平成31年度(令和元年度)校長あいさつ

 

 

   トライ(TRY)! 

         そして、変身

 

 ~単位制で見つけよう 新しい、ジブン~

 

 

 

 

 

皆さん、こんにちは。ようこそ羽生高校のHPへお越しくださいました。

 

本校は、昭和23年の戦後の混乱期に、関係者の教育に寄せる熱い情熱と生徒の学びに向かう意欲・力を結集して設置された、埼玉県立不動岡高等学校羽生分校をその前身としており、今年度で創立72年目を迎える歴史と伝統ある単位制による昼夜開講二部制の定時制高校です。

 

 

 

目指す学校像を「主体的に学ぶ力と豊かな人間性を育成し、地域に開かれた学校づくりを推進する」としています。

 

本校で学ぶ生徒は、校訓にある「友愛 自立 飛翔」を日々実践しながら、「単位制」という一人一人の希望や生活リズムに合わせた教育システムを生かし、夢に向かって果敢にチャレンジしています。また、「人生100年時代」を見据え、地域の生涯学習機関として、特別講座や学校公開講座を開講し、地域の皆様にも積極的にご参加いただいております。

 

 

 

本校での「学び」が一人一人の可能性を磨き上げ、個性となって光り輝くよう、また、生涯にわたる「学び」の礎となるよう教職員一丸となって教育活動に取り組んでまいります。

 

 

 

是非、羽生高校で「学び」への「トライ」を重ね、新しい自分を見つけてください。

 

 

 

 

 

                           平成31年4月

 

                           校長 鈴木久代

 

 

 

 

 

 

 

掲示板

校長講話等

冬季休業明け全校集会校長講話 ー目標をもってトライ!ー

 明けましておめでとうございます。

 皆さんは、今年一年をどんな年にするか、目標を立てたでしょうか。年の初めの全校集会にあたり、目標を立てることについて話をしたいと思います。

 年末に教育相談部の先生から、今年の目標・楽しみにしていることを教育相談だよりに掲載したいので教えてくださいと言われ、私はささやかな2つのことをあげました。一つはバラをきれいに咲かせること、もう一つは筋力アップです。

 我が家は堀に囲まれた角地にあるのですが、堀と土地との境には、緑色のフェンスが張り巡らされており、味気ないなあと思っていました。あるとき、もう20年以上前になりますが、教え子の縁で参加したガーデニングフェスタでつるバラの一種である真っ白な一重の花と緑の葉のコントラストが美しいナニワバラの苗をみつけ、フェンスのそばに植えました。

 毎年少しずつフェンスに沿うように手入れをしながら大きく育て、今では毎年ゴールデンウィークの頃になるとフェンス一面に真っ白な花が覆うようになりました。近所の方も楽しみにしてくださっていて、私が草取りや花柄摘みをしていると知らない方まで「きれいですね」とか「何という花ですか」などと声をかけてくださいます。ありがたいことです。

 ところが、昨年、花が咲いた後、古い枝がいよいよ枯れて茶色の葉っぱが目立つようになったのです。フェンスに絡めてあることもあり、とげのあるバラの枝切りはなかなか大変で、夏から秋にかけて、時間があれば、のこぎりとはさみを使って格闘し、やっとの思いで古い枝を整理しました。どうなることかと心配しましたが、幸い若い枝が出てきたので、再度フェンス仕立てにして、肥料をやり、今またやっと新芽ができはじめています。 世代交代の時期を迎えたのだと思い、大げさかもしれませんが、「命をつなぐ」使命感のようなものに駆られ、今年も近所の方にも楽しんでいただけるように、きれいに咲かせることを目標に頑張っています。

 もう一つの目標の筋力アップは、健康のためですが、教育相談室だよりに書いたからには、生徒の皆さんに嘘はつけないと、この冬休みにはスクワットや腹筋などの筋トレと合わせて5キロ前後の散歩も始めました。今年の翔羽祭では、昨年以上にしっかり走れるよう引き続き頑張りたいと思います。

 私事が長くなりましたが、私は、目標を立てることは、考える力を育て、行動を変える力になると考えています。

 皆さんも、競泳の瀬戸大也選手のことは知っていると思います。埼玉県毛呂山町出身で、昨年7月の世界選手権では200メートル、400メートル個人メドレーを制し、今年開催される東京オリンピックでも活躍が期待されています。

スポーツ選手ですから目標を立てるのは当然と言えば当然ですが、小学5年生から彼を指導してきたコーチによれば、彼は子どものときから「自分で考える」才能をもっていたと言います。レース後、感想や気づいた課題について聞いても口ごもる選手が多い中、瀬戸選手は「一生懸命何かを伝えようと頭をひねっていた」と言います。ベストタイムを出しても慢心することなく、すぐに次の目標を設定し、「まだこれくらいは出せそうです」と真剣な目で言う。そして目標を達成するための方法を考え、実践することを繰り返し、時には挫折を経験し、それでも諦めず目標を更新しながらここまでやってきたそうです。目標をもつことは、その実現に向けてどうしたらいいのか考える力を育てます。考えるから行動が変わります。

 昨年の4月以来、今年度の合い言葉として「トライ」と皆さんに言い続けてきました。今年度も残すところ3ヶ月、締めくくりの時期を迎え、一つ上のステージに上りましょう。「目標をもってトライ!」一人一人が自分の足元をしっかり見つめこの一年の具体的な目標を立てましょう。実現するための方法やスケジュールを考えましょう。そして、行動に移しましょう。

 皆さんの新たなトライに期待します。私も頑張ります。

 

冬季休業前全校集会校長講話ー「これからが、これまでを決める」ー

 こんにちは。

 早いもので今年も残すところ一週間あまりとなり、新聞各紙にも読者が選ぶ日本10大ニュースが相次いで掲載されました。令和への改元、ラグビーW杯日本大会開幕と日本チームの活躍、京アニ事件、消費税率10%のスタート、台風19号による東日本の大雨被害などがあげられていましたが、振り返ればいいこと、悪いこと、今年も様々な出来事がありました。

 皆さん一人一人にはどんな一年だったでしょうか。頑張りが実って成功したこと、成長が実感できたことなどよかったと思えることもあったでしょうし、逆に失敗やうまくいかなかったこともあったでしょう。もしかしたら、今も自分が望まない状況に苦しんでいる人がいるかもしれません。

 令和元年の締めくくりの時を迎えた今日は、「これからが、これまでを決める」という言葉を紹介したいと思います。これは、親鸞の教えを学んだ藤代聰麿(ふじしろ としまろ)氏の言葉です。

 さて、今年の秋は県内多くの高校で周年行事が行われ、私もいