、何を自分の課題とし、クリアするためにどう行動しますか。今年も皆さんのトライに期待します。笑顔で頑張りましょう。

 

冬季休業前校長講話(12月25日)ー想像力を働かせて行動しようー

 皆さん、おはようございます。今日は朝一番の大掃除、ご苦労様でした。学校中がさっぱりして良い年を迎えられそうです。年末の大掃除は厄を払う意味もあると言いますから、是非、自分の家もきれいにして、良い年を迎えてほしいと思います。

 さて、年末を迎え、今年も新聞各紙に日本10大ニュースが掲載されました。1位はやはり「新型コロナの感染拡大、緊急事態宣言」、関連して流行語大賞も「3密」、今年の漢字も「密」と、新型感染症に関するもの一色の感がありますが、中には、明るいニュースもありました。「藤井聡太七段の最年少タイトル」や「『鬼滅の刃 無限列車編』の興行収入最速100億円」などです。映画は皆さんの中にも観に行った人がいるのではないでしょうか?

 感染症の拡大は、皆さんの学校生活にも影響を与えることになりましたが、皆さん一人一人にはどんな一年だったでしょう?臨時休業をはじめ行事の中止や縮小など残念なこともありましたが、昨日までの球技大会には楽しく参加できましたか?制約がある厳しい状況ではありましたが、工夫してできたこと、努力したこと、楽しかったことに目を向けて、皆さん一人一人が、頑張った自分、成長した自分を、自分で認めてあげられるところがあれば嬉しく思います。

 感染が拡大している中で冬休みを迎えるにあたり、今日は、私自身の情けない体験を踏まえ、「想像力を働かせて行動しよう」ということについて話をしたいと思います。

 それは、会議があって出張した11月のある金曜日、夕方のことです。駅の構内は帰りを急ぐ人たちで混雑していました。第3波と言われ、感染が拡大してきたこともありましたので、私も少しでも早く電車に乗りたいと思い、周囲の人の流れに乗って足早に乗換駅の改札を抜けようとしたときでした。オレンジ色のマスクをつけた方が緊迫した様子で辺りを見回している姿が目に飛び込んできました。「何かお困りですか?」と声をかけながら近づいてみると、その方の足元にうずくまっている人の姿があります。オレンジのマスクの方が「駅員さんに知らせないと」とおっしゃるので、はじめて利用する駅に不案内な私は、具合の悪い方に付き添う役割を引き受け、オレンジのマスクの方が駅員さんを呼びに行ってくれました。「大丈夫ですか」と声をかけると、あげられた顔は、血の気がなく、まさに顔面蒼白でした。私もしゃがんで励ましながら、しばらくすると、オレンジのマスクの方が駅員さんと戻ってきてくれました。駅員さんに後の対応をお願いし、オレンジのマスクの方と「ありがとうございました」と声を掛け合い、また帰りを急ぐ人の波に乗りました。たったこれだけのことです。

 白状します。ほっとして、しばらくすると、電車の中で私は言いようのない不安に襲われたのです。「もしかして、うずくまっていた人が感染者だったらどうしよう」「電車に乗ってしまったけれど、感染を拡大することにならないだろうか」「週明け、学校に行けるだろうか」「高齢の母と暮らしているけれど大丈夫だろうか」……と同時に、恐怖や不安とも闘いながら昼夜を問わず懸命に働いてくださっている医療従事者の方々の姿がまざまざと頭の中に立ち上がったのです。

 12月21日に医師会から医療緊急事態宣言が出されました。22日、看護協会からも、看護師等の離職があった病院が15.4%に上ったとする調査結果が公表されました。感染症の指定病院や受け入れ協力医療機関に絞ると、20%を超える離職があったそうです。看護師へのアンケートには、「家族や親族が心ない言葉を言われた」「保育園に来ないでくださいと言われた」「我が子に『お母さんの病院にはコロナがいるの』と聞かれた」「美容院の予約を断られた」などの回答があったそうです。皆さんは、どう思いますか?

 学校は冬休みに入りますが、皆さん想像してみてください。誰かの命を守るために、感染の不安だけでなく偏見、差別とも闘いながら懸命に働く方がいらっしゃることを。収束が見えない中で、まず私たちができることは、医師や看護師の方にこれ以上の負担をおかけすることがないよう、コロナに限らず病気や怪我をしないよう気をつけることだろうと思います。家庭にあっても、生活リズムを崩さず、感染防止対策を徹底し、想像力を働かせた行動をお願いします。新しい年を元気に迎えましょう。

 

第3回翔羽祭あいさつ(11月6日)

 おはようございます。

 先月行われた勾玉祭に続き、体育委員をはじめ皆さんの努力と協力によって、今年で3回目を迎える翔羽祭が無事に開催できることを嬉しく思います。

 ふりかえれば、長期にわたった臨時休業中は、外出自粛が求められる日々でもありました。その間、無性に体を動かしたい衝動にかられたことはなかったでしょうか。

 体を動かしたいと思うのは、人間の本源的な欲求であり、スポーツは、その欲求に応えるとともに、爽快感や達成感、仲間との連帯感など精神的な充足や楽しさ、喜びをもたらしてくれるものです。さらには、体力の向上や、精神的なストレスの発散など心身両面にわたる健康の保持増進に役立つものです。そして、スポーツは平和の象徴の一つでもあります。

 今日の翔羽祭では、応援も含め、一人一人がチームのために自分の役割を全力で果たそうとする責任感、自分のチームメンバーはもちろん、相手やルールを尊重するフェアプレイの精神を大いに発揮して、素晴らしいチームワークを見せてくれるものと期待しています。

 全集中で思い切りとびはねて、みんなで最高の一日にしましょう。

第52回勾玉祭あいさつ(10月15日)

 おはようございます。

 生徒会役員の皆さんを中心に準備を進めてきた第52回勾玉祭もいよいよ本番となりました。開催が危ぶまれたこともありましたが、こうして今年も本校の文化祭が開催できることを嬉しく思います。

 文化というのは、そこに集う人々が築き上げてきた有形・無形の成果の総体であります。とするならば、時間の流れの中で少しずつ形を変えていくのは自然なこととも言えるでしょう。今、コロナ禍にありますが、ここで青春を生きている皆さんが例年どおりの文化祭ができないと嘆くのではなく、困難な状況を跳ね返し、自分たちで創り上げようとするものがある、そのエネルギーこそが本校生に脈々と受け継がれてきた誇るべき伝統、財産であり、羽生高校の文化であろうと思います。

 今年の勾玉祭は、「P-1グランプリ」と題して、写真展が行われます。ところで、私たちが写真に収めようと思うのは、どんな時でしょうか。それは、何かしら心が動いた時であり、私たちは、その大事な瞬間を切り取るような気持ちでシャッターを押すのではないでしょうか。……とするならば、みんなの感動の瞬間を持ち寄ってできあがったモザイクアートは、大きな希望を描き出すものと期待しています。

 また、今日は、スペシャルゲストにバリトン歌手の原田勇雅さんをお招きして、「音楽世界旅行」をテーマに芸術鑑賞会も開催されます。原田さんの歌声に誘われ、みんなで素晴らしい旅に繰り出しましょう。

 では、文化の一日の始まりです。笑顔で感動を分かち合う一日にしましょう。

前期終業式校長講話(9月30日)-和顔愛語-

 皆さん、こんにちは。

過ごしやすい季節となり、今日は、今年度初めて、こうして一堂に会して前期の終業式を迎えることができました。前期を振り返って、皆さんはどんな感想をもっているでしょうか?今日は、通知票も渡されますから、評価の数字だけに一喜一憂するのではなく、学習面における自分の取組状況をしっかり振り返り、後期に生かしてくれることを期待します。

 さて、今日は前期に気になったことから、「和顔愛語(わげんあいご)」ということについて、話をします。

 「和顔愛語」というのは、「和やかな笑顔と、思いやりのある言葉で人に接する」という意味の言葉です。コロナ禍の影響もあるのでしょうか、今年は各方面でSNS等で人を誹謗・中傷してひどく傷つけることからくる事件、トラブルなどが起こっていることもあり、私は、皆さんのことも大変心配しています。

 言葉は、不思議ですね。そして、難しいですね。人を勇気づけたり、傷つけたり、同じ言葉でも、違った意味で受け取られたり・・・・・・。なぜ、そのようなことになるのでしょうか。

 おそらく、言葉を受け取る人には、発せられた言葉に込められたその人の「思い」を受け取ろうとする意識が、自覚のあるなしにかかわらず、働くからなのではないでしょうか。言葉を使う人間の責任として、そのことを知って、言葉には、思いやりの気持ちを込めて大事に使いたいものです。また、言葉を発するときの表情や態度からも人はメッセージを受け取りますから、注意を払いたいものです。

 ところで、人が人生の中で人と出会う確率については、時々話題になりますから、皆さんも聞いたことがあるかと思います。何らかの接点を持つ人と出会う確率は、24万分の1、同じ学校や職場などで出会う確率は、240万分の1、友人と呼べる人と出会う確率は、2千400万分の1、親友と呼べる人と出会う確率は24億分の1 という説です。その説に立つならば、今、皆さんは、この羽生高校で240万分の1の確率で出会いました。それが友人と呼べる人になるのか、親友と呼べる人になるのか、それとも二度と関わりたくない人になるのか、それは、言葉のやりとりを含めたお互いの関わり合いの中で決まってくるのではないでしょうか。

 先日、買った和菓子屋さんの包みに「元気の出る名言」というのが印字してあり、そのとおりだなあと、デスクマットに挟んで今も時々読み返しては元気をもらっているものがあります。私が一番共感を覚えたのは、『トム・ソーヤーの冒険』の著者でもありますマーク・トウェインの「自分を元気づける一番良い方法は、誰か他の人を元気づけてあげることだ」という言葉です。

 人間関係は相互作用、どちらか一方では成り立ちません。人を元気づけ、その人の笑顔を見ることができたとき、人は幸せになり、自分も元気になるのではないでしょうか。そういうやりとりを重ねて、関係は深まっていくのだと思います。羽生高校での出会いをよい関係に育てることができるよう、対面のときはもちろん、SNS上のやりとりにおいても、決して一時の感情で人を傷つけることがないよう心して言葉を使ってほしいと思います。もう一度言います。人間関係は相互作用、人を傷つければ、それはやがて自分を傷つける刃となってかえってきます。「和やかな笑顔がみえるような、思いやりのある言葉」を一人一人が心がけてください。

 最後に一つ、皆さんに紹介します。夏休み明けの放送による全校集会でお知らせした2年生有志による千羽鶴ですが、羽生市役所に飾っていただくことになりました。きっと地域の皆さんをも元気づけ、喜んでいただけるものと思います。 

 明日から後期、今年度の後半戦になります。240万分の1の確率で出会った私たちです。「和顔愛語」でお互いを大事にしながら、元気を分けて、元気をもらって、がんばりましょう。

 

夏季休業明け校長講話(8月25日)

 おはようございます。

 夏休みと同時に、長く続いた梅雨が明け、熱中症アラートが発表されるなど厳しい暑さの続いた24日間でした。感染症対策に加え、熱中症対策もしながらの夏休みとなりましたが、大きな事故等もなく、こうして皆さんと再会できたことを嬉しく思います。

 学校の中では、夏休み中も基礎学力向上補習に参加した生徒達の頑張りや部活動での頑張り、進路実現に向けた頑張りなど多くの皆さんの頑張りを見ることができ、私も元気をもらいました。また、今年は2年生の有志の皆さんが、コロナ鎮静の願いを込めて、千羽鶴をつくってくれました。思いを形にしようと根気強く行動してくれたこと、本当に嬉しく思います。できれば、多くの地域の方にご覧いただきたいと思っていますが、まずは、羽高生の皆さんにお見せしたいと、1階応接室前にかけてありますので、是非見に来てください。力が湧いてきます。一所懸命は何事であれ人を感動させること、羽高生の力というものを改めて思いました。 

 さて、前期締めくくりの時期が始まる今日は、「好きこそものの上手なれ」ということについて、話をします。

 今年は、皆さんと同じ高校生の各方面での頑張りと活躍が爽やかな風を運んでくれたように感じた夏でした。とりわけ高校生棋士 藤井聡太さん の二冠達成、八段昇段のニュースは一服の清涼剤のように爽やかで、明るい希望を運んでくれました。厳しい対局を驚くような手で制しながら、取材会見では、少しはにかむような表情で静かに語る姿から、純粋に将棋が好きなことが伝わってきて、私は、「好きこそものの上手なれ」という言葉を思い出したのでした。

 藤井聡太さんが広く知られるようになったのは、2016年に史上最年少14歳2ヶ月で四段に昇段、プロ入りを果たすと、そのまま29連勝という公式戦最多連勝記録を樹立した頃からでしょうか。高校に進学するのかどうかも注目されました。

 そんな彼が将棋に出会ったのは、5歳のときだそうです。祖父母によって将棋の手ほどきを受けた彼は、よほど将棋がおもしろかったのでしょう。その秋には祖父が相手では物足りなくなり、入会した地元の将棋教室で渡された500ページにも及ぶルールや定石が書かれた本を、読み書きもできないのに完全に理解・記憶してしまったといいます。

 小学校2年生でプロ棋士の谷川浩二さんに二枚落ちのハンディをもらって指導対局を受けた時には、谷川さんの勝ちが見えたので、谷川さんが引き分けの提案をしたところ、藤井さんが猛烈に泣き出して、師匠がどうなだめても将棋盤から離れなくなってしまい、お母さんが飛んできてやっと収まったというエピソードも語られています。後に藤井さんは、このときのことを「子ども心にまだ勝てるチャンスがあると思っていたのか、泣きだしてしまった。悔しいという気持ちをうまくコントロールできなかった。」と語っています。

 18歳1ヶ月で二冠となった才能ある彼ですが、私はむしろ5歳から一つの好きなことにこだわりをもって集中して続けていることに驚かされます。才能と努力と周囲の環境とが一致して開花したということはあるのでしょうが、好きなことをひたすら突き詰めて続けていくと、一つの財産になるということは誰にでもあるように思います。

 このコロナ禍に好きなことを見つけ、それを続けるには、工夫が必要な場合もあるかもしれません。それでも、私たちは二度とない「今」を生きています。できないことを嘆くよりも、まずは、授業であったり、部活であったり、自分が毎日取り組む目の前にあることに集中して、目標をもってトライしてみるのが「好き」を見つけるきっかけになるかもしれません。「好きこそものの上手なれ」個性になるまで一所懸命に磨いてください。

 最後に、今一度感染防止対策について協力をお願いします。具体的には、担当の先生から話がありますが、連日、全国的な感染拡大の状況が報道されており、日常生活を送る上で感染リスクをゼロにすることもできません。是非、自己管理能力を高め、引き続き感染防止対策徹底の協力をお願いします。

 それから、この後、生徒会長からも話がありますが、10月には勾玉祭が予定されています。例年どおりというわけにはいきませんが、生徒会役員と担当の先生方が知恵を絞ってくれました。今、かけがえのない高校時代を生きる皆さんのパワーを結集して、記憶に残る勾玉祭を創り上げてほしいと願っています。

 季節は「実りの秋」に向かいます。笑顔でがんばりましょう。

 

夏季休業前校長講話(7月31日)

 皆さん、こんにちは。

 3ヶ月にも及んだ臨時休業が明け、分散登校に始まった6月の学校再開から2ヶ月が過ぎ、明日から夏休みになります。

 学校再開にあたり、感染症拡大防止に向けて、私は皆さん一人一人の自覚と協力をお願いしました。そして、保健室の先生から検温やマスクの着用など具合的な御指導もいただきました。不自由な思いもしたでしょうが、こうして無事に夏休みを迎えることができるのは、生徒の皆さんが協力してくれたお陰です。ありがとう。

 そして、今日は皆さんと共に、先生方に対する感謝も伝えたいと思います。

 実は、先生方にとって、今年度が始まった4月からの4ヶ月間は、おそらく皆さんが想像する以上に大きな緊張を伴う長い日々でした。まず、何度も何度も様々な予定を組み直しました。それはまるで苦労して掘った穴を自分で埋めて、また掘るかのような作業でした。そして、本校は単位制の学校です。感染症の状況を慎重に見極めながら新入生の受講指導を終え、やっと今年度の授業が決まったわけですが、急ぎ教科書を注文し、5月に届いた教科書を、先生方が体育館で全校生徒一人一人の受講登録にあわせて仕分けした後、体育館と教室を1階から4階まで何度も何度も往復しながら皆さんの机の上にセットしました。その一方で皆さんが少しでも生活リズムを意識して学習を進めることができるようにと日誌や課題を作成し、そのほか様々な連絡資料と一緒に箱詰めして配送しました。Google Classroomを通じての動画配信やメッセージのやりとりなど、初めてのことにも試行錯誤しながら挑戦してくれました。

 6月になって分散登校から学校が再開しましたが、これまでどおりというわけにはいきません。クラス開きや生徒会行事も十分にできない中で、まずは皆さんの不安を取り除き、安心して登校してもらいたいと、アンケートを通じて休業中の様子を把握したり二者面談を行ったりしながら学校生活をスタートしました。6月の2週目から授業も始まりましたが、例年より遅れた学習を少しでも取り戻せるようにと、指導計画を立て直して準備をし、安全にも配慮して授業を担当しながら、昼間部の生徒の登校から下校まで、また、夜間部の生徒が全員登校するまで、先生方は交代で、昇降口における皆さんの健康観察にも取り組んでくれました。その苦労をわかってくれていたからでしょう。皆さんもよく応えてくれましたね。教室等の消毒作業は、皆さんが下校した後、1日2回、今も毎日行っています。緊張を伴う慣れない仕事が加わりましたが、誰一人愚痴をこぼすでもなく、生徒の皆さんに元気に学校生活を送ってほしい一心で、協力して安全を守ってくださった先生方に、皆さんと共に改めて感謝を伝えたいと思います。先生方、ありがとうございました。

 さあ、明日から夏休みです。とは言え、いつ誰が感染してもおかしくない状況の中で、感染症対策は続きます。猛暑もやってきそうです。自分自身の健康管理はもちろんのこと、「命」を守り、輝かせるために、想像力を駆使した行動をお願いします。

 最後に、題名に惹かれて読んだ、子どもの疑問や悩みに答える形で書かれた本、絵本作家 五味太郎 さんの『じょうぶな頭とかしこい体になるために』のあとがきから、印象に残った文章の一部を紹介して結びといたします。

 

 「自分でやるしかありません。あたりまえすぎる言い方ですが、自分で自分の気の毒を解決してゆくしかないのです。それは大人も子どもも同じです。自分で考え、自分で悩み、自分でしかり、自分をはげまし、そして自分を可愛いがってゆくしかないのです。そのために、けっこうきつい問題でもなんとかこなせる<じょうぶな頭>と、好きは好き、嫌いは嫌いとはっきりわかる<かしこい体>が必要なんだろうと思います。(中略)大人もしっかりしますから、子どももしっかりしてください。」

 

 この本が書かれてから30年後の今、私たちは誰も経験したことのない予測困難なコロナ禍の時代を生きていて、五味さんの言葉がそのままの輝きで、みんな踏ん張れよと背中を押してくれているように感じます。希望に向かって明るい方へ、一人一人が考え、行動し、共感する力と人に親切にする力を持ち寄って、人としてシンカする夏にしましょう。夏休み明けの8月25日、ひとまわり優しく、強くたくましくなった皆さんと会えるのを楽しみにしています。

 

 

学校再開(6月1日・2日)校長講話 ー感謝とお願いー

 皆さん、おはようございます。久しぶりの登校となりました。学校再開にあたり、私からは皆さんに感謝とお願いを伝えたいと思います。

 

 まず伝えたいのは感謝です。

 新型コロナウイルスの感染者が600万人を超える勢いで世界中に拡大し、日本においても全国緊急事態宣言が出される中で、延長に延長を重ね、長期にわたった臨時休業の間、校長として何よりも心配だったのは、皆さんの命、健康です。何はともあれ、本日、皆さんの無事が確認できたこと、元気に再会できたことが何よりの喜びです。皆さん、よく頑張りましたね。元気でいてくれてありがとう。

 

 さて、臨時休業の間、皆さんは何を思い、どんな毎日を送っていたのでしょうか。休みに入ったはじめの頃は、突然訪れた春の長期休みを嬉しく感じた人もいたでしょう。しかし、多くのお店も休業となり、地域の防災無線が外出自粛を呼びかける毎日が続く中で、自分や家族、友人など身近な人が感染するのではないかという不安、学校がいつ始まるのか、進路はどうなるのかなど先が見えない不安、もしかしたら、近い分だけ家族と衝突することがあった人もいるでしょうし、仕事やアルバイトにも影響があった人がいるのではないかと心配しています。また、体を動かすこともままならず、なかなか寝付けなかったり生活リズムを保つのが難しかったり、ストレスに悩まされた人は多かったのではないでしょうか。

 

 同時に、外出自粛の日々は、好むと好まざるとにかかわらず、自分が人や社会とつながっていることを改めて実感することにもなりました。医療従事者の皆さんをはじめ、介護職の方や我々に生活必需品を供給するために毎日お店を開けてくださったスーパーマーケットで働く方々、本校でも皆さんへの課題を届けていただきましたが、配送業の皆さんなど、多くの方の支えがあって私たちの生活は成り立っています。医療従事者への感謝を伝える拍手の輪が広がったり、手に入りにくくなったマスクを手作りして寄付をする中学生や高校生など、心があたたかくなるニュースもありました。私たち教職員にとっては、生徒の皆さんがどうしているかと心配しながら、普段どれだけ皆さんから元気をもらっていたかと改めて思う機会にもなりました。生徒の皆さんにとっては、どうだったでしょうか?

 

 一方で、マスクや除菌スプレーなどが手に入らなくなりました。それを商機ととらえ高額で転売する人が現れました。デマが流れ、トイレットペーパーやティッシュペーパーまで手に入りにくくなったこともありました。トラブルや悲しい事件も起こりました。

 非常事態においては、よい面、悪い面様々に人間の本性が現れます。皆さんには、是非よい面を発揮してくれることを期待します。

 

 次にお願いです。

 今日から学校を再開しますが、残念ながら、新型コロナウイルスは完全に終息したわけでも特効薬が開発されたわけでもありません。感染防止対策を徹底しながら、段階的に通常の学校生活、皆さんの可能性を引き出し、伸ばす教育活動が実施できるようにしていきたいと思います。

 

 学校を再開するにあたり、先生方で教室の机と椅子を1メートルの間隔が取れるように配置しなおしました。消毒作業も終えています。これからも毎日消毒を実施していきます。接触を避けるため階段や廊下には道路のように区域分けをしました。皆さんの登校時には健康確認できるよう体制も整えました。しかし、先生方の努力だけで感染が防止できるわけではありません。皆さん一人一人の自覚と協力が必要です。制約が多くなりますが、皆さんとともに「新しい日常」をつくっていきたいと思います。協力をお願いします。

 

 この後、感染防止に向けて皆さんに徹底してほしいことなどについて、保健室の先生からご指導いただきますが、その前に一つ、皆さんにお伝えしたいことがあります。学校再開を前に、市内の方から「生徒さんを守るために使ってほしい」と匿名で消毒用アルコール10リットルを寄付していただきました。また、近くのコンビニエンスストアの方にも昼食購入に関する格別の御協力をいただけることになりました。地域の方も皆さんを、学校を応援してくださっています。あたたかい応援に応えられるよう、こういうときこそ笑顔で皆で力を合わせて頑張りましょう。

 

 

羽高だより第126号(5月13日発行)ー「ひとりの時間」ー

   羽高生の皆さん、お元気ですか。

 新型コロナウイルス感染症拡大防止のため、学校も突然の臨時休業とせざるを得なくなってから早くも3ヶ月目に入りました。皆さんの「いい顔」を思い浮かべながら、無事を祈り、再会を心待ちにする毎日を過ごしています。朝、きちんと起きていますか。しっかり食べていますか。課題にも取り組んでいますか。今のところ心配な報告はなく、皆さんの頑張りと協力のお陰と感謝しています。ありがとう。

 この間、3月11日には卒業生37名が堂々とした立派な姿で本校を巣立っていきました。4月8日には清々しい新入生82名も迎え、本校生は237名となりました。また、教職員13名の方が転退職され、新たに14名の方をお迎えしました。異動された先生方からは、皆さんへのメッセージをお預かりしています。学校再開の折には、生徒玄関に掲示しますので楽しみにしていてください。

 さて、3つの密を避け、外出自粛の日々を迎えたことで、逆に私たちは、自分がいかに人や社会とつながり、支えられてきたかに気づかされることになりました。医療関係者の皆様の使命感あふれる奮闘には感謝と敬意を覚えます。「ひとりの時間」が増えたこの機会に、ぜひ皆さんにも社会や政治、経済などにも目を向けてほしいと思っています。「今の自分にできることは何か」「将来の自分はどういうことで人や社会を支えようとするのか」、正しい情報に基づいて、「考える」時間を増やしてくれることを期待します。

 学校再開の暁には、互いの健康と健闘を称えつつ、思索を深めて一回り大きく成長した皆さんに会えるものと楽しみにしています。

 

第50回入学式 -三つのシンカ-

 

    新入生の皆さん、入学おめでとうございます。 

 緊急事態宣言が出され、新型コロナウイルスの感染拡大が深刻化する中、皆さんは自らを律して受検を乗り越え、新たな一歩を踏み出しました。我々は、皆さんを心から歓迎いたします。同時に、皆さんを支えてくださった御家族をはじめとする関係者の皆様にも、心からのお祝いと敬意を表します。

 

 さて、本校は戦後間もない昭和23年に、関係者の教育に寄せる熱い思いによって設立され、今年で73年目を迎える伝統ある高校です。伝統とは、古いものをただ踏襲することではなく、新たな教育、学びへの挑戦を後押しする力になるものと考えます。

 

 新入生の皆さんにも、「友愛、自立、飛翔」を校訓とする本校の伝統を前に進む力として、新たな自分に出会うべく様々なチャレンジをしてほしいと思います。そこで、今日は、充実した高校生活を送るため、心にとめておいてほしい「三つのシンカ」について話をします。

 

 一つ目は、ダーウィンの「進化論」などにいう「進化」です。世界は、日々刻々と変化しています。幕末から明治の激動期に活躍した埼玉の偉人、渋沢栄一は、こんな言葉を残しました。「日々に新たにして、また日に新たなりは面白い。全て形式に流れると精神が乏しくなる。何でも日に新たの心掛けが肝要である」。高校生活においても同じ時は二度とありません。変化を恐れず、気持ちは常に新鮮に、前向きに、困難と思える時こそチャンスと捉え、しなやかに進化する気概をもって行動してください。

 

 二つ目は、「深める」の「深化」です。まずは、目の前のことに、素直に真剣に取り組んでみてください。時には、うまくいかないこともあるでしょう。しかし、「失敗」のまま投げ出さず、「どうしたらいいか」方法を考えて、またやってみる。試行錯誤を続けていくと、次第に自分の興味、関心の方向が見えてきます。そうしたら、それを徹底して深めてみる。やがて、それが皆さんの武器になります。個性になります。

 

 三つ目、「真の価値」の「真価」です。物事を冷静に見極め、人のためになる誠実な正しい選択ができるかどうか、そこに人としての真価、「学び」の真価が表れます。今、自分にできることは何か。人と社会を幸せにする選択と行動を期待します。

 

 結びに、本日入学された皆さんと学校生活を再開できるのは、残念ながら5月7日からの予定です。すべての活動は命あってこそのもの、今はがまんの時です。一人一人に自分の命、家族、友人の命、そして、社会を守る行動をお願いし、式辞といたします。

 

令和2年4月8日

                       埼玉県立羽生高等学校長 鈴木 久

 

第50回卒業証書授与式 式辞 - 前へ! -

 

春です。

卒業生の皆さん、卒業おめでとうございます。

 

予想だにしなかった新型コロナウイルスの影響により、学校は、臨時休業を余儀なくされました。皆さんの卒業を誰よりも喜び、門出を共に祝福するはずの保護者の皆様をはじめ、在校生の参加も叶わない卒業式をどうするのか。先生方皆で悩み、やり場のない怒りやつらい気持ちをのみ込んで、精一杯、卒業生の心に残る卒業式を挙行しようと決めました。

 

当たり前の日常が当たり前でないことに気づかされることが、人生には時々起こります。「令和元年東日本台風」と命名された台風十九号は、昨年十月のことでした。九年前の今日、多くの命が犠牲になり、今なお避難生活を送る方がいらっしゃる「東日本大震災」は、忘れることができません。

 

しかし、人間は、どんな困難の中にあっても希望を見出し、自分事として知恵を寄せ合い、前へと進む力をもっています。

 

六歳で始まった皆さんの学校生活は、決して順風満帆ではなかったかもしれません。高校に入学したときも、不安のほうが大きかった人がたくさんいるのではないでしょうか。それでも皆さんは、校訓の「友愛・自立・飛翔」を体現し、一歩ずつ前へと進んできました。そんな皆さんが誇るべき高校生活の宝は、たとえば、問題と格闘した軌跡を残す汚れたノートにあり、膝が薄くなったジャージにあります。なぜなら、それこそが皆さんの努力の結晶だから。そして、先生や友人、先輩、後輩たちとのやりとりの一つ一つの場面をとおして、皆さんは確かに成長し、素敵な大人になりました。

 

今、飛翔の時です。

 

これからの世界は、変化が激しく、予測不能な世界になるだろうと言われています。

しかし、恐れることはありません。私たち羽高の教職員は知っています。皆さんが、様々な葛藤を乗り越えて、自己と他者の個性を穏やかに受け容れ、協働、共生できる豊かな人間性と共感力を備えた人に成長したことを。そして、そういう人こそが、これからの時代に求められていることを。新しい価値を産み出す力になることを。

 

さあ、前へ!

感謝を忘れず、勇気と誇りをもって歩みを進めてください。皆さんの未来に幸あれと祈ります。卒業おめでとう。

 

 

令和二年三月十一日

              埼玉県立羽生高等学校長 鈴木 久代  

 

冬季休業明け全校集会校長講話 ー目標をもってトライ!ー

 明けましておめでとうございます。

 皆さんは、今年一年をどんな年にするか、目標を立てたでしょうか。年の初めの全校集会にあたり、目標を立てることについて話をしたいと思います。

 年末に教育相談部の先生から、今年の目標・楽しみにしていることを教育相談だよりに掲載したいので教えてくださいと言われ、私はささやかな2つのことをあげました。一つはバラをきれいに咲かせること、もう一つは筋力アップです。

 我が家は堀に囲まれた角地にあるのですが、堀と土地との境には、緑色のフェンスが張り巡らされており、味気ないなあと思っていました。あるとき、もう20年以上前になりますが、教え子の縁で参加したガーデニングフェスタでつるバラの一種である真っ白な一重の花と緑の葉のコントラストが美しいナニワバラの苗をみつけ、フェンスのそばに植えました。

 毎年少しずつフェンスに沿うように手入れをしながら大きく育て、今では毎年ゴールデンウィークの頃になるとフェンス一面に真っ白な花が覆うようになりました。近所の方も楽しみにしてくださっていて、私が草取りや花柄摘みをしていると知らない方まで「きれいですね」とか「何という花ですか」などと声をかけてくださいます。ありがたいことです。

 ところが、昨年、花が咲いた後、古い枝がいよいよ枯れて茶色の葉っぱが目立つようになったのです。フェンスに絡めてあることもあり、とげのあるバラの枝切りはなかなか大変で、夏から秋にかけて、時間があれば、のこぎりとはさみを使って格闘し、やっとの思いで古い枝を整理しました。どうなることかと心配しましたが、幸い若い枝が出てきたので、再度フェンス仕立てにして、肥料をやり、今またやっと新芽ができはじめています。 世代交代の時期を迎えたのだと思い、大げさかもしれませんが、「命をつなぐ」使命感のようなものに駆られ、今年も近所の方にも楽しんでいただけるように、きれいに咲かせることを目標に頑張っています。

 もう一つの目標の筋力アップは、健康のためですが、教育相談室だよりに書いたからには、生徒の皆さんに嘘はつけないと、この冬休みにはスクワットや腹筋などの筋トレと合わせて5キロ前後の散歩も始めました。今年の翔羽祭では、昨年以上にしっかり走れるよう引き続き頑張りたいと思います。

 私事が長くなりましたが、私は、目標を立てることは、考える力を育て、行動を変える力になると考えています。

 皆さんも、競泳の瀬戸大也選手のことは知っていると思います。埼玉県毛呂山町出身で、昨年7月の世界選手権では200メートル、400メートル個人メドレーを制し、今年開催される東京オリンピックでも活躍が期待されています。

スポーツ選手ですから目標を立てるのは当然と言えば当然ですが、小学5年生から彼を指導してきたコーチによれば、彼は子どものときから「自分で考える」才能をもっていたと言います。レース後、感想や気づいた課題について聞いても口ごもる選手が多い中、瀬戸選手は「一生懸命何かを伝えようと頭をひねっていた」と言います。ベストタイムを出しても慢心することなく、すぐに次の目標を設定し、「まだこれくらいは出せそうです」と真剣な目で言う。そして目標を達成するための方法を考え、実践することを繰り返し、時には挫折を経験し、それでも諦めず目標を更新しながらここまでやってきたそうです。目標をもつことは、その実現に向けてどうしたらいいのか考える力を育てます。考えるから行動が変わります。

 昨年の4月以来、今年度の合い言葉として「トライ」と皆さんに言い続けてきました。今年度も残すところ3ヶ月、締めくくりの時期を迎え、一つ上のステージに上りましょう。「目標をもってトライ!」一人一人が自分の足元をしっかり見つめこの一年の具体的な目標を立てましょう。実現するための方法やスケジュールを考えましょう。そして、行動に移しましょう。

 皆さんの新たなトライに期待します。私も頑張ります。

 

冬季休業前全校集会校長講話ー「これからが、これまでを決める」ー

 こんにちは。

 早いもので今年も残すところ一週間あまりとなり、新聞各紙にも読者が選ぶ日本10大ニュースが相次いで掲載されました。令和への改元、ラグビーW杯日本大会開幕と日本チームの活躍、京アニ事件、消費税率10%のスタート、台風19号による東日本の大雨被害などがあげられていましたが、振り返ればいいこと、悪いこと、今年も様々な出来事がありました。

 皆さん一人一人にはどんな一年だったでしょうか。頑張りが実って成功したこと、成長が実感できたことなどよかったと思えることもあったでしょうし、逆に失敗やうまくいかなかったこともあったでしょう。もしかしたら、今も自分が望まない状況に苦しんでいる人がいるかもしれません。

 令和元年の締めくくりの時を迎えた今日は、「これからが、これまでを決める」という言葉を紹介したいと思います。これは、親鸞の教えを学んだ藤代聰麿(ふじしろ としまろ)氏の言葉です。

 さて、今年の秋は県内多くの高校で周年行事が行われ、私もいくつかの学校の記念式典に参列する機会がありました。各校それぞれにその学校らしい独自性のある式典、続くアトラクションと素晴らしい時間を共有する機会をいただいたわけですが、ある定時制高校で行われた卒業生によるパネルディスカッションの中で一人の卒業生が語った話には、特に深い感銘を受けました。そして、「これからが、これまでを決める」という言葉を思い出したのです。

 パネラーとして登壇した同窓生の紹介によれば、その方は間もなく30歳、ある企業の第一線で活躍し、多くの著名人とも交流されているとのことです。高校は夜間部に在籍していたそうですが、当時の夜間部は、パネラーの言葉を借りれば、いわゆるヤンキーが多く、保護者の考え方から小学校にも中学校にも通わせてもらえなかった人もいたそうで、様々なバックボーンをもつ人たちの個性がひしめきあっていたとのことです。

 その方も例外ではありません。幼い頃から父親の母親に対するDVに悩んでいたと語ってくれました。自分は何で生まれてきたのかと自分の存在価値を認めることができず、オーバードーズ、薬の過剰摂取ですね。そういうことをしてしまうほど自分の命を大事にすることができなかったと言います。しかし、教養を身につけたいと高校に入学し学ぶ中で友人と出会い、教師と出会い、未来を考えられるようになったとき、生きて今ある命への感謝とともに、なぜかDVの記憶しかないような父親に対する感謝の気持ちが湧いてきたそうです。

 それから彼は変わりました。感謝がベースになっていますから自分を含めて、人と、そこで結ばれる縁というものを大事にするようになり、挨拶は必ず自分から、様々な出来事の意味を考え、どうしたらそれを活かすことができるか、プラスに転じることができるか考えるようになったと言います。そんな方が、社会人になった今、多くの方に愛され活躍しているのは合点がいくことでしょう。

 「これからが、これまでを決める」これからの生き方が過去の出来事の意味を決める。変えることも、消すこともできない過去のつらい現実も、これからの生き方次第でその意味は大きく変えることができるのです。大切なのは、これからどう生きていこうとするのかです。

 年の終わりに、心静かに過去を見つめ直してみてください。もし今も過去のつらい記憶に苦しんでいる人がいるならば、その呪縛から解き放つことができるのは今のあなた自身しかありません。決意をもって未来に続く明るい方へ新たな一歩を踏み出すことを願っています。いい年を迎えましょう。

 

翔羽祭あいさつ ー最高のチームパフォーマンスをー

 おはようございます。

 皆さん、空を見上げてみてください。今日は朝から秋晴れ、素晴らしいスポーツ日和となりました。

 さて、翔羽祭は、その目的に合わせて、チーム競技とロードレースからなっています。今日はこれまでの体育の授業と高校生活をとおして培ってきたものを十分発揮する一日にしてもらいたいと思います。

 ロードレースは、自分との闘いです。長い距離を走る間は、自分と対話することになるでしょう。自分の心と体の声に耳を傾けながら最後まで負けずに頑張ってください。

 そして、チーム競技です。「チーム」と同じように「集団」を表す言葉に「グループ」がありますが、スポーツにおいてグループ競技とは言いません。チームとグループはどう違うのか、皆さんは考えたことがあるでしょうか?

 ある辞書によれば、「グループ」は人々の集まり、「チーム」は共同で仕事をする人々の集まりと書かれています。違いがわかりますか?よく言われるのは、「グループ」は足し算、「チーム」はかけ算ということです。人が集まれば、「グループ」を作ることは比較的容易にできます。しかし、そのままでは「チーム」にはなりません。

 人にはそれぞれの個性があります。ある目的のために集まった多様な人材が、互いの長所を活かし合い、不足を補い合う働きをすることによって相乗効果を生み出すことができて初めて、集団はチームになります。そのために必要なのは、十分なコミュニケーションです。今日は、皆さん一人一人がチームの一員として、自分がチームのために何ができるか考え、積極的にコミュニケーションをとって最高のチームパフォーマンスを発揮してくれることを期待します。

 青空を突き抜けるくらい若いエネルギーを躍動させ、思い切りとびはねて、最高の一日にしましょう。

第51回勾玉祭ー〝和〞を結集し、創造性豊かな文化祭をー

「集ま〝令〞!!友情の〝和〞(輪)!!勾玉祭」をテーマとして、第51回勾玉祭(文化祭)が開催されます。学校文化、伝統というものは、生徒から生徒に引き継がれるようになって初めて本物になるといいますが、「令和」の文字を取り入れたテーマを冠した文化祭をとおして、羽高生が発信しようとするもの、引き継ごうとするものは何でしょうか。

 日本最古の歌集である『万葉集』梅花の歌三十二首の序文を典拠とする「令和」という新元号は、「人々が美しく心を寄せあうなかで文化が生まれ育つ」という意味があり、「一人一人が明日への希望とともに、それぞれの花を大きく咲かせることができるように」という願いを込めて、決定されたということです。

 生徒会を中心に、夏休み前から準備を進めてきた勾玉祭です。新時代の幕開けにふさわしく〝和〞を結集し、創造性豊かな文化祭になることを期待します。そして、願わくは、『万葉集』で「梅を愛でながら旅人が宴を楽しんだ」ように、ご来場いただいた皆様にも、羽高生が心を寄せあい、創造する勾玉祭を楽しんでいただけますように。そして、〝和〞(輪)が広がりますように。

避難訓練校長講話

 皆さん、こんにちは。

 はじめに、本日の避難訓練でご指導いただく5名の方を紹介します。羽生市消防本部羽生市消防署の署員の皆様におかれましては、お忙しい中、本校生徒のためにお時間を割いていただき、ありがとうございます。この後、ご講評もいただきます。どうぞよろしくお願いいたします。

 

 本日は、地震発生を想定しての避難訓練を行いました。小学生の頃から学んだ「お・か・し・も」を守って、しっかり行動できたでしょうか。この後、代表生徒には起震車体験をしてもらいます。体験したことを周囲の人にしっかり伝えてください。

 

 今から8年前、2011311日に発生した東日本大震災は未曾有の被害をもたらしました。その頃からでしょうか、「天災は忘れた頃にやってくる」と言われたことは、はるか昔の感があります。今週末も台風19号が警戒されるところですが、先月発生した台風15号による千葉県の被害は現在進行形で避難生活を送っていらっしゃる方がいます。8月の終わりには九州北部豪雨もありました。昨年の西日本豪雨や北海道胆振東部地震も記憶に新しいところです。 災害により亡くなられた方の御冥福を祈るとともに、被災地の一日も早い復旧、復興を祈りたいと思います。

 

 さて、災害が発生したとき、適切な避難行動をとることができたかどうかが生死を分けると言われています。避難行動をとる間もなく、命を落とされた方もいますが、人間は予期しない危険が迫ってくると、心が過剰に反応して疲弊しないために、「自分は大丈夫だろう」と考えるような「正常性バイアス」が働くといわれています。バイアスというのは偏見という意味です。災害で亡くなられた方の中には正常性バイアスが働いた結果、適切な避難行動をとることができなかった方も少なくないのではないかと思います。

どんな災害でも重要なのは、適切な避難行動をとれるかどうかということです。自分の命を守る行動、先生達には生徒の命と自分の命を守る行動が適切にできるかどうかが生死を分けます。学校で行う避難訓練はそのための訓練です。いつ災害が起きても危険をしっかり察知し、冷静な行動ができるように意識して、今日の避難訓練を生かしてもらいたいと思います。

前期終業式校長講話「人生の題名」

 皆さん、こんにちは。

 早くも今年度の折り返し地点を迎えました。折しもラグビーワールドカップの最中ですが、土曜日のアイルランド戦は観ましたか。特に後半戦の集中が素晴らしかったですね。日曜日の新聞に、ジョセフ・ヘッドコーチが試合当日の朝、選手たちにかけた言葉が紹介されていました。「誰も勝てるとは信じていない。でも俺たちがやってきたことは誰も知らない。自分たちを信じて戦おう。」過酷ともいえる練習にどれだけ取り組んできたのだろうと思わされました。また、自分でやったことからしか力も自信も生まれないことを改めて思いました。

 ラグビーを意識したわけではありませんが、4月の始業式と入学式で、私は皆さんに「TRY!」を呼びかけました。皆さんの「TRY」は何でしたか。この半年間を振り返って、どんな感想をもっているでしょうか。思い切ってトライしてみたことで新しい自分を発見できた人、トライしてみたけれどまだなかなかいい結果につながっていない人、様々かと思いますが、私には、この半年間で皆さんに感動を覚える場面がいくつもありました。前期の締めくくりに「ありがとう」を伝えたいと思います。

 

 出会いの4月、笑顔で、あるいは恥ずかしそうに挨拶をしてくれた皆さんに。自分の国の挨拶を教えてくれたあなたに。

 5月、それは夜間部の生徒が登校してくるのを昇降口で迎えていた時たまたま見かけたことです。今にも死にかけている玉虫をみつけ踏まれないよう手に包み、木の根元にそっと移してくれていたあなたに。

 6月、本校生が失敗して近隣の方にご迷惑をおかけした時のこと、謝罪に伺った私に、その方は、「自分が何かしたわけではないのに『羽生高校の生徒がご迷惑をおかけしてすみません』と謝ってくれた生徒さんもいるんですよ。」と伝えてくださいました。誰かはわからないけれど、きっとこの中にいるあなたに。

 7月、学校評価懇話会に生徒代表として参加した生徒会の皆さんが、談話室の使い方について意見を述べ、「生徒会としてもできることを考えます。」と頼もしい発言をしてくれたことに。その後、対策は進んでいますか。

 8月、部活動の全国大会に出場した皆さんの健闘ぶりには震えました。

 9月、生徒生活体験発表会で、自分が見つけた羽生高校で学ぶ意味を発表してくれたあなたに。感性豊かに心の中を見つめ、羽生高校で自分の世界を広げているあなたに。また、行田で行われたミュージックデイズでバンド演奏を披露してくれたメンバーたちに。際立つ個性が化学反応を起こしているようで本当に楽しかった。そして、授業で皆さんが学び合いをしている様子に。協調学習の研究授業を見て、羽高生はまだまだやれる。そう感じています。

 

 さて、明日から後期を迎えるにあたって、少し話をします。

 夏の終わりに電車に乗ったときのことです。塾の広告かと思いますが、中学校の入試問題が掲載されていて考えさせられました。小川洋子さんの短編集『海』の中から、文章が引用され、文言は少し違うかもしれませんが、こんな問題がありました。

「あなたの今までの人生に題名をつけるとしたら、何とつけますか。また、その理由を30字から40字で述べなさい」

 皆さんならどんな題名をつけますか。結構難しいのではないでしょうか。私のように長く生きていると、それぞれのライフステージに小見出しをつけていかないとならないくらいの変化がありますから、これはかなりの難問で、どうやらこの中学校には合格できそうにないなと苦笑いもしたわけですが、面白い問題だと思いました。正解があるわけではなく、今、盛んに言われているところの「思考力・判断力・表現力」を問う問題だったからです。この問題に取り組む小学生の多くは、自分が頑張ってきたことや将来の夢を思いながら、題名をつけ、なぜその題名なのか、採点者を納得させられるように理由を述べるのでしょう。

 それから、人生に題名をつけるという発想も面白いと思い短編集も読んでみました。考えてみれば人生は一続きの物語です。過去は今につながり、今をどう生きるかが未来をつくる。過去を振り返ることは、今をみつめ未来を考えることにもなります。そして人生にたった一つの正解というものはありません。

 今、皆さんは、社会のここを生きていて、高校生という可能性に満ちたステージに立っています。これからの自分の物語をどのように綴っていくのか、それは皆さん一人一人の壮大な夢のある仕事です。

 

 明日から後期、今年度の後半戦です。

 是非、なりたい自分に向かって題名をつけるつもりで、テーマを持って今目の前にあることに集中して取り組んでみてください。まずは20日後に迫った文化祭がありますね。今年のテーマは「集ま〝令〞!!友情の〝和〞(輪)!!勾玉祭」に決定したということですが、一人一人がテーマの実現を目指して、文化祭に積極的に参加することを期待します。後期も引き続き合言葉は「TRY!」、がんばりましょう。

夏季休業明け全校集会校長講話 「トイレの神様」


 おはようございます。

44日間の夏休みが終わり、今日からまた学校生活が始まります。大きな事故等もなく、こうして皆さんと再会できたことを嬉しく思います。

先ほど全国大会で活躍した生徒からの報告、表彰がありましたが、そのほかにも部活動での頑張りや生徒会の皆さんの勾玉祭に向けた集中準備、基礎学力向上補習に取り組んだ人、学校説明会や夏季公開講座で手伝いをしてくれた人、進路実現に向けた会社訪問やオープンキャンパスへの参加、就労体験、アルバイトの頑張りなど、多くの皆さんの頑張りを聞いています。夏休み前の全校集会で話した「()真剣」な夏をそれぞれに過ごしてくれたことを嬉しく思います。

 

さて、今日は「トイレの神様」について、話をします。皆さんにも協力をお願いした東側トイレの改修工事が終わりました。一階男子トイレの入口扉について、もう少し不便をかけますが、間もなく完了となります。どうですか?今日、登校してから行ってみましたか?本当にきれいに生まれ変わりました。ピカピカで気持ちがいいですね。使うのがもったいないくらいです。その気持ちとともに、私は『トイレの神様』という歌を思い出しました。皆さんも聴いたことがあるのではないでしょうか?

 

今から9年前の2010年、植村花菜さんというシンガーソングライターによる楽曲です。952秒にも及ぶ長い歌でしたが、FM局で流れると一気に評判となり、その年のレコード大賞優秀作品賞や作詞賞も受賞、絵本やドラマにもなりました。植村さんの実体験から生まれた曲だそうで、あたたかい家庭に恵まれず小3の頃から自分を育ててくれたおばあちゃんの思い出やおばあちゃんの死が歌われています。その中に、トイレ掃除が苦手な幼い頃の植村さんにおばあちゃんが教えてくれたことが繰り返し歌われる歌詞になりました。

「トイレには、それはそれはキレイな女神様がいるんやで。だから毎日キレイにしたら、女神様みたいにべっぴんさんになれるんやで」 

おばあちゃんの言葉によって、小さかった植村さんは、べっぴんさんになるため、夢だった気立てのいいお嫁さんになるため一生懸命掃除をするようになったと歌います。

 

おばあちゃんの言葉には、日本古来の「八百万の神」の考え方が反映されているようです。「八百万」とは「数えきれないくらいたくさん」の意味で『古事記』や『日本書紀』にも記載されています。もともと、四季の移りかわりに敏感に反応しながら生活してきた日本民族は、農耕民族として太陽や雨などをはじめ、自然の恵みが何よりも大切なものでした。自然界に起こる様々な現象、天変地異、それを神様の仕業として畏れ、敬ったことに信仰の始まりがあります。川や海、森、土地はもちろん、家の中にもたくさんの神様がいて守ってくれていると信じて、台所には「火の神様」や「水の神様」、トイレ(昔は便所、憚り、厠、そのほか汚れた場所の意味から御不浄とも言われていました)にはトイレの神様がいて、おばあちゃんの言う、トイレの汚れを清めてくれる美人の女神は、一説によれば波邇夜須比売(はにやすびめ)と弥都波能売(みづはのめ)を指していると言われています。こうした「八百万の神」の考え方には、自然や場所、物を大切にしてきた人々の感謝の気持ちが込められているように思います。

 

トイレ掃除によって会社を立て直したイローハットの創業者、鍵山秀三郎(かぎやまひでさぶろう)さんが書いた『掃除道』という本もベストセラーになりました。彼が素手でトイレ掃除をする意味は、人の心の荒みを何としてでも減らしたいからとのこと。人の心を落ち着かせ、穏やかにするには掃除をしてきれいにすることが最も効果的であると掃除に取り組む意味が書かれています。

 

古い便器を取り外すところから始まった工事ですが、工事に携わった多くの方々のお陰で、今日から美人の女神様がいるといわれる新しいトイレを使うことができます。どうか感謝の気持ちを忘れず、大切に使い、掃除をし、皆さんが心穏やかに、「いい顔」で、それぞれに「実りの秋」を迎えてくれることを期待します。がんばりましょう。

 

全校集会校長講話 「ど真剣な夏を」


今年度が始まって約4ヶ月が経ち、明日から夏休みになります。休みを迎えるにあたって、少し話をします。

 まず1年生、自分でリズムを作って学ぶ羽高スタイルには慣れましたか。2年生は先輩になりました。後輩に見せる背筋はピンと伸びていますか。3年生は修学旅行がありました。これまでの高校生活で学んだことを生かして、よい旅になったと聞いています。これからは、多くの人が4年生とともに高校生活の締めくくりの時期を迎えます。一人一人の進路希望実現に向けて、この夏休みは重要なときです。頑張りましょう。

 

 さて、4月の始業式と入学式で、私が全校生徒に共通して呼びかけたことがあります。覚えているでしょうか。それは、「TRY、やってみよう!」ということでした。皆さんの「TRY」は何でしたか。そして、それは続いていますか。

 

 今日は、稲盛和夫さんという方を紹介します。稲盛さんは1932年に鹿児島で生まれ、現在の京セラとKDDIを創業した方で、2010年には、経営破綻した日本航空の立て直しを頼まれ会長に就任、代表取締役会長を経て名誉会長、名誉顧問にもなった方です。また、ボランティアとして国内外に全104塾(国内56塾、海外48塾)、14,000人を超える経営者が集まる経営塾「盛和塾」の塾長として、人生哲学や経営哲学を伝え後進の育成も行っています。著書もたくさんあります。こうした肩書きだけ聞くと、はじめから自分とは遠い特別な人のように思う人がいるかもしれませんが、この方の青少年時代は決して順風満帆なものではありませんでした。むしろ挫折の連続であったようです。

 12歳で中学受験に失敗します。その後、結核の初期症状である肺浸潤にかかり病の床に伏すことになり、戦争の空襲で家も焼けてしまいます。さらに、大学受験も失敗し、不況の中で就職もうまくいかない。紹介でやっと入った会社は赤字続き。もう逃げ場もない不遇な状況に追い込まれてから彼は腹をくくります。周囲のせいにしているうちは何も始まらないと。それから彼は一切の不平不満を捨て、目の前の仕事に「()真剣に」取り組んだそうです。彼の新たな「TRY」です。そこから彼の人生は好転します。後に彼は述べています。「与えられた仕事に必死に打ち込むことで、弱い心を鍛え人間性を養い幸福をつかむことができる」と。そして、「人生には方程式がある」として「人生・仕事の結果=考え方×熱意×能力」であると言います。かけ算ですからどれか一つが「0」ならば結果も出せません。「能力」がたとえまだ小さくても「考え方」が人として正しく、「熱意」をもって目の前のことに取り組んでいけば、大きな結果が得られることになります。人生はそうして拓けてゆくのだと教えられます。

 

 高校生の仕事の第一は学習です。高校時代は勉学をとおして自分自身を鍛え世界を広げる時期であり、他者との関わりの中で生き方や在り方を考える時期であり、人生を選び取る時期です。こうした時期にあって自由が増える夏休み44日間をどう過ごすかは、皆さん一人一人の「考え方」と「熱意」にかかっています。是非目標を定め、「()真剣に」TRYしてみてください。一回り大きく成長した皆さんと9月に会えるのを楽しみにしています。

「いい顔」ー羽高だより第122号(5月14日発行)ー

新年度を迎えてから早一ヶ月、令和の時代が幕を開けました。

校内を歩いていると、皆さんの「いい顔」に出会い嬉しくなります。授業中、先生の説明を「目で聴く」顔、これは、自分の頭で考えて理解しようとしている顔です。先生の問いかけにいい反応を見せる顔、そうそう、授業は教師と生徒が一緒に創り上げるものです。ペアワークで相手の瞳を覗き込む顔は、他者の考えに耳を傾け、自分の考えも深めながら合意形成に向かおうとしています。部活動も然り。黙々と走り込み額に汗の光る顔、ボールやシャトルを追う真剣な眼差し、相手への礼節が伝わる謙虚な姿、仲間と歌声を合わせる楽しさ、楽器演奏へのチャレンジ、文化祭に向けての創作等々……。そして、登下校時をはじめ挨拶をしてくれる顔、顔、顔。

 アメリカ合衆国第16代大統領であるリンカーンは、「40歳を過ぎたら自分の顔に責任を持て」と言いました。これは、「人間は生きざまが顔、顔つきに現れる」ということを伝えたものです。皆さんが社会の中心となる40歳になった時、今より深みの増した「いい顔」で世界に貢献していてくれることを願っています。

 さあ、5月です。爽やかな風を胸いっぱいに吸い込んで、一日一日を大切に、今日も「いい顔」で過ごしましょう。


平成31年度始業式「『思い』は『形』に」

「『思い』は『形』に」
平成31年度 始業式(平成31年4月8日)

 

 おはようございます。

 新年度を迎えました。先ほど新転任の先生方をご紹介しましたが、今日の午後には第49回入学生を迎えることになります。学校の一年の始まりです。

 時間の流れを止めることはできませんが、人間は、このように節目を設定することで自分を振り返って区切りをつけたり、向かうべき目標を新たに設定したりして、それを道標に長い人生を歩んでゆきます。人間が生きる知恵の一つだろうと思います。皆さんも今、漠然としたものであったとしても、一人一人心の中に秘めた思いがあることでしょう。

 

 今年度のスタートに当たり、新入生を含めた「チーム羽生」の皆さんに、意識してほしいキーワードを伝えます。それは「トライ(TRY)!」「やってみよう」ということです。やってみなければ、それが自分に合っているのかを知ることもできません。自分でやってみなければ、自分を成長させることもできません。自信も生まれません。

 私自身も含め、人は弱い。どうしても、安易な選択、自分の苦しみや不安のない方向、そのときの楽しさなど、今の自分の感情を優先した選択をしたくなります。しかし、今日は始まりの日です。弱さを知った上で、少しでもなりたい自分、夢の実現に向けて、目標を立て、「トライ」を始める日にしましょう。たとえば、毎日学校に登校するために11時には必ず寝ようとか、自分でお弁当をつくろうとか、授業の前に教科書を必ず読んで攻めの姿勢で授業に臨もうとか、読書をしようとか、挨拶は必ず自分からしようとか、11回「ありがとう」を言おうとか、小さな目標からのトライでいいのです。時には「失敗」するかもしれません。しかし、失敗を失敗のままにせず、「どうしたらよいか」方法を考えてまたやってみる。楽しいと思えなくてもその状況を「面白がって」やってみる。池に小石を投げると波紋が広がるように、やってみると何かしらの反応が返ってきます。その反応を見て、考え、判断しながら「トライ」を続け、よかったことを積み重ねていった先には、「未見の我」、今の自分には想像もつかない自分に会えるでしょう。

 

 皆さんは、宮沢章二という方を知っていますか?地元羽生市出身の詩人・作詞家で、クリスマスソング「ジングルベル」の訳詞をした方です。教師として学校に勤務された経験から300を超える学校の校歌の作詞もされています。本校の校歌の作詞者でもあります。東日本大震災のあと毎日テレビから流れていたACジャパンのCMがありました。皆さんは当時小学生だったかと思いますが、聞き覚えのある人がいるかもしれません。「『心』は誰にも見えないけれど、「こころづかい」は見える。『思い』は見えないけれど、『思いやり』は誰にでも見える。その気持ちをカタチに。」……いかがでしょうか?これは、宮沢さんの『行為の意味』という詩の一節からつくられたものです。

 思うだけ、望むだけでかなう夢はありません。「思い」は「形」に、「行動」にすることが大切です。未来を恐れず、過去の自分にとらわれず、皆さんの思い切った「トライ」に期待します。頑張りましょう。

第49回入学式式辞 「トライ(TRY)!」

「トライ(TRY)!」
第49回入学式式辞(平成31年4月8日)

今日の日を待っていたかのように桜が咲き誇る春のこの佳き日に、PTA会長様、後援会会長様をはじめとする御来賓の皆様、保護者の皆様に御臨席を賜り、平成31年度 埼玉県立羽生高等学校 第49回入学式を挙行できますことは、この上ない喜びであり、心から感謝を申し上げます。

 ただいま68名に対しまして、入学を許可いたしました。新入生の皆さん、入学おめでとう。今の気持ちはいかがでしょうか。皆さんは本人の努力はもちろん、御家族をはじめとする関係者に支えられ、受検を乗り越え、新たな一歩を踏み出しました。我々は皆さんを心から歓迎いたします。

さて、本校は終戦間もない混乱期の昭和23年に設立され、今年で72年目を迎える伝統校です。この70余年の間、時代の変化に柔軟に対応しながら変わらぬ本校の伝統とは何か。それは、関係者の教育に寄せる熱い思いであり、生徒の学びに向かう意欲、力であります。脈々と受け継がれる伝統があるからこそ、本校は変化を恐れず常にしなやかに、教育、学びへのチャレンジを重ねてまいりました。

新入生の皆さん、今日からは皆さんが主役です。そこで、羽生高校で充実した生活を送るためのキーワードを伝えたいと思います。それは、「トライ(TRY)!」。やってみなければ、それが自分に合っているのかを知ることもできません。自分でやってみなければ、自分を成長させることもできません。自信も生まれません。本校の校訓は「友愛 自立 飛翔」です。「飛翔」の時に向かって結果を恐れずやってみる。「面白がって」やってみる。時には失敗もするでしょう。それでも失敗のまま投げ出さず、「どうしたらいいか」方法を考えて、また「やってみる」。受検という壁を乗り越え新たな一歩を踏み出した皆さんならできるはずです。本校の「単位制」という生徒一人一人の希望やリズムに合わせた教育システムを生かし、存分にトライしてみてください。トライを続けた先には、きっと今は想像もつかない自分に出会えることでしょう。皆さんのトライに期待します。

保護者の皆様、改めまして、お子様の本校への入学、誠におめでとうございます。

新元号も発表され、間もなく新たな令和の時代の幕開けです。現在、AIをはじめとする技術革新やグローバル化が加速度的に進み、「第4次産業革命」とも言われ、「ソサイエティ5.0」が提唱されております。そうした中で迎える「人生100年時代」を不安視する声もありますが、既に経済産業省からは「人生100年時代の社会人基礎力」として、三つの力の重要性が指摘されております。それは、「考え抜く力」「チームで働く力」「前に踏み出す力」の三つです。お子さんたちは今、「前に踏み出す力」を発揮しました。これから本校で「考え抜く力」や「チームで働く力」の基礎力を育成してまいります。そして、さらに前に踏み出し、スパイラルアップするサイクルを身につけさせたいと考えます。このサイクルを回す原動力になるのは、生徒自身が行動する中から生まれる「自分はなかなかやれている」「I’m ok!」という「自己肯定感」です。

保護者の皆様には、本校の教育方針を御理解いただき、お子様が「自己肯定感」を育み、様々な「トライ」ができるよう御支援をお願いいたします。

結びに、本日入学された皆さんが高校生活をとおして、「友愛」を育み、切磋琢磨する中で輝きだすそれぞれの個性をみつけ、「自立」に向かう葛藤を乗り越えて優しさを身につけ、社会の宝となって卒業の春に「飛翔」することを祈念いたしまして、式辞といたします。

「『学び』は 人と ともに」 第49回卒業証書授与式校長式辞

 「『学び』は人とともに」

第49回卒業証書授与式 校長式辞

 

 桜の花芽が光に実り、目覚めの時を待っています。頬を撫でる風が、間近に迫った開花を感じさせるこの佳き日に、多数の御来賓並びに保護者の方々に御臨席いただき、埼玉県立羽生高等学校、第49回卒業証書授与式を挙行できますことは、この上ない喜びであり、心から御礼を申し上げます。

 ただ今、卒業証書を授与しました皆さん、御卒業おめでとうございます。心よりお祝い申し上げます。

心を過る想い出は、期待と不安が交錯する中で迎えた入学式でしょうか。それとも、クラスの力を結集させた文化祭でしょうか。夜間部の花飾りのモザイク壁画は、今年も文化祭の最高の演出でした。新しくなった体育祭で、仲間を応援し健闘をたたえ合っている姿は今も心に残っています。遠足や修学旅行、定期試験や部活動も大切な想い出でしょう。

 今日、皆さんは高校という学舎を飛び立っていきます。しかし、皆さんの「学び」は終わるわけではありません。

 「なぜ学ぶのか」、「何のために学ぶのか」という問いかけは、普遍のものですが答は一つではありません。

 昨年の8月、羽生高校学友会会長 河田 羽生市長とともに福島県で開催された定時制通信制教育振興会全国大会に参加し、二人とも強く心を揺さぶられる経験をしました。それは、福島大学の前川直哉氏による「震災から復興へ 学びによる挑戦の歩み」という講演によるものです。

 前川氏は、兵庫県にある私立 灘高校3年生の時に阪神・淡路大震災で被災しました。大学入試センター試験2日後のことです。

 灘高校は大震災の中心地にあり、あの600mにわたり倒壊した阪神高速道路は、校舎の僅か1km南、前川氏の通学路だったそうです。

 生活の基盤も失われ、受験自体を躊躇う中、やっと電話が復旧し、担任の先生から安否を確認する電話が入ります。担任の先生の言葉とそれを聞いた前川氏の感慨には胸が熱くなります。

 調査書を渡す日程等、事務的なやり取りの後、担任の先生は「こういう時こそ勉強するんやで」と氏に伝えたそうです。

 「こんな時に何を言ってるんだ、この人は」と半ばあきれているところ、続く担任の先生の言葉は、前川氏にその後の人生を変えるほどの衝撃を与えます。

「ものは潰れた。街は壊れた。けれど、君たちが学んだことは、どんな災害があっても壊れない。だから今こそ学ぶんだ。それがこの街の復興に繋がる。」

 電話を切っても暫く動けなかった氏は、その場で「教育っていいなあ」と声に出し、受験を決意します。東大入試まで2か月を切っていた時のことだそうです。

 奇跡的に倒壊を免れた灘高校の体育館には、200を超える遺体が運び込まれ、教師たちは、まさに足の踏み場もなくなった職員室でヘルメットを被り、必死に調査書を復元し、職印(校長印)を探したそうです。

 その後、東京大学と京都大学で学んだ氏は、その時の思いを胸に母校灘高校に教師として戻ってきます。そして、阪神淡路大震災から16年後に起こった東日本大震災を目にし、たまらず復興ボランティアに参加します。

 氏のその体験を聞いた灘高校の生徒たちは、キラキラとした瞳でボランティア参加を申し出たといいます。派遣に係る一切の経費は負担しないという条件で学校から許可された福島行きを、それでも生徒たちは、自分たちの小遣いをはたいて参加します。それが、現在でも続いている灘高校と福島県の交流の始まりだそうです。

 灘高校のネットワークは、福島の被災者医療支援でも中心的な役割を担い、氏の後輩がたくさんボランティアとして参加しました。彼らのあまりの多忙さに、前川氏は心配し、労いの言葉をかけます。

「大変だな。大丈夫か。」

 返ってきた若い医師の言葉は、あまりに感動的で、羨望さえ感じさせるものです。 

「ええ、大丈夫です。こういう時のために学んできたのですから。」

 

「なぜ学ぶのか」、「何のために学ぶのか」。答の一つがここにあります。私たちは共に生きるために「学ぶ」のです。「学び」は人とともにあります。

 

 1996年、国際連合教育科学文化機関、通称ユネスコは21世紀の教育に向けて、ドロールレポートと呼ばれる有名な報告書を発表しています。『学習:秘められたる宝(Learning: TheTreasure Within)』と題するこの報告書は、日本だけでなく、世界的にも大きな影響をあたえました。

 その中にLearning(学習)の4つの柱が提言されています。そのうちの一つこそがLearn to Live Together「共に生きることを学ぶ」「共に生きるために学ぶ」というものなのです。

 

 さて、高校という「学び」の場から、次の「学び」の場に向かう皆さん、今、校訓の3つ目、「飛翔」の時を迎えています。

 皆さんを毎日迎えてくれた3つの校訓。校門をくぐると必ず目にした 「友愛 自立 飛翔」。友と語らい夢を育み、「友愛」の中で共に学ぶことを知る。そして、「自立」という滑走路を経て、自分の夢や希望に向かい「飛翔」する。この3つの言葉は私たちの教育活動の道標であり、皆さんの「学び」の道程でもありました。

 皆さん、羽生高校の校歌の中に、校訓の3つの道程が込められていることを感じていましたか。皆さんから向かって左側、舞台の右側に校歌のレリーフがあります。

「思いやさしく、自立の学園で、明日の世へ巣立つ力を」。

 皆さんの道程を美しく詠っています。作詞の 宮澤章二 氏は、羽生市出身の埼玉県を代表する詩人です。

 まもなく、全員で歌う最後の校歌の時が来ます。この歌を歌えるのは皆さんだけの特権です。毎日目にしていた校訓と1番から3番までの歌詞を重ね合わせ、羽生高校での「学び」を思い浮かべ歌ってください。私からの最後のお願いになります。

 保護者の皆様、お子様の御卒業、誠におめでとうございます。心からお祝いを申し上げます。本日の卒業を期に、お子様が新しい社会で空高く飛翔されますことを御祈念申し上げます。また、今日まで、本校に対して心温まる御支援御協力をいただきましたことを深く感謝申し上げます。

 

 三寒四温を繰り返し季節は移り、まもなく桜花爛漫たる春を迎え、そして今年も花びらは、人々の思いを乗せて舞うことでしょう。

 友とともに学んだ日々を胸に、これからもっと多くの人とともに学び続けてくれることを祈念してやみません。学び続けることこそ生きることであり、夢を追いかけることでもあります。

 夢は「学び」の道標なのです。最後にこの言葉を送り、式辞の結びとします。

 

平成31年3月12日

                        埼玉県立羽生高等学校校長 田島 昭彦 


「あなたに出会う人たちはきっと幸せ」

「あなたに出会う人たちはきっと幸せ」

      

 卒業生の皆さん、御卒業おめでとうございます。保護者の皆様、お子様の御卒業に際し、心よりお祝い申し上げます。

 お子様は、羽生高校での別れを経て、やがて新しい世界での出会いを迎えます。在学中は、御心配もおありだったかもしれませんが、いよいよ巣立ちの日を迎えたお子様の姿には感無量かと拝察いたします。

 今日は、私自身が「別れ」の時にいただいた忘れられない言葉を紹介します。20年ほど前に、ある学校を転出するときの経験です。

 「異動は、あなたにとっては嬉しいことではないかもしれない。でも、あなたが行く先の人たちは、きっととても幸せだ。」

 私には過分な言葉でしたが、私自身が見送る立場で、この言葉を送りたい人たちとの別れを何度も経験しました。かっこ良すぎて少々恥ずかしいので、別れの挨拶の時にそっと心の中で呟いたこともあります。

 卒業生の皆さん、今日は言葉にして伝えます。

 あなたに出会う人たちは、きっととても幸せです。不安があるかもしれませんが、自信を持って新しい扉を開けてください。

 保護者の皆様はどんな言葉をおかけになるでしょうか。今日は恥ずかしがらずに、思いっきり温かく心に響く言葉をかけてあげてください。

                                                         『まがたま』第80号より


「大切な場所」

「大切な場所」

 

 年が明け、平成30年度も残り3ヶ月となりました。慌ただしいと同時にとても感傷的な時期となります。それは決して悪いことではありません。人は、いろいろな思いを持ってこの時期を過ごします。

 羽生高校を飛び立とうとしている皆さん、新しい年次を迎えるためにもうひと踏ん張りしなければならないと考えている皆さん、自分だけでなく周りの人たちの去就とともに、いろいろな思いに心が揺れ動く時期がこれからやってきます。

 今日は、私自身の忘れられない言葉を紹介します。著名な人の名言や箴言ではありません。以前、日常のなにげない言葉に心を温かくする瞬間があるという話をしました。これから紹介する言葉は、約20年前にある学校を転出するときに、ALTの先生からいただいた言葉です。以来、時々心の中から取り出します。

 

 「あなたがその場所を去るときに、その場所と、一緒にいた人たちがどれほど大切だったかわかる。」

 

 この言葉通りの思いを幾度味わったことでしょう。これから進む場所がどんなに魅力的に見えたとしても、今、自分がいる場所がかけがえのない場所であり、一緒にいる人たちがかけがえのない人たちであることを、何度も実感しました。

 皆さんもどこかで実感することがあるでしょう。学校だけではありません。それは、皆さんが独立するときかもしれません。そして、本当にその瞬間が間近に迫った時にしかわからない思いでもあります。その時そう思えるために、「今」を意識し一緒にいる人たちと豊かな時間を共有していくことは、とても大切なことなのです。その意味でも、是非、この言葉を実感してほしいと願っています。

 

平成30年度1月 全校集会講話より(一部改)

 

「体育祭の意義」

「体育祭の意義」

 

 体育祭を好きな人もいれば嫌いな人もいるでしょう。体育が得意な人が活躍するだけで、走るのが苦手な自分は参加したくないと思っている人もいるかもしれません。

 体育祭の意義って何でしょうか。堅苦しく定義すれば、心身の発達と体力の向上を目指すこと、集団での活動を通して望ましい人間関係を醸成すること、自主的・自発的な活動をする態度を育成することなどがあげられます。少し難しいかもしれません。

 先生方は先生方の立場で行事の意義を考え計画、運営します。皆さんは、皆さん自身の意義を考えてみませんか。先ほどの堅苦しい文言に縛られる必要は全くありません。先生方とは違った角度から、体育祭の意義を考えてみましょう。

 誰にも得意、不得意があり、勉強が得意な人もいれば、芸術、または運動が得意な人もいます。芸術に関する行事もあれば、スポーツに関する行事もあります。参加するレベルも楽しみ方も多種多様です。同じ大会であっても、人によって意義や目的は変わってくるでしょう。

 私たちは多様な尺度の中で生きています。そしてその多様さは尊重されなければなりません。例えば、応援という楽しみ方もあります。縦割りの対抗戦、味方のメンバーを眺めて見ましょう。先輩でも、同級生でも、後輩でも、力一杯応援してごらんなさい。

 そして、終わった後、体育祭を振り返ってみましょう。行事を振り返り、自分なりの意義を見つけることは結構大切なことだと思います。

 

           平成30年度 翔羽祭 校長挨拶より (一部改)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



「家訓のすすめ」

「家訓のすすめ」

     

 近年、SNSの普及で、年賀状は減少傾向にあると聞きますが、我家では少なからず楽しみにしています。古い友人から届く一枚には、毎年、「○○家今年の家訓」が記されています。ユーモアとウイットに富んだ、そして基本的には大変真面目な「箴言」が創作されていると言うと褒め過ぎでしょうか。

 本人には無断ですが、手元にあるものを一つ紹介します。二十年程前の作品です。

 「順境の時には羞恥心を大切に、逆境の時には自尊心を大切に。」

 年賀状は連名になっていますので、家族間で一定のコンセンサスを経たうえで創られた言葉でしょうか。それとも、「今年はこれにする」と彼が宣言をし、子供たちの反対の声を笑いながら退けて決定したものでしょうか。失礼ながら想像する時があります。彼の人柄、お子さんに対する接し方や、家族を大切にしている思いが伝わり、こちらも幸せな気持ちになります。

 「家訓」は、堅苦しく考える必要はないのかもしれません。自分自身が大切にし、子どもに伝えたい思いを、「命令」でなく「共有」する。

 「子育て」というと、親が子どもに対して施す一定方向の行為のように考えられがちです。しかし、本当は、豊かな「親心」を育むための親の成長の過程であり、親子が共有する行為でもあるのです。

 PTAの研修として「家訓づくり」のワークショップを開催している学校もあります。あまり肩肘張らずに、家族で「家訓」を創ってみても楽しいかもしれません。


                              『まがたま』第79号より

「文化祭を回想する」

「文化祭を回想する」

担任をしていた教え子が、最近、こんな話をしてくれました。


 1、2年生の時、3年の先輩がどうしてあんなにも文化祭に夢中になれるのか分からなかった。何の得にもならないのに、いろいろなことを犠牲にして打ち込めることが理解できなかった。

でも、自分が3年生になり、文化祭を迎えた時、大袈裟だけど、すべてを投げ捨てて、突っ走らないではいられなかった。終わった瞬間、涙が溢れ止まらなかった

私は、人生のどこかの時期に戻ることが許されるとしたら、この日を選ぶ。想い出の中の宝物であると同時に、現在の私という存在の原点であり、今の頑張りを支えてくれる力。

今、自分の娘が高校生になった。願わくば、かけがえのない友とかけがえのない文化祭を創ってほしい。


 ちょっと感傷的ですが、いい話でした。皆さん、何十年後かにも想い出す文化祭を!


                       第50回 勾玉祭 校長挨拶より


 

 

 

 

「校歌」

「校歌」

 

 今日で前期が終わります。卒業年次の人は、あと半期で羽生高校を巣立っていくことになります。本校に通うのも、教室でみんなと一緒に勉強するのも、先生の顔を見るのも、もう容易に数えられるくらいの日数になってしまいました。これからは、学校にとっては恒例でも、卒業する皆さんや担任をしている先生にとっては特別な日々が続きます。

 さて、今年の夏、担任をした教え子たちの同窓会に呼ばれました。集まった卒業生は約200名、20年ぶりの再会でした。会の佳境では何があったと思いますか。そうです。「校歌」の合唱です。その学校は、音楽選択者が高音を担当して「斉唱」ではなくて「合唱」になります。

 「先生歌えますか。私はもう嬉しくてドキドキして。」私の隣に立っていた元教え子は頬を紅潮させてこう言いました。そして、現役時代と同じ見事な合唱と湧き上がる拍手と歓声。見渡すと涙に濡れた顔ばかり。見ている私の涙腺も緩んだ次第です。

 「校歌」は誰でも歌えるものではありません。ポピュラー音楽のように不特定多数の人に共有され、共感され、そして感動を与える歌ではないのです。全国の学校の数だけ「校歌」はあります。しかし、その学校の「校歌」を歌えるのは、その学校で時間と空間を共有した人だけに許される特権であり、アイデンティティなのです。

 心理学者E.H.エリクソンの提唱した概念に「自我同一性(ego identity)」というものがあります。この概念には、「時が流れ、場所が変わり、どんなに自分の状況が変化しようとも私は私である」という生き方の自覚があります。まさに校歌こそこの役割を果たしているように思えます。

 時空を超えた普遍的なアイデンティティの具現化が校歌なのであれば、「校歌」は、過去形になればなるほど色鮮やかになるものかもしれません。

 さあ、皆さんは、あと何回くらい皆で校歌を歌う機会があるでしょうか。皆さんだけが歌える歌を。

 

                平成30年度前期終業式 校長講話より(一部改)

「地域で育つ」

「地域で育つ」

 

 今年の夏は記録的な猛暑で、熊谷市では41.1℃という国内最高気温を更新しました。暑さや健康管理に対する意識改革が求められ、いろいろなレベルでの危機管理が必要となっています。

 幸いなことに、羽生高校では大きな事故もなく、今日、皆さんと顔を合わせることができました。夏季休業中は、陸上部、バドミントン部、柔道部、剣道部が全国大会で活躍してくれました。全国大会だけではありません。部活動、生徒会活動、補習、進路準備等、学校で汗を流した皆さん、ご苦労様でした。また、学校から離れて頑張った人もいるはずです。日常を離れて頑張った経験は、これから大きな財産となるでしょう。

 さて、学校のそばにコンビニエンスストアがあります。利用している人もいるでしょう。私も挨拶を兼ねてお邪魔することがありますが、お店の人達がとても皆さんのことを気にかけてくれていて、大変ありがたく感じています。

 夏休み中、こんな話を伺いました。お店の方が部活動で登校している生徒に、「この暑さの中、練習は大変ですね。顧問の先生は鬼ですね。」と声をかけると、その生徒は「そんなことはありません。とても楽しいです。」と答えたそうです。

 この話には続きがあります。その方が自分の言葉をひどく気にかけて、どうしても顧問の先生にお詫びしなければいけないと思っていたところ、たまたま顧問の先生がお店を訪れました。

 「この間、暑い中部活動の指導をされている先生のことを「鬼」と呼んでしまいました。すみません。」とその方が詫びると、その先生は、にっこり笑ってこう答えたそうです。「いえいえ、この暑い中、学校に来るだけでも生徒は偉いですよ。」

 子どもは「家庭でしつけ」「学校で学び」「地域で育つ」という言葉があります。「地域で育つ」とは、いろいろな地域の催し物も含め、地域の人達との交流の中で成長していくということです。

 今回の話は、そんな大げさなことではありません。でも、皆さんは学校だけでなく、いろいろな人達の温かい眼差しの中で学んでいるのです。

 

 平成30年度9月 全校集会講話より(一部改)

 

「いのちは誰のもの?」

「いのちは誰のもの?」

 

 残念ながら、今年も、皆さんと近い年代の若者が自ら命を落とすという事件がありました。「いのち」の大切さについては、昨年、日野原重明先生の言葉を紹介して話をしました。学校のホームページの「校長室より」に掲載してありますので、できればもう一度読んでください。

 

 さて、「いのち」は誰のものでしょうか。

 

 私たちは、地球上で唯一の存在として生を受けます。両親から半分ずつ受け継いだDNAが新しく組み合わさり、地球上で唯一の存在として、種の使命を背負って生まれてくるのです。あなたという存在の代役はいません。

 その後、親や周りの人の庇護を受け成長し、共に支え合う中で生を全うすることができます。私たちの生の営みを考えると、「いのち」とは自分のものだけではないという結論に至ります。

 一人ひとりの「いのち」には、多くの人の思いが込められており、自分自身だけでなく、将来私たちが関わっていく人達にとってもかけがえのないものだということが分かります。

 人が亡くなるということは、その人の人生にだけ関係する出来事ではありません。その人を失くした人々にとっても計り知れない重みをもつものなのです。世の中には、病であれ、事故であれ、争いごとであれ、どんなに生きたくても生きられない人もいます。私たちは、そういった人達のためにも、精一杯、生きるべきなのです。そして「いのち」の大切さについて考える責任があるのです。

 皆さん、一人ひとりが大切な存在だということを自覚しましょう。それは、同時に他者もまた大切な存在だと認識することでもあります。自分の気持ちや、居心地だけを優先して、それに合わないものを簡単に否定する、最悪攻撃しようとする、それがいかに愚かしく醜いかについても知らなければなりません。他者を認めること、それは私たちの生の原点でもあります。

 

             平成30年度前期全校集会 校長講話より

「言葉の力」

「言葉の力」

 

 先日、思いがけなく校外で地域の方から声をかけられました。羽生高校のホームページに「校長室より」というメニューがあります。その掲示板に掲載している私の拙文をご覧になり、感想をお話してくださったのです。

 私は、読んでいただけたことに感謝するとともに、心温まる言葉に幸せな気持ちに満たされました。そして、同時に、そのことを伝えてくださったこと自体に新鮮に驚き、心から感心をしたのです。

 私たちは、言葉の本来の力はそこにあるはずなのに、面と向かって伝えることを躊躇してしまうことがあります。SNSの世界で目に見えない相手への一方的な発信が流行する中で、直接伝えようとする行為は、確実に少なくなっているように感じられます。

 読書や講演によって、人生を左右する名言や箴言に出会い、心を揺さぶられることもあるでしょう。でも、私たちは、日常のなにげない言葉に心を温かくする瞬間があります。顔を見て受け取ったメッセージ、あるいは対話の中から生まれてきた言葉には、その人の人柄や心情が映し出され、その瞬間に心の琴線に触れるからです。仮想世界にはない、人との交わりの原点がここにあります。顔を見て交わされる言葉には、メディアに溢れる膨大なデジタル情報にはない素晴らしい力があるのです。

 詩人の大岡は、言葉というものの本質は、表面的な技巧などではなく、それを発している人間そのものを映すものだと言っています。私に話しかけてくださった方は、決して美辞麗句を連ねたのではありませんでした。でも、きっといつでも、自然に人に話しかけられ、人柄を表す言葉を素直に綴ることのできる素敵な方なのでしょう。私も、その方のように、人との交わりの原点を大切にしたいと思っています。

「学校の春」

「学校の春」

 

 今日から平成30年度の授業が始まります。年度が替わっても、学校という場所は変わりません。しかし、毎年春になると、巣立っていった卒業生に替わり、新しい生徒が入学します。先生もまた、替わります。そして、皆さん一人ひとりも確実に違います。

 皆さんは、小学校でも中学校でも一番上の学年になった時、自分は大きくなった、もう一人前だ、と思ったことはありませんか。そして、何年か後に振り返って、あの頃はなんて幼かったのだと、自分を一人前だと思ったことを滑稽に感じた経験はありませんか。でも、これはとても大切なことなのです。成長は心が決めます。滑稽に思えたこと、それが皆さんの成長の証なのです。

 平成29年度の終業式に、ホーキング博士の話をしたことを覚えていますか。物事は見る角度によって全く違い、心の姿勢、思いは人生を決めるという話をしました。皆さんが「自分が成長した」と考えることにも通じていることです。

 

 さて、先ほど、新しい先生を紹介しました。同じ学校や職場で人と出会う確率は、240万分の1とも言われています。いろいろな計算方法があり、この確率はあくまで一つの目安です。

 親しく話ができるようになる人と出会う確率は2千400万分の1。友人と呼べる人と出会える確率2億4000万分1だそうです。4億分の1という計算もあります。

 統計学上は100万分の1以下は無視してかまわないそうなので、人の出会いとは奇跡に近い確率の中でおこると思っていいでしょう。

 出会いのきっかけは偶然かもしれません。でも、その出会いを意味あるものにするのは私たちの意識です。先入観を持たず、心を開いて積極的に受け止めましょう。大切にしないともったいないですよ。

 もちろん、出会いは人と人とだけではありません。学校に向かう通学路に咲く花に、今日読んだ本の一節に、ふと耳にした音楽に、何気ない日常に、ほんの少しかもしれませんが、人生を幸せにする出会いが隠されています。心を開いて、幸せを感じるハードルを低く、幸せを感じる感受性を豊かにしましょう。

 今年の桜は既に舞っています。でも、新入生を迎え「学校の春」は今日が満開になります。いい年にしましょう。

                   平成30年度前期始業式 校長講話より



「新しい目」

「新しい目」

 

 新しい年度が始まりました。

 

 皆さんは、この休み中に普段は足を運ばない場所に行ってみましたか。春は外出には絶好の季節ですし、何か新しいものを見つけたかもしれませんね。もちろん、普段と変わらない場所を行き来していた人もいるでしょう。

 えっ、旅行したけれど何にも見るべきことがなかったですって。それって、問題ですよ。旅の大きな目的は新しい「発見」であり「体験」なのですから。

 フランスの文学者マルセル・プルーストは、「本当の発見の旅とは、新しい景色を探すことではなく、新しい目で見ることだ」と言っています。どんな魅力的な場所を訪れようが、発見が得られなければ、それは旅ではありません。翻って、「新しい目」を持つことで、自分の周囲にも新しい景色を見いだすことができます。いつもの道や場所に、見慣れた風景の中に、今まで気付かなかった何かを発見できれば、素晴らしい旅を経験したと言えます。

 「思い込み」や「決めつけ」という「心の垢」に邪魔されて、視野を狭め、発見や感動を逃していませんか。過去の経験からの想像をやめ、「新しいことがあるはずだ」、そう心に言い聞かせ、感受性や想像力を働かせましょう。心をニュートラルに保ちましょう。

 プルーストの言う「新しい目」は、決して「旅」にだけに限定されるものではありません。「発見しようとする心」を持ってゆっくりと皆さんの周りを見つめてごらんなさい。何気ない日常は発見に満ちているかもしれません。

 「新しい目」という財産は、人生をより深く楽しくしていくでしょう。さあ、「新しい目」を持ちましょう。今年はきっと良い年になりますよ。

 

                   『羽高だより』118号より

「他花受粉」 平成30年度 入学式 校長式辞

「他花受粉」

平成30年度 入学式校長式辞

 寒波と春暖に導かれた花が風に舞い、桜の衣替えが始まりました。心地よい風と光が新たな出発を祝うこの佳き日に、多数の御来賓並びに保護者の方々に御臨席いただき、平成30年度 埼玉県立羽生高等学校 入学式を挙行できますことは、この上ない喜びであり、心から感謝を申し上げます。

 ただいま呼名され、入学を許可された生徒の皆さん、入学おめでとうございます。皆さんを迎え、「学校の春」は今、満開の時となりました。保護者の皆様、お子様の入学、本当におめでとうございます。心からお祝い申し上げます。

 新入生の皆さんは、今、新しい生活に、期待と同時に不安を感じているかもしれません。羽生高校での新しい生活を始めるにあたり、「人は、他花受粉する」ということをお話します。「他花受粉」とは、植物が同一の個体でなく、他の個体の花粉で受粉し結実することを言います。植物の中には「他花受粉」する種と「自花受粉」する種があります。

 今年、例年以上に見事に咲き誇った桜は、自分とは異なる木の花粉が必要な「他花受粉」であり、自分だけでは花を咲かせることができません。他の力を借りて初めて、美しく咲くことができるのです。

 私たちにも同じことが言えます。一人ひとりの力は弱く、心もとないものです。他人の助けを得て初めて、私たちは強くなることも、美しい花を咲かせることもできるのです。助けてもらうことは恥ずかしいことではなく、必要なことなのです。

 これは、他人の力を当てにして、努力をしなくて良いということではありません。今、助けられたなら、これからどこかで誰かを助けてください。人を助けるとともに、人から助けられることが大切なのです。

 桜の花の散り際の美しさは、多くの人の心を捉えます。あるいは人と同じだからこそ、桜の花びらは人の思いを乗せて舞うのかもしれません。

 周りの人の助けは、しかし、じっとしていて得られるものではありません。皆さん、「出会い」を意識してください。人と人とが出会う確率は、240万分の1とも言われています。皆さんは奇跡に近い確率でここで出会っているのです。きっかけは偶然かもしれません。しかし、その出会いを意味あるものにするのは、私たち自身なのです。

 そして、出会いは人と人だけに限るものではありません。例えば、通学途中の一輪の美しい花との邂逅にも心が弾むことがあります。幸せは細事にあります。幸せを感じるハードルを低く、幸せを感じる感受性を豊かにしましょう。メーテルリンクの『青い鳥』のように、幸せは自分の内側にあり、小さな幸せは私たちの周りに溢れています。物事は見る角度によって全く違い、心の姿勢、思いは人生を決めます。

 最後にお願いしたいのは、常に「謙虚」であることです。「謙虚」さこそが、「感謝」の気持ちの原点です。「謙虚」で「感謝」の気持ちを忘れない皆さんの周りには、支えてくれるたくさんの素敵な人が集まることでしょう。

 保護者の皆様、本日から、お子様をお預かりします。本校は、昭和23年に設立され、今年で71年目を迎える学校です。校訓は、「友愛 自立 飛翔」です。「友愛」の中で優しさを育み、「自立」という滑走路を経て、自分の夢や希望に向かい「飛翔」する。この3つの言葉は本校の教育活動の道標であり、生徒の皆さんの充実した高校生活への願いが込められています。

 また、生徒一人一人の希望や生活のリズムに合わせることのできる柔軟な教育システムをとっています。授業によって、クラスメートも異なります。他の高校であれば、クラスで一緒に行動し、学校生活はレールに沿って進んでいくかもしれません。しかし、本校では、自由と責任の意味を理解し、自分で判断して、自己管理しなければなりません。卒業に至る道程は一人ひとり異なります。校訓の2番目に「自立」がある所以です。

 保護者の皆様には、本校の教育方針をご理解いただき、学校と密接な連携をとりながらお子様の高校生活への支援をしていただきたいと存じます。

 終わりに、本日入学された皆さんが実り多き高校生活を送り、卒業の春に、心地よい光と暖かい風を体いっぱいに感じてくれることを祈念し、式辞といたします。

 

平成30年4月9日

                                                                 埼玉県立羽生高等学校長 田島 昭彦


「足元ではなく、星を見上げよ」 平成29年度後期終業式校長講話

「足元ではなく、星を見上げよ」

 

 3月14日、「車椅子の天才科学者」、「アインシュタイン以降最高の物理学者」と言われたスティーブン・ホーキング博士が76歳でお亡くなりになりました。この日は、奇しくも博士が敬愛するアインシュタインの誕生日でもありました。

 博士は、先進的で卓越した理論により、現代宇宙論に大きな影響を与えただけでなく、一般の人々を宇宙の世界へ誘う大使の役割を果たした人でもあります。1988年の『ホーキング、宇宙を語る』は世界的大ベストセラーになり、多くの人が宇宙に関心を寄せるきっかけになりました。

 21歳の時に、全身の筋肉が徐々に衰えて動かなくなる難病、筋萎縮性側索硬化症と診断され、余命2年と宣告されます。全身の身体機能を次第に失い、車椅子生活を余儀なくされ、40代前半には声さえも失いました。しかし、眼球しか動かせない状況にも決して絶望せず、研究への情熱と人生へのユーモアを忘れず、常に明るく前を向いて、歩みを止めなかった人です。

 2012年に開催されたロンドンパラリンピックの開会式で、車椅子に細い体をうずめ、人工音声装置を通して紡ぎだされた「人生はどんなに難しく見えても、いつでもできることはある」、「足元ではなく、星を見上げよ」というメッセージには、参列したエリザベス女王も涙を流したと伝えられています。博士の研究と、人生そのものが重なり、心を打たれずにはいられません。先頃閉幕した平昌パラリンピックの閉会式でも、この名言が紹介され、博士を追悼しています。

 博士は自伝で、最初に筋萎縮性側索硬化症と診断されたときの様子を次のように振り返っています。

「とても不公平に感じた。なぜ自分にこのようなことが起きるのかと。」

「当時、私は人生が終わったと思った。現在感じているような可能性を実現することはないだろうと。だが50年後の今、自分の人生が満たされていることを噛みしめている。」

 物事は見る角度によって全く違います。心の姿勢、思いは人生を決めます。変わりばえのしない毎日と憂いて過ごすか、変わらぬ毎日を送れることに感謝するか。未来を見つめ、希望や興味を感じるのか、過去を見つめ悔恨の日々を送るのか。

 博士が電動車椅子で移動する姿を見て、自分は何かをしなくてはいけないという思いに駆られたという人がたくさんいます。人が頑張る姿は、その人が気づかなくても、他の人に勇気を与えるものでもあります。

 年度が変わり、まもなく「学校の春」を迎えます。明るく伸びやかに顔をあげ、これからの一年に希望の思いを馳せましょう。できることはたくさんあります。

 

                  平成29年度後期終業式 校長講話より

“If winter comes, can spring be far behind?” 第...

“If winter comes, can spring be far behind?”

第48回 卒業証書授与式 校長式辞

 

 桜の花芽は、夏に形成され、秋にかけて休眠に入ります。そして、冬の寒さで目覚め、開花の準備をします。いわゆる「休眠打破」と呼ばれる現象です。北国の桜がことのほか美しいのは、厳しい寒さがすべての蕾に目覚めの時を告げ、一斉に花をつけるからです。桜は、厳しい冬を経なければ美しい花を咲かせることができません。

 記録的な寒波を経験し、今、校庭の桜の花芽は一斉に膨らみ始め、昨年にもまして、美しい開花を予見させます。桜花爛漫たる春の到来を感じるこの佳き日に、多数の御来賓並びに保護者の方々に御臨席いただき、埼玉県立羽生高等学校、第48回卒業証書授与式を挙行できますことは、この上ない喜びであり、心から御礼を申し上げます。

 ただ今、卒業証書を授与しました皆さん、卒業おめでとうございます。心よりお祝い申し上げます。

心を過る想い出は、期待と不安が交錯する中で迎えた入学式でしょうか。それとも、クラスの力を結集させた文化祭でしょうか。夜間部の花飾りのモザイク壁画は、文化祭の雰囲気を創るうえで最高の演出になりました。駅伝大会では、襷を繋いだ仲間と健闘をたたえ合っている姿がとても素敵でした。遠足や修学旅行、定期試験や部活動も大切な想い出でしょう。

 今日、皆さんは、高校生活を想い出とし、羽生高校を飛び立っていきます。向かう世界は、変化に激しい、予想困難な世界かもしれません。打ちひしがれて前が見えない時もあるでしょう。

 しかし、桜の開花のように、人生にも雌伏の時が必要であり、厳しい条件に巡り合い、それを打破したときに美しい花が咲きます。厳しさや辛さがあって初めて、春先の僅かな気温の変化にも気づくことができるのです。

 先頃、閉幕した平昌冬季オリンピック女子スピードスケート競技において、高木菜那さんと美帆さん姉妹は、金メダル3つを含む5つのメダルを獲得し、まさに大輪の花を咲かせました。

 妹の美帆さんは、「天才」、「日本の宝」と呼ばれ、15歳でバンクーバー五輪に出場するも、続くソチオリンピックでまさかの代表漏れ、姉の菜那さんだけが出場することになります。敗北と失意の4年間で、彼女は自らの慢心に対する反省とともに「逃げない」という強い決意を持ちます。

 常に妹の後塵を拝し、「美帆の姉」という形容詞がつきまとった菜那さんは、バンクーバー五輪の代表選考会にも参加できない葛藤と嫉妬の日々を経験します。美帆さんの滑走中に「転べと思った」という述懐は強烈です。

 2人は、挫折や敗北感を糧に成長し、世界の頂点に立ちました。人生の冬とも言える試練や困難は、悲しみや苦しさ、苛立ちや無力感を伴い、誰にでも訪れます。しかし、人間も桜と同じように、そんな厳寒の最中にいるときにこそ、実は「将来の力」が蓄積されていきます。「寒さ」から逃げずに、「寒さ」を正面から受け止めることで素晴らしい花を咲かせる準備ができるのです。

 ここで、人生の「休眠打破」に向けて、心に留めて置いてほしいことを3つお話します。

 一つ目は「負けを恐れない」ことです。2人の体験からもわかるように、負けたときこそ成長するチャンスであり、正しく勝つために、きちんと負けることも必要なのです。

 2つ目は「謙虚である」ことです。謙虚でないと何より「学ぶ機会」を逃します。どんな時も学び、継続して努力を続けられること、それが成長の力であり、その原点こそが謙虚さなのです。

 3つ目は、「知識を知恵とする」ことです。情報は知識ではありません。情報には正しいものもあれば、誤ったものもあります。情報を疑い、情報を精査し、情報を使う、そうして初めて情報は皆さんにとって知識となります。そして知識は、鵜呑みにせず、自分の頭でもう一度考えることで知恵となります。

 高木菜那さんと美帆さん、そして日本女子スピードスケートチームは、今回の冬季オリンピックを席巻しました。敗北から謙虚に学び、既存の技術を研究し、そこから新しい技術を求め、絶え間なく努力を積みあげていきました。それが、彼女たちの揺るぎない自信に繋がり、大舞台での力になったと言われています。 

 人は、生命が輝き始める季節の到来を待ちわび、そして喜びを持って迎えます。南北に伸びる日本を、春はゆっくりと北上しながら、それぞれの地域を色づかせていきます。皆さんも、今、それぞれの個性を花開かせ、行く先々で色鮮やかに咲き誇る時を迎えようとしているのです。

 保護者の皆様、お子様の御卒業、誠におめでとうございます。心からお祝いを申し上げます。本日の卒業を期に、お子様が新しい社会で大きな花を開かせますことを御祈念申し上げます。また、今日まで、本校に対して心温まる御支援御協力をいただきましたことを深く感謝申し上げます。

 イギリスの詩人P.B.Shellyの『西風に寄せる歌』に有名な一節があります。If winter comes, can spring be far behind?” 名訳があります。「冬来たりなば、春遠からじ」。最後に、巣立つ皆さんにこのことばを送り、式辞の結びといたします。さあ、花の季節はこれからです。

 

 平成30年3月12日

                           埼玉県立羽生高等学校校長 田島 昭彦 

 

  


「2つの卒業式」

「2つの卒業式」

 

  卒業生の皆さん、御卒業おめでとうございます。在学中は、順風満帆の時ばかりではなかったでしょう。幾多のハードルを乗り越え、卒業式を迎えられた皆さんの努力に心から敬意を表します。

 保護者の皆様、お子様の御卒業に際し、心よりお祝い申し上げます。いよいよ巣立ちの日を迎えたお子様の姿には感無量かと拝察いたします。

 随分前になりますが、忘れられない「答辞」があります。県南部の高校に勤めていたときのことです。学年制の学校でしたので、原則、同じ年に入学した生徒は、ほぼ全員同じ年に卒業していきます。

 その年、「答辞」に抜擢されたのは、留年し同級生よりも卒業が遅れ、先生方にも大変心配をかけた生徒でした。壇上で話を始めて間もなく、目頭を押さえ、涙声は誰にもわかるようになりました。 

 いよいよ「答辞」の佳境に入るところでした。彼は、顔を凜と上げ、しかし涙は拭かず、保護者席に向かい、「かあちゃん、ありがとう」と叫んだのです。その後の彼の話は覚えていません。万雷の拍手の中、制服の袖で荒っぽく涙を拭い降壇する彼の姿と、先生方の真っ赤な眼が今も鮮明に残っています。

 卒業生の皆さん、在学中、常に皆さんを見守り惜しみない愛情を注いでくださった保護者の方々へ、今の喜びと感謝の気持ちを素直に伝えてください。今日は羽生高校の卒業式であると同時に、それが巣立つための、もう一つ大事な卒業式です。

 

『まがたま』 第78号より

「調理実習」

「調理実習」

 

 先日、生徒が鮭の包み焼きや南瓜のポタージュ等を校長室に届けてくれました。調理実習でつくったものです。お礼を述べながら実習の感想を尋ねると、「楽しかった」という答えと「難しかった」という答えが同時に返ってきました。

 生徒にとっては、調理実習は特別な時間でしょう。楽しい時間であると同時に、実際に調理することの難しさを知る時間でもあります。自ら料理したものを食べるという、「一番楽しい」自己評価の機会もあります。

 単に技術の習得や理論的な理解を目指すだけでなく、体験し喜びを味わうことが調理実習の目的であり、それが生徒の答えに凝縮され、表れているように思いました。

 













  家庭科の授業の想い出を問われて、「調理実習」と答える人も多いと聞きます。今回の「調理実習」は生徒にどのように記憶されるのでしょうか。

 

P.S. 昨年の回鍋肉も大変美味しくいただきました。感謝。


「半径5メートルを大切に」

「半径5メートルを大切に」

 

 皆さん、知らない人と最後に友達になったのはいつですか。SNSでの繋がりではなく、実際に顔を合わせる存在です。どんなことから始まりましたか。

 一般的に、歳を重ねると、友達づくりが面倒になっていきます。仕事や家庭に対して負うべき責任や費やす時間が増えていくにつれて、余暇や友人との交際にに使える時間は減少します。するとどうなるか。

 打算が働き、気付かないうちに人を選別します。どうしても自分の役に立つ知り合いを増やそうとするのです。学生時代には当たり前だった打算のない友達づくりをいつの間にかやめてしまうのです。

 学校は、自然な形で友人を見つけるのに最も適した場所です。同じ年齢、上下のないフラットな人間関係、同じ時間、目的を共有できることなどは、学生にしか与えられない特権でもあります

 但し、誤解しないでください。友達は無理につくるものではありませんし、友達が多いから楽しいということもないでしょう。一人でいることができる力(必要なときには協力できる力)もまた大切な力です。

 友人関係に至らなくても、皆さんには、柔らかい人間関係を築いてほしい。そのために、今日は、「半径5メートルの人間関係を大切に」と提案します。「半径10メートルを・・・」という言葉は良く耳にしますが、もう少し肩の力を抜いて短くしましょう。

 近くに座っている人、同じクラスの人たちに挨拶をしましょう。半径5メートル以内で目があったら、相手の目を見て笑いかけましょう。心の中で、半径5メートルにいる人との共通点を探し、その人の良い点を考えてみませんか。他人の良いところを見つける天才になってみてください。学校がもっと楽しくなりますよ。
                
                   平成30年1月全校集会 校長講話より (抜粋)

 

「藍染め」

「藍染め」

 「美術概論」の授業で、生徒たちが「藍染め」に挑戦しました。講義、準備を経て、練習、本番と本格的な取組でした。

 「藍染め」は、およそ200年の歴史を誇る羽生市の伝統文化であり、ほとんどが手造りで、化学染料では出せない絶妙な風合いがあります。さめるほど美しい色合いになるとして時代を超えて人々に愛されてきました。

 『田舎教師』の冒頭に、「四里の道は長かった。途中に青縞の市の立つ羽生の町があった。」とあるように、藍染めした糸で織り上げられた「青縞」という綿織物は、武州正藍染めとも呼ばれ、羽生市の衣料産業を支えてきました。最盛期には紺屋は、300軒にも及んだそうです。

   
  私たちは、地域を学び、地域から学ばなければなりません。若い世代は、自分を育んでくれた地域の過去と現在を感じ、未来を問うていきます。人々の歴史や息吹を感じることで豊かな人間性を育み、自分を知り、新しい文化の担い手として創造性を培っていきます。

 羽生高校は、今年で創立70年になりました。卒業生は地域行政、産業、教育などさまざまな分野で活躍しています。時代とともに二部制、三部制への移行等、幾多の変遷を経ながら、埼玉県の多部制高校の先駆的な役割を果たしてきました。現在は、地域の方々に常時、各種公開講座を開設するなど、生涯学習機関としての役割も果たしています。

 学校も、また地域の文化なのです。

 

           平成29年12月 全校集会校長講話より(一部改)

 

「創立70年を迎えて」

「創立70年を迎えて」

 

 昭和23年11月8日、埼玉県立不動岡高等学校の定時制分校として誕生した羽生高校は、今年で創立70年を迎えます。70年の歴史を紐解く時、県教育委員会はもとより、歴代の羽生市長が会長を務める埼玉県定時制教育及び通信制教育振興会、学友会(同窓会)の皆様、地元羽生市を中心とする地域の皆様、そして歴代の校長先生をはじめとする教職員、PTA・後援会の方々の御支援や御尽力にまず思いを致さざるを得ません。

 羽生高校の歩みは、国及び県の教育制度改革以来、時代の趨勢とともに幾多の変遷を経た定時制教育の歴史をそのまま表すものとも言えます。昭和33年4月には、二交代制・三交代制で働く勤労者のために午前部が設置され、二部制が施行されました。昭和39年4月より午後部が設置され、全国でも珍しい、埼玉県では唯一の定時制独立校となり、午前・午後・夜間の三部制の授業形態が完成し、現在の礎となっています。昭和42年、不動岡高校から分離独立し、羽生市のほか二市組合立の羽生高校として認可され、県立移管により埼玉県立羽生高等学校として、昭和51年9月現在の地に全面移転しました。平成10年4月には、単位制に改編するとともに、高等学校卒業程度認定試験結果による卒業単位認定制度など、柔軟な学びのシステムを導入し、平成26年に、学友会、PTA・後援会の方々の御支援を受け、普通教室への冷房設備が設置されるなど、教育環境も格段に改善されてきました。

 開校当初、生徒は近在の勤労青年が中心でした。その後、集団就職をして企業の寮から登校する生徒が主になり、そして近年では、不登校を経験した生徒が本校の柔軟な学びのシステムを積極的に利用するようになっています。

 本校は、こういった時代の変容と多様化するニーズに応えるため、各方面から厚い御支援と御協力をいただき、組織や教育内容、方法を常に模索し、改善の努力を続けてきました。現在では、県教育委員会の定時制通信制教育支援事業等によりスクールカウンセラー、スクールソーシャルワーカー、さわやか相談員等が配置され、教育相談部が「教育相談の保護者の集い」を開催するなど、教育相談体制も充実しており、学習サポーター、多文化共生推進員等と連携をしながら、「学び直し」にも対応できる体制が整備されています。また、地域の方々に常時、各種公開講座を開設するなど、生涯学習機関として地域に貢献できる学校づくりも進めています。

 今後の社会の変化は未曾有の速度であり、教育改革の波も過去とは比較できないほどの規模です。例えば、人工知能の発達は、人間が行うべきことや教育のあり方を根底から変えようとしています。羽生高校は、今後もこうした変化に的確に対応しつつ、一方で、教育の「不易」の部分を見失うことなく、これまでの歴史と実践に恥じない教育活動を展開していかなければなりません。校訓「友愛 自立 飛翔」は本校の教育活動の道標であり、そこには生徒の充実した高校生活への「不易」な願いが込められています。

 最後になりますが、これまで本校を支え、築き上げてきた皆様に改めて感謝申し上げますと共に、新しい時代に向けて歩み始めた羽生高校に一層の御支援、御協力を賜りますようお願い申し上げ、挨拶とさせていただきます。

 

                    創立70周年記念誌 校長挨拶より

 

 

「知識より意識」

「知識より意識」

 

 防災訓練の目的とは何でしょう。避難経路や災害時にとるべき行動を想定し確認することや、防災計画の問題点を検証し減災に繋げること等が思い浮かびます。しかし、私たち一人ひとりが防災訓練を通して培うべきことを一言でまとめるなら、災害に対する「意識」なのです。

 皆さんは、東日本大震災の当日どうしていましたか。平成23年3月11日、私の勤務していた埼玉県南部の高校では、卒業式が終了し、午後、部活動中であった約80名の在校生が帰宅の足を奪われました。しかも、交通機関は不通となり、一旦帰路についていた生徒が次々と学校に戻り始め、80人という数は徐々に増えていきました。視聴覚室に集合させ、10名単位で家庭科室で食事を摂らせながら、保護者との連携を模索する十数時間。深夜12時の段階で、生徒の数が30名となり、最後の生徒が帰宅できたのは、翌日の朝5時でした。対応のため、20名の教職員がそのまま学校で夜を明かし、私も帰路についたのは翌日の夕方でした。

 残念ながら、過去の体験は時間の経過とともに風化していきます。私たちは訓練を積み重ねることで防災に対する意識を持続、高揚させていくことができるのであり、「知識」よりも「意識」を高めることが防災訓練の一つの大きな目的です。「もしもの時にどう動かなければならないか。そして、もしもの時は必ず訪れる」という意識を持ち続けることが大切なのです。首都圏を襲う大地震は、人生の予定表に書き込んでおかなければならないとも言われています。

 「マニュアルはつくって、使うな」という言葉があります。これは、一つには想定と異なることが起こり得るということを言っています。自然災害は、想定を超える規模で襲ってくる危険性を常に孕んでおり、学んだ「知識」では対応できなくなる場合もあります。その場合に安全を最優先し、迅速かつ適切な判断を行うためには、「主体的に行動する態度」が必要となります。もちろん、「知識」は安全の柱です。しかし、「意識」により常に「知識」を問い直していくことが必要です。行政による「公助」、身近な地域コミュニティ等による「共助」、そして「自助」は私たち一人ひとりの自覚に根ざしています。「意識」こそ「自助」の第一歩なのです。

 

                 平成29年度避難訓練講話(一部改)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


「帰ってくるのを待っている仲間がいる」

「帰ってくるのを待っている仲間がいる」

 

 ゴールした最終走者に仲間が歓声をあげながら駆け寄る。昨年度の駅伝大会はとても感動的でした。

 駅伝は、襷を引き継ぎながらチームの一員としてリレー形式で競います。個人種目とは異なり、チームへの責任感や仲間との連帯感を感じるはずです。昨年度経験した人は、支え助け合い、一緒に頑張る感覚や、耳に届いた応援の声、あるいは応援せずにはいられい気持を覚えているかもしれません。走り終わった後の成就感や達成感も、自分だけでなくチーム全体で享受することができます。そこに個人種目ではなかなか味わえない駅伝の魅力があると言えます。

 ある駅伝走者がとても印象的なことを言っています。「走り終わって帰ってくるのを待っている仲間がいる。それがマラソンにない駅伝の魅力だ。」

 皆さん、襷を繋ぐ瞬間を思い浮かべてください。クラスの仲間があなたが帰ってくるのを待っています。声が届いているでしょう。速い遅いは関係ありません。どんな結果でも、今日はきっといい日になります。

 

                        駅伝大会校長挨拶より(一部改)

 


「文化祭的空気」

                      「文化祭的空気」


  皆さん、文化祭と言うとどんな言葉を思い浮かべますか。仲間、絆、夢、熱気、汗、涙、などでしょうか。文化祭が持つ独特な空気を表す言葉は他にもたくさんあるでしょう。この空気は、もちろん一人ではつくることができません。生徒の皆さん、保護者の方々、教職員、来校してくださる方々、すべての人達で築きあげるものです。そして、この空気の中でしか味わうことや培うことができないものもあるのです。

学校は、基本的には学力をつける場所です。しかし、それだけではなく、いろいろな「仕掛け」があります。周りの人と協力して何かを達成する。その成就感を味わうなかで、協調性を育み、想い出をつくる。その一番大きな仕掛けが文化祭です。

さあ、いよいよ第49回「勾玉祭」が始まります。皆さん、文化祭的空気をしっかりと吸って、思い切りこの仕掛けにのりましょう。

                    第49回勾玉祭 校長挨拶より







 



「いのち」と「こころ」 ~日野原重明 先生のことば~

「いのち」と「こころ」

~日野原重明 先生のことば~


 皆さんも、テレビやネット、新聞のニュース等で大きく伝えられたので耳にしたかもしれません。聖路加国際病院名誉医院長、聖路加国際大学名誉理事長、というより内科医 日野原重明 先生がこの7月18日に105歳でお亡くなりになりました。

 日野原先生の人生は、「人のため」に挑戦し続けた人生だと評されています。1941年から東京にある聖路加国際病院に勤務し、早くから予防医学に取り組まれた人です。日本で初めて「人間ドック」を開設し、成人病に代わる呼称として、「習慣病」を提案し、後に「生活習慣病」に名称が変わる契機を作りました。

 1995年、地下鉄サリン事件に遭遇した時、院長であった日野原先生は、直ちに聖路加国際病院の当日の全ての外来受診を休診にしました。ラウンジ、廊下、礼拝堂など全ての施設を緊急応急処置場として機能させ、無制限に被害者を受け入れるためです。自ら陣頭指揮をとり、運び込まれた640人の患者全てに早い段階での適切な処置を施し、犠牲者を最少限に抑えたと言われています。先生が80歳の時のことです。この時の顛末はNHKのドキュメンタリー番組『プロジェクトX ~挑戦者たち~』などでも取り上げられています。

 100歳を超えても回診をし、後進の育成に尽力するとともに、小学生に対して「いのちの授業」を続け、「いのちとは一日一日の中にあり、一人ひとりが持つ大切な「時間」、その時間をみんなのいのちとして、大切にしてほしい」と語りかけてきたことはよく知られています。

 そして、人が生きていくうえで、もう一つ大事なこととして「こころ」をあげています。ほんの一部ですが、今日は、「いのち」と「こころ」に係わる先生のメーセージを紹介します。

 先生は、「こころを育てるということはお互いに手を差しのべあって、一緒に生きていくこと、自分以外のことのために、自分の時間を使おうとすること」だと言っています。溢れる情報やマニュアルに従っていれば日常生活は難なく乗り切れる、自分はそうして一人で生きてきた、生きていけるという大きな錯覚。他人を自分以外の「異物」と捉え、気に入らなければ、「邪魔になる」、「不愉快だ」だと簡単に攻撃し、最悪の場合、殺めてしまう自己中心的な未熟さ。自分の気持ちと「居心地」だけを優先し、人間と人間のふれあいを煩わしいものと考えるこういった風潮に警鐘を鳴らしています。

 先生は、「人との関わり合いの中で共通の思いを探ることにより、自分以外の『他者』に心を寄せる感性が育ち、他人の喜びや痛みに共感できる心の幅が広がる」とも言っています。ものが豊かになっても、人間の生に伴う普遍的な困難さは変わるはずもありません。先生の言葉が、そして言葉だけでなく先生の生き方そのものが教えてくれるのは、一個の人間は弱い存在であるからこそ、助け合い、肩を寄せ合って生きることが必要であり、数々の衝突、摩擦、あるいは心を癒やされる経験を重ねながら人間関係を学んでいくことの重要性です。

 「きみたちは昨日から今日までの1日で、自分の時間を他の人のために、どれくらい使いましたか?君たちの時間を、きみたちは自分のためだけに、使っていませんか?」先生の問いかけです。皆さんも、考えてください。

 日野原先生は、何よりも人間を大切にした人です。医療の対象も「病(やまい)」ではなく、「人」であると考えました。90歳の時に刊行したエッセイ集『生き方上手』はベストセラーになっています。本校の図書館にもありますので、是非一度読んでみてください。

 先生は、このエッセイ集の中でも、また他でもたくさんの珠玉の言葉を残しています。最後にもう一つ、今日の話に関係する言葉を紹介し、講話を終わりにします。

「人はみな自分の中に個性や才能といった宝をもっている。その宝を他の人と共有しなければいけない。」

              平成29年度前期終業式 校長講話より(一部改)

「誰かに知ってもらう」

「誰かに知ってもらう」

 

 今日から授業が再開し、久しぶりに全体で顔を合わせることができました。報告を含めて、初めに少し夏休みを振り返ってみます。

 部活動では今年も、陸上部、テニス部、柔道部、剣道部が全国大会に出場し活躍してくれました。特に、陸上部の田村君は男子400メートルリレーの埼玉県チームの一員として全国優勝を果たしました。大会新記録だったそうです。本校では、平成18年に、遠藤選手が女子走り幅跳びで優勝して以来の快挙となります。おめでとうございます。

 もちろん、先程、各部から報告されたように、田村君だけでなく、出場した皆さんがすばらしい活躍をしてくれました。出場した人にとっても、応援した人にとっても、この夏の経験は大きな財産となるでしょう。後の人生に生きる大きな「成果」となるはずです。

 校内で生徒会活動や部活動、進路や補習に汗を流していた皆さんももちろん同じです。また、学校から離れて頑張った人もいるはずです。頑張りが「成果」となるのはこれからです。

 

 逆に、思うような夏休みを送れなかった人もいるでしょう。何かを探して自問自答していたり、悩みを抱えて足踏みをしていた人もいるでしょう。

 人の心は難しいものです。残念ながら、私達の心は常に前向きではいられません。苦しい気持ちから抜け出せないときもあります。心が弱いわけでもなく、怠けているわけでもありません。人間なら、誰でも起こります。それは、生きている証拠でもあります。

 そんな時、どうしたら良いか。スポーツで汗を流す。ゆっくり休養を取る。音楽を聴く。人により対処方法は異なるでしょう。一つ、とても有効な方法は、一人で溜め込まずに他の人に聞いてもらうことです。他人に話したところでどうにもならないと思うかもしれません。でも、言葉にして他人に伝えることで心の荷物は軽くなります。「知ってもらう」ということ自体が大きな力となるのです。

 逆の立場から考えれば、私達は、なかなか他人の力になることはできません。でも、他の人の痛みや辛さを「知ってあげる」こと自体に大きな意味があるのです。

 一人ひとりの人間は決して強くありません。いろいろな人の支えがあって強くなるのです。「誰かに知ってもらう」ことにより、自分の心の中で重荷を昇華することができます。再び頑張ることもできるのです。身近な人に話しづらい場合、色々な相談機関を利用することもできます。

 自分を大切に、相手を大切に、一人一人を大切にしましょう。あなたの悩みや辛さや頑張りを、遠慮せずに素直に伝えましょう。心の痛みを相談できる人は、実はたくさんいるのです。

 

                  平成29年9月 全校集会講話より(一部改)

「人の思いの中で生きている」

「人の思いの中で生きている」

 

 7月7日少し前から、図書館に笹竹が飾られていました。皆さんもよく知っているように、七夕では願いごとを短冊に書いて笹竹に飾り、織姫星に祈ります。図書館の笹竹にも皆さんの短冊がたくさん吊るされていたようです。 


 作家の重松清さんは、この七夕の願いごとに、自分以外の人の幸せを祈ることを「おとなの条件」に挙げています。確かに、家族やお世話になった人の幸せそうな顔を見ることは、年齢を重ねるにつれ、自分の幸福の大きな要素になっていきます。短冊に、子どもの成長や、両親の健康への願いを込めることは、ある意味では「おとなの条件」かもしれません。

 でも実は、七夕でなくても、また祈りまではいかなくても、私達の周りには人に対する思いが溢れていて、それは必ずしもおとなだけのものではありません。大げさに言うならば、人間は、自分の周囲にいる、いろいろな人の思いに支えられて生きているのです。

 親が子どもを慈しむ。教師が生徒に期待する。恋人がお互いを大切に思う。友人同士が励まし合う。言葉にしなくても、共感したり、心配したり、尊敬したり、優しい気持ちを持ったり。

 身近な人だけではありません。私達は、直接会ったことのない人を応援したり、頑張りを自分のことのように喜んだり、感動したり、また不幸に心を痛めたりもします。

 そういった思いがあるからこそ、人間は存在し、希望を持ち、頑張ることができ、また過ちも許され、やり直すことができるのです。もし、万一、あなたが間違ったとしても、あなたの未来に期待する人達がいるからこそ、再び機会を与えられるのです。

 自分の周りには、たくさんの人の思いがある。今、ここに在るのも、いろいろな人の思いのおかげである。それを感じて生きることは、私達の義務かもしれません。

 

 

              平成29年度 7月全校集会 校長講話より(抜粋)


「四里の道は長かった」

「四里の道は長かった」

 「四里の道は長かった。その間に青縞の市のたつ羽生の町があった。」


 「総合的な学習の時間」を利用して、生徒と一緒に地元の名所・旧跡を訪問しました。
  最初の訪問地である建福寺は、『田舎教師』のモデル小林秀三が下宿し、死後埋葬された寺です。彼の日記をもとに、田山花袋が書き上げた小説は、実在する人々を登場人物として、明治の羽生の自然や風物が活き活きと描かれています。健幅寺は成願寺として登場します。


   
 
  その後
駅前の『小便小僧』(ベルギーの姉妹都市デュルビュイ市から寄贈されたもの)から毘沙門山古墳を経て、清水卯三郎の眠る正光寺に到るのが今回の計画でした。時間の関係で全てを巡ることはできませんでしたが、生徒だけでなく私達にとっても大変意義のある校外学習となりました。

 学校がある地域を自分の足で回り、歴史や文化、人々の営みを肌で感じることは大切なことです。公立学校は、地域の歴史や文化と密接に結びついており、地域とともに育ってきました。地域を持っていることが公立学校の強みなのです。


「失敗を許し、成功を喜ぶ」 ~ボールゲームは人生に似て~

「失敗を許し、成功を喜ぶ」

~ボールゲームは人生に似て~

 

 本校では、修学旅行期間を利用して球技大会が開催されます。今年、体育館で行われた種目は、男女ともバスケットボールでした。

 スリーポイントシュートが決まって喜ぶ男子。「もうダメ」と言いながらも全力で走る女子。床を弾くドリブルの音、床を擦るシューズの音。無理なパスを出してしまい味方に謝るすまなそうな顔。「校長先生、うちのチームは2連勝です」と報告してくれる笑顔。観ていると、こちらの気持ちも跳ねるように高揚します。目的を共有し、同じ時間を生きている感覚が伝わってきます。

 生徒の頑張る姿に、自分の高校時代が去来します。パスをもらえてちょっと嬉しかった気持ち。ボールを持ったまま相手に囲まれてしまい、味方を必死に探したこと。ロングシュートが網をくぐった時の誇らしさ。

 バスケットボールは人生に似ていますね。パスが来た。どうするか。パスを出すか、ドリブルに切り替えるのか、それともシュートをするのか。自分自身の動きやチームメイトの意図、いろいろな思いや過程を経て、今、自分の手元にボールがある。もらったパスを一人で抱えたままにしておくことはできません。みんなの力を一つにするために、手元にあるボールは必ず繋げていかなければなりません。

  もう一つ思い浮かんだことがあります。「失敗を許し、成功を喜ぶ」ということです。これは、バスケットボールだけでなく、サッカーでも、バレーボールでも、団体で競い合うスポーツで共通に感じることです。味方の失敗を責めず、成功した時には、全員が喜びを分かち合う。そうして個の力が絡み合って全体の力となり、全体の力が個を活かすのです。

 団体球技から学ぶことはたくさんありますね。



「自ら学ぶ楽しさ」「ともに学ぶ喜び」

       「自ら学ぶ楽しさ」   

      「ともに学ぶ喜び」

 

 本校は、生涯学習機関として地域に貢献するとともに、開かれた学校づくりの一環として、一般の方を対象に特別講座を開設しています。今年も「実用の書」、「ワード入門」、「生活の中の科学」の三講座が始まりました。

 開講式では、昨年度、修了書をお渡しした方のお顔を多数拝見できました。誘い合って今年も受講してくださったようです。

 再度の受講理由をお尋ねすると、「とても楽しかったから」という答えが返ってきました。そしてお互いに顔を見合わせた時の笑顔の素晴らしいこと。特別講座を通して新しい友人もできたとのことでした。

 学ぶことは、本来大変楽しいものですし、学びたいという欲求は、何にも代えがたいものでしょう。また、学校は、一緒に学びあう喜びを味わうことのできる場所でもあります。「自ら学ぶ楽しさ」や「ともに学ぶ喜び」は、一度学舎を離れたからこそ、より実感できるのかもしれません。

 勉強することは、学生だけの特権ではありません。年齢や経歴に関係なく、私達すべてが生涯を通して享受すべきものです。保護者の方も是非、本校の特別講座に御参加ください。

 

「100年ロマン」

「100年ロマン」

 昨年、東京大学の 梶田隆章 博士による「ニュートリノの質量の発見と神岡の基礎科学研究」と題する講演をお聞きする機会に恵まれました。博士は、ご存じの通り、ニュートリノ振動の発見により、2015年にノーベル物理学賞を受賞されています。

 博士の話は、学生時代の想い出に始まり、研究者として携わった「カミオカンデ実験」へと続きます。ニュートリノは素粒子の仲間で、大きさ、質量とも想像できないほど小さな存在で、地球を簡単に突き抜けてしまうこと。岐阜県神岡町からその名を取った「カミオカンデ」で行った陽子崩壊実験が偶然にニュートリノ振動の発見に繋がったこと。実験は「スーパーカミオカンデ」に引き継がれ、1998年にニュートリノ振動の観測結果を発表したことなど、研究者としての喜びが聞く側に直接響いてきました。さらに、話は、「アインシュタイン最後の宿題」へと拡がります。アインシュタインが100年前にその存在を予言し、後世に検証が託された重力波が昨年ついに観測され、一般相対性理論の正しさがあらためて確認されると同時に「重力波天文学」が夜明けを迎えたこと。ニュートリノと重力波により人類は宇宙創世の謎を解く鍵を手に入れたこと。物理学の素人にも分かりやすく興味がつきない話で、とても楽しそうな、時々夢見がちな博士の表情が印象的でした。

 前置きが長くなりました。博士の後半の話ではありませんが、実は、私自身も、世界を駆け巡った重力波観測に関するニュースに胸を躍らせた1人です。その時の感想も含め話を続けますが、退屈な部分は読み飛ばしてください。

 重力波とは、時空の歪みを伝える波です。質量を持った物体が存在すると、それだけで時空に歪みが生じ、重ければ重いほど、その歪みは大きくなります。さらにその物体が運動することで、空間の歪みがさざ波となり伝わっていきますが、そのさざ波自体のことです。

 重力波の振幅は人工的に作り出して観測することが不可能なほど小さく、波源は天体現象にのみ期待されています。昨年、世界で初めて観測された重力波は、地球から約13億光年彼方の場所で、2つのブラックホールが衝突したときに生まれたもので、2人の人間が1メートル離れて座っているところを通過すると、2人の距離が、10の21乗分の1メートル変化します。小さすぎてピンときませんね。

 ニュートリノや重力波といった想像もできないほど小さな世界が、途方もなく大きな宇宙の謎に繋がっている。どうやら、大きな世界の創造は小さな世界の探索から始まるようです。一見関係ないことが実は、深いところで結びついている。これは、科学の世界だけではなく、何かいろいろなことに共通していませんか。ずっと彼方にある大きな夢を叶えるためには、手元にある小さな目標を達成していくことが必要なように。

 もう一つ、「信じる力」の凄さを感じませんか。アインシュタインの予言を信じ、100年におよぶ壮大な探しものは続けられました。一般相対性理論の発表は1916年。まさに宇宙をめぐる100年ロマンです。

 宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』で、ジョバンニとカムパネルラの旅は、不思議な時空異動を経験しながら、南十字星に向かいます。途中、2人がアルビレオ観測所の近くで、検札を受ける場面があります。

「これは三次空間の方からお持ちになったのですか。」車掌がたずねました。
               (中略)
すると鳥捕りが横からちらっとそれを見てあわてたように云いました。

「おや、こいつは大したもんですぜ。こいつはもう、ほんとうの天上へさえ行ける切符だ。天上どこじゃない、どこでも勝手にあるける通行券です。こいつをお持ちになれぁ、なるほど、こんな不完全な幻想第四次の銀河鉄道なんか、どこまででも行ける筈でさあ、あなた方大したもんですね。」

 

 ジョバンニが眠りから覚めると、一晩かけた天の川銀河の旅も、地上では僅か45分間のことでした。相対性理論に基づけば、物体の速度や、重力の影響を受けた空間の歪みにより、時間の進み方も変わります。宮沢賢治もまた、遙かな宇宙に想いを寄せ、ロマンを見いだした人でした。『銀河鉄道の夜』も100年ロマンと繋がっているのですね。

               
                         (羽高だより 第114号より)

「人生のドア(2)」 平成29年度前期始業式講話

「人生のドア(2)」

平成29年度前期始業式講話

 

 今、新しい先生方を紹介しました。午後には、皆さんの後輩が入学し、いよいよ平成29年度が始まります。今日の入学式では、「人生のドア」の話をする予定です。

 これは、あるドイツの高校生が一つの失敗を人生の失敗と感じ、臆病に首をすくめ現実から逃げ出したいと考えていたときに、英語教師の言葉に、前を向いて不安に立ち向かう勇気をもらった話です。

 その言葉とは、「人生にはドアが沢山あります。ドアの後ろには何があるか分からない。それが怖いと思うかもしれませんが、好奇心を持って、好きなドアを開けてみてください。素敵なことが後ろにあるかもしれません。ドアの後ろに嫌なことがあったら、一歩下がって、そのドアをまた閉めてもいいんですよ。」というものでした。

 当時17歳であった彼女は、この言葉に背中を押され、古いドアを閉めて、新しいドア、日本への留学に踏み出します。「幸せを探す勇気をもてた」という彼女の言葉が印象的です。

 さて、新入生の話とは、ここからが違います。皆さんには一歩踏み込んでお話しします。

 彼女は「探す勇気」と言っています。「ドアを開ける勇気」と置き換えることもできます。ここはとても大切なところです。なぜなら、確かに、人生にはドアはたくさんあります。でも、自動ドアはないからです。ドアは自分で開けなければいけません。

 指揮者の佐渡 裕さんは、小学校の文集に書いたベルリンフィルの指揮をするという夢を実現したとき、「夢への扉は勝手に開くものではないし、先生や親が助けてくれるものでもない。自分で開けないといけないのです」という言葉を残しています。そして、それは目の前の小さなことから逃げないところから始まると続けています。

 夢や希望を叶え、未来を拓く魔法はありません。彼の言葉のとおり、学校生活でも、仕事でも、人間関係でも、目の前にあることに、正面から向き合うことがドアを開ける力になります。いつまでも古いドアを見つめ、新しいドアに背を向けていてはいけません。小さくても新しいドアに手を伸ばし、そのドアを自分で開ける。そのためには、目の前の日常に、常に真摯でなければなりません。自分で開けたドアだからやり直しができるんです。                                                                                                                                                (抜粋)


                             

「人生のドア」平成29年度入学式校長式辞


「人生のドア」
平成29年度入学式 校長式辞

 桜の花びらがひかりに揺れ、風が香りを運び、季節が新たな出発を祝うこの佳き日に、多数の御来賓の方々に御臨席いただき、平成29年度 埼玉県立羽生高等学校 入学式を挙行できますことは、この上ない喜びであり、心から感謝を申し上げます。



 ただいま呼名され、入学を許可された生徒の皆さん、入学おめでとうございます。皆さんは本日から、羽生高校の生徒として、本校で学んでいくことになります。保護者の皆様、お子様の入学、本当におめでとうございます。心からお祝い申し上げます。

 本校は昭和23年に設立され、今年で70年目を迎える学校です。校訓は、「友愛 自立 飛翔」です。「友愛」とは、お互いに励まし支え合い、協力する心のことです。「自立」とは、自分自身の力で物事を切り開いていくことです。そして「飛翔」とは、空高く飛び駆けることです。

 「友愛」の中で優しさを育み、「自立」という滑走路を経て、自分の夢や希望に向かい「飛翔」する。この3つの言葉は本校の教育活動の道標であり、生徒の皆さんの充実した高校生活への願いが込められています。
 今、皆さんは、新しい生活に、期待と同時に不安を感じているかもしれません。出発に際し、あるドイツの高校生が人生の転機とした言葉を紹介します。

 「人生にはドアが沢山あります。ドアの後ろには何があるか分からない。それが怖いと思うかもしれませんが、好奇心を持って、好きなドアを開けてみてください。素敵なことが後ろにあるかもしれません。ドアの後ろに嫌なことがあったら、一歩下がって、そのドアをまた閉めてもいいんですよ。」

 彼女は、一つの失敗を人生の失敗だと感じ、臆病に首をすくめ現実から逃げ出したいと考えていました。そんな時、ある英語教師から聞いた「いろいろなドアを開けてみなさい。間違ったら閉めてもいいんですよ」という言葉は、逡巡を素直に受け止め、失敗を肯定的に捉え、前に進むきっかけとなったのです。不安に立ち向かう勇気をもらったのです。

 当時17歳であった彼女は、この言葉に背中を押され、古いドアを閉めて、新しいドア、日本への留学に踏み出します。「幸せを探す勇気をもてた」という彼女の言葉が印象的です。

 思ったとおりの人生が果たして楽しいでしょうか。人生には、様々な悩み、失敗や挫折はつきものです。悩みや、失敗、挫折という紆余曲折こそが皆さんの人間性を豊かにし、人生を人生たるものにします。精神科医で随筆家であった斎藤茂太(さいとうしげた)博士は「人生に失敗がないと人生を失敗する」という言葉を残しています。

 ドアの前で立ち止まってはいけません。不安は新しい可能性の始まり、自立への第一歩なのです。三寒四温の後に春が訪れるように、寒さや温かさを経験して、皆さんは羽生高校の門をくぐりました。すでに一つ新しいドアを開けています。自信を持って、勇気を持って、失敗を恐れずに未来を見つめてください。皆さんの人生はこれから、いろいろな可能性のあるドアが待っています。

 保護者の皆様、本日から、お子様をお預かりします。本校は「単位制」という、生徒一人一人の希望や生活のリズムに合わせることのできる柔軟な教育システムをとっています。授業によって、クラスメートも異なります。他の高校であれば、クラスで一緒に行動し、学校生活はレールに沿って進んでいくかもしれません。しかし、本校では、自由と責任の意味を理解し、自分で判断して、自己管理しなければなりません。卒業に至る道程(みちのり)は一人ひとり異なります。校訓の2番目に「自立」がある所以です。

 保護者の皆様には、本校の教育方針をご理解いただき、学校と密接な連携をとりながらお子様の成長と卒業に向けた支援をしていただきたいと存じます。

 終わりに、本日入学された皆さんが高校生活をとおして大きく成長し、卒業の春に、心地よい光と暖かい風を体いっぱいに感じてくれることを祈念し、式辞といたします。

平成29年4月10日
                      埼玉県立羽生高等学校長 田島 昭彦

                  



 

 

「結果と成果」平成28年度後期終業式講話


「結果と成果」

 

 過日、ロサンゼルスで行われた第4回ワールド・ベースボール・クラシックで、日本チームは準決勝で強敵アメリカと互角に渡りあいながらも惜敗しました。2大会振りの世界一返り咲きはなりませんでした。

 試合後、小久保監督は「勝てなかったのは事実。評価は周りがすることだと思う」というコメントを残しています。

 さて、皆さんは、今大会での日本チームをどう評価しますか。評価する、評価できない。様々な意見があることでしょう。

 小久保監督は、「失敗したら、もう指導者としてユニフォームを着られなくなる」という恐怖心から、就任要請を受けるか否か迷ったそうです。その危険を承知して引き受けたのは、サッカーのように子供たちが憧れる日本代表チームをつくり、野球界を発展させたいとの思いからだったと述懐しています。それまで代表チームは、大会が開かれる年の、しかもシーズンオフの時期にだけ招集されている単発チームでした。約3年半前、選手が毎年招集される常設の日本代表チームが生まれ、彼はその最初の監督でした。指導者としては初心者でしたが、シーズン中に、候補の選手全員と一対一で代表の意義と本人の意思を確認することで信頼関係を築き、チームとしての結束力を高めることに奔走します。

 今大会、決勝進出を逃したことを考えれば、結果を残せなかったと言えるかもしれません。しかし、常設チームという新しい試みにより大きな成果を残しています。それは選手の言葉にも表れていました。

 今年のワールド・ベースボール・クラシックに向けた日本代表チームの3年半の物語は、そのまま私達の日常にも通じます。

 満足のいく結果を残し目標を達成するときもあり、残念な結果に歯噛みするときもあるでしょう。部員数が揃わず、出場そのものを断念したチームがあるかもしれません。「勝つ」あるいは「負ける」という結果は確かに大きな要素です。しかし、結果にはそこに至る過程があり、最善を尽くす過程の後には、結果の如何にかかわらず、成果が生まれます。結果と成果は違います。

 私達は、往々にして結果のみを追い求めます。どうか、皆さん、まず過程を大切にして下さい。団体スポーツであればチーム作りに腐心し、受験であれば一人で勉強に取り組んだ過程は、例え結果が伴わなかったとしても、それ以上の成果となって皆さんのこれからを支える力となっていきます。結果は過去に残り、成果は未来に生きます。努力した過程で得られた成果は、今後の皆さんの人生の節目で必ずや生きるでしょう。

 

                   平成28年度後期終業式 校長講話より

「柔軟に生きる」第47回卒業式式辞


「柔軟に生きる」

第47回卒業式式辞

 

  羽生高校の69回目の冬が過ぎ、70回目の春が訪れようとしています。校舎に注ぐ陽の優しさと、校庭を駆け抜ける風の香りに春の息吹を感じるこの佳き日に、多数の御来賓並びに保護者の方々に御臨席いただき、埼玉県立羽生高等学校、第47回卒業証書授与式を挙行できますことは、この上ない喜びであり、心から御礼を申し上げます。

 ただ今、卒業証書を授与しました皆さん、卒業おめでとうございます。心よりお祝い申し上げます。

 皆さんは、期待と不安が交錯する中で、「友愛 自立 飛翔」という校訓に初めて迎えられた日のことを覚えていますか。以来、日々の授業、行事、そして部活動などをとおして、互いに励まし合い、支え合う「友愛」という優しさと、自らの意思でやり抜く「自立」という強さを身につけました。いよいよ「飛翔」の時がやって来ました。新たな出発に、期待と不安が再び交錯しているかもしれません。
    

 これからは「答え」のない時代に突入します。社会の変化はかつてないほどの速度であり、今日学んだ知識が明日通用するかどうかはわかりません。例えば、人工知能の発達は、これからの時代を生きる人間が行うべきことを根底から変えようとしています。首都圏を襲う大地震は、人生の予定表に書き込んでおかなければならないとも言われています。こうした不確かさの中で、時代を柔軟に生きることが求められています。

 柔軟に生きることを、私達はどう捉えたら良いのでしょう。3つの観点から話をします。

 まず、必要なことは、変化を恐れないということです。20年前、インターネットと携帯電話はほとんど普及していませんでした。10年前にはスマホという言葉はありませんでした。キャシー・デビットソン氏の「2011年にアメリカの小学校に入学した子どもの65%は、大学卒業時に今はない職業につくだろう」という予言は、世界を駆け巡りました。

 古い言葉があります。「最も強い者が生き残るのではなく、最も賢い者が生き延びるのでもない。唯一生き残ることが出来るのは、変化できる者である。」

生物学者ダーウインが『種の起源』の中で述べた言葉です。

 もちろん、これは生物学上の理を述べたものであり、人間社会にそのまま適用すべき言葉ではないかもしれません。しかし、変化は必ず訪れます。しかも、これからの100年の変化の速さは、今までの2万年に匹敵するとも言われています。

 必要なことの2つ目は、進んで他者から学ぶことです。自分の考えや意見を表明できることは大切です。しかし、常に他者の意見に耳を傾け、学ぶ姿勢を持たなければいけません。一人で辿り着ける、導き出せる「答」は、一人の経験や思考によるものでしかありません。私達の一生は、教えられ、学ぶことから始まります。そして、他者から学び続けることにより、私達は常に成長していくのです。

 偏見なく人を、物事を見つめましょう。自分より若い人からも、経験の浅い人からもたくさんのことが学べるはずです。「自分で考えること」と「他者から学ぶこと」は、皆さんの人生を支える両輪なのです。

 3つ目は、柔軟に生きようとすることで陥りやすい落とし穴についてお話します。

 「答え」のない時代においては、「答え」を出すよりも「問い」を見いだすことが重要だと言われます。確かに、「答え」でなく「問い」を見いだすことは主体的な生き方に通じます。単なる知識だけでなく、真に必要な知恵を身につける上で不可欠なことでしょう。

 「問い」立ての大切さを十分承知した上でお話しします。「問い」立てすることに縛られないでください。「問い」は言い換えれば「課題」とも言えます。学校のカリキュラムでも、これからは、自ら「課題」を見出す態度を育成することが重要だと言われています。ここでは、「欠点」という言葉に置き換えると、わかりやすいかもしれません。

 「木を見て森を見ず」ということわざがありますが、「課題」の解決や「欠点」の克服ばかりに心を奪われていますと、大事なこと、何より「良さ」を見失います。マイナスの改善は確かに大切でしょう。しかし、プラス面を見つめることを忘れてはいけません。皆さんの大切な心を、「課題」を解決することだけに使ってはいけません。「課題」を解決すれば、「欠点」を克服すれば、魅力的な人間になれますか。豊かな生活を送れますか。それはわかりません。是非覚えておいてください。「良さ」を伸ばすことは「欠点」を克服する以上に大切な時があります。

 「変化を恐れない」ことや「他者から学ぶ」ことは、決して他に迎合することではありません。「柔軟に」生きようとすることで自分を見失ってはいけません。卒業生の皆さん、羽生高校で培った「友愛の優しさ」と「自立の強さ」を持って時代を生き抜いてください。

 保護者の皆様、お子様の御卒業、誠におめでとうございます。心からお祝いを申し上げます。本日の卒業を期に、お子様が新しい社会で空高く飛翔されますことを御祈念申し上げます。また、今日まで、本校に対して心温まる御支援御協力をいただきましたことを深く感謝申し上げます。
 最後に、生徒会誌に掲載しました数年後の卒業生の皆さんに宛てた手紙を読み、式辞の結びといたします。

 

 平成29年3月13日

                  埼玉県立羽生高等学校長 田島 昭彦  

                              (一部改)





「拝啓」 ~卒業〇〇年後の皆さんへ

「拝啓」 

~卒業○○年後の皆さんへ

 

 拝啓

 お元気ですか。卒業から何年経ったでしょうか。今はどんな生活を送っていますか。

 仕事に就いた人、順調ですか。最初はわからないことばかりだったでしょう。今までとは全く違う勉強が必要だったのではないですか。同世代の集まりだった学校とは違う環境の中で、戸惑うことも多いでしょう。いろいろなことを、周りの人達の支え、そして何より自分自身の努力で切り拓いたのだと思います。

 まだ、大学や専門学校で学んでいる人もいるでしょう。専門的に随分難しくなっているでしょう。先生方も、もう皆さんの質問に答えることはできません。自分の可能性を信じ、将来のためにたくさんのことを吸収してください。

 仕事に就いている人も、大学等で勉強している人も、対象こそ違え、人の一生は「学ぶ」ことの連続です。「学ぶ」ことは常に私達の周りにあり、人は「学び」の中で成長し、未来を拓いていきます。

皆さんは、高校時代のことを想い出しますか。文化祭では、生徒会を中心に、皆さんの力が一つとなりました。昼間部では、工夫を凝らした模擬店や展示等にクラスの力の結集を感じました。夜間部の花飾りのモザイク壁画は、文化祭の雰囲気を創るうえで最高の演出になりました。

駅伝大会では、アンカーがゴールしたときに、仲間が駆け寄り健闘をたたえ合っている姿が感動的でした。遠足や修学旅行も忘れられない思い出でしょうね。部活動では5つの部が全国大会に出場しました。

 あの時、羽生高校は皆さんの「高校」でした。そして、早春のあの日、皆さんは羽生高校を巣立ち、新しい世界へと飛び立ったのです。もし、高校時代が懐かしくなったら、羽生高校を想い出してください。でも、皆さんは常に未来を見つめなければなりません。これから先は、学ぶ心と机のあるところ、それが皆さんの高校です。御多幸を祈念します。

                                                              敬具

              

                           『 翔 』 第26号より


「親」

「親」

 

 卒業生の皆さん、御卒業おめでとうございます。保護者の皆様、お子様の御卒業に際し、心よりお祝い申し上げます。在学中は、御心配もおありだったかもしれませんが、いよいよ巣立ちの日を迎えたお子様の姿には感無量かと拝察いたします。

 少し前になりますが、ある保護者の方とお話をする機会がありました。お子様の進路への揺れる思いに、居ても立ってもいられない気持ちを率直に語っておられました。

 子供の意思を尊重してやりたい、でも親の気持ちも伝えたい。背中を押してやりたい、でも押し過ぎてはいけない。子供が悩んでいるように、親も子供に悟られないように葛藤しています。子供の前では「格好いい」親でありたいのです。

 語源とは別な話ですが、漢字の「親」という文字は、「木」の上に「立」って「見」ると書きます。上からでは、下にいる者を無理矢理に木に登らせることはできません。登ろうという意思を待ち、登り始めた時に初めて手を差し伸べることができる。

 飛び立つ子供を見送る親の思いには、大きな喜びもある反面、切なさも同居するものです。

 

                          『まがたま』 第76号より

「心に残したい話」


「心に残したい話」

 

 今日は、新聞やウェブ上に掲載された埼玉県の高校生のエピソードを紹介します。

 

 自転車で通学している湯本さんは昨年12月21日夕方、鴻巣市屈巣の県道を通りがかった際、新聞紙や折り込みチラシが半径約3メートルにかけて大量に散乱しているのを目の当たりにした。一度はそのまま通り過ぎたものの、「何もしていない自分に辛くなった」と戻って来た。

当初は古紙を自転車の前かごに積んで自宅に持ち帰ろうとしたが、収まり切れない。約500メートル離れたコンビニエンスストアへ行き、ごみ袋を買って戻り、再び拾い集めた。現場は交通量の激しい通り。湯本さんは青信号になるたびにひたすら拾い続けた。

 午後5時20分ごろ、同署に「女子高生が落とした荷物を一人で拾っている。かわいそうだから助けてほしい」と連絡が入った。署員が駆け付けると、すでにごみ袋3袋分、計10キロの古紙が回収されていた。持ち帰り方法を考えていた矢先に署員が到着。安心した湯本さんの目からは涙が流れた。

 高校ではバスケ部に所属している湯本さん。学校周辺のごみ拾いなど美化活動をしてから朝の練習に取り組んでおり、「学校でもやっているので当たり前と思って拾いました」と振り返った。

 市村知孝署長から感謝状を贈られ、湯本さんは「周りの事をもっと見られる一年にしたいです」とほほ笑んだ。

 

 皆さんは、この話から何を感じますか。この生徒の行為は、しようとしてもなかなか真似できるものではありません。しかし、たとえ同じようにできなくても、他の人の善行を目にしたり、耳にした時、何を思うか、それは大変大切なことです。

いいものはいい、そう正面から感じる心を持ちたい。素直に感動する心でありたい。今日、皆さんに伝えたいのは、まさにこのことです。

心温まる行為や言葉に触れる機会は必ずあります。その時に、素直に温かさを感じてほしい。そして、願わくば、ずっと忘れないでいてほしい。

年頭にあたり、私自身がこの話を忘れないためにも皆さんに紹介しました。

 

 

                      全校集会 校長講話より抜粋

                     (記事:埼玉新聞H29.1.6より)

「振り返る」


「振り返る」

 

 まもなく平成28年も終わります。テレビやウェブ上では、今年一年を振り返る企画が始まっています。羽生高校の平成28年を振り返ってみますと、軽音楽部、陸上部、テニス部、柔道部、剣道部の全国大会出場や、文化祭、駅伝大会での皆さんの頑張り等、大変有意義な年であったと思います。

 この「振り返る」という行為は、時代や世相だけでなく、一人ひとりが立ち止まって自分自身について行うことが大切です。どうしてか。

 『論語』の中に、「吾日に吾が身を三省す」という一節があります。三省堂という出版社の由来となった言葉ですが、「私は毎日、何度も何度も自分を省みて、誤りに気付いた時にはこれを改めている」という意味です。これは、言うまでもなく重要ですが、実は「振り返る」理由はこれだけではありません。今日は、別の理由を考えてみます。

 「振り返る」最初の理由は、「忘れないため」です。

 うまくいかなかったこと、諦めたこと、途中で終わりにしてしまったこと、これからもう一度試みることを「忘れないため」に「振り返り」ます。

 二つ目の理由は、「確かめるため」です。

 頑張れたこと、うまくいったこと、新しい友達ができたこと、一緒に笑う仲間がいること、支えてくれる人がいること、一人ではないことを確かめるために「振り返り」ます。

 三つ目の理由は、「自分を認め、褒めるため」です。

 先ばかり見つめていると、心が重くなります。自分が成長していないと感じたり、これから何をしてよいかわからず、先を見ることが容易でないときも、立ち止まって後ろを振り返ると、ここまで頑張ってきた自分が見えるものです。

 ここで、もう一つ。「振り返る」上で大切なのは「ゆっくり振り返る」ということです。そうすることで、出来事と一緒に「気持ち」が甦ってきます。うまくいかなくても頑張ろうとしていた気持ち。どきどきしていたこと。辛かったけど前を向こうとした決意。嫌になってしまった気持ちさえ、皆さんのこれからの糧となります。

 新しい一年を迎える前に、一人ひとり目を閉じて、この一年間を振り返ってみてください。何ができましたか。何ができませんでしたか。頑張れたことは何ですか。頑張れなかったことは何ですか。自分自身を振り返り、自分自身を褒めてあげましょう。それが、先に進む力にもなります。

 

                      全校集会 校長講話より抜粋


「今を大切に」

「今を大切に」

 

 今日は、「今を大切にする」ことについて話をします。良く耳にする言葉ですが、今回の話は、「今が皆さんの将来の基礎を築く時だからしっかり頑張りなさい」とか、「将来に備えて準備しなさい」という類いの話ではありません。もちろん、それも大事なことですが・・・。皆さんに大切にしてほしいと考える「今」とは、もっともっと目の前の日常です。

 

 高校は人生の通過点に過ぎません。そして、私達は人生の通過点を2度と訪れることができません。今年の高校生活は、人生でもう2度と味わうことができないのです。今しかできないことは、もう2度とできないことなのです。しかし、ここで「思い」、ここで「行動した」ことは、皆さんの心の中にずっと生きていくかもしれません。

 

 眠い目を擦りながら、なんとか頑張って授業を聴いている。クラスメイトと一緒に文化祭の準備に走り回る。重い荷物を持って登校する。先生に進路の相談をする。部活動で汗を流す。友達の他愛もない話に笑い転げる。

 何気ない高校生活の日常を、しかし「今」しか味わうことのできない生活を一つひとつ大切にして、向き合っていく。決して背伸びすることはなく、周りにいる人達と高校生活を享受していく。「今を大切にして」ほしいとはそういうことです。

 

 先を急ぐ必要はありません。人生にはその時々に「旬」なことがあります。皆さんにとって、今は「高校生活」が「旬」なのです。学校の中で「笑い」、「汗を流し」、「涙を流し」ましょう。今を大切にして生きること。それが、今後の人生を豊かにしていくでしょう。

 

                        前期終業式 校長講話より抜粋


「文化祭を創る」

「文化祭を創る」

いよいよ第48回「勾玉祭」が始まります。今まで、勾玉祭実行委員会を中心にテーマを決定し、各団体が企画や運営に知恵を絞り、工夫や調整を重ねてきました。一つひとつ積み上がり、形となっていく様子には、まさに「創る」という言葉がぴったりです。

さて、文化祭の「楽しさ」とは何でしょう。お客として参加すること。もちろんそれも「楽しさ」です。

でも、もう一つあります。それは「創る」楽しさです。最初から最後まで、自分が主体となって、考え、行動し、創り上げる楽しさ。「文化祭」を待ち焦がれる生徒達が共通して感じているものの一つに、この「創る」楽しさがあります。そして「創る」中に、充実感や感動があり、苦しさや挫折感も同居します。

勾玉祭においでの皆様、本校の「文化祭」を満喫してください。同時に、開催する側の「楽しさ」という観点からも見ていただけると違った勾玉祭が見られるかもしれません。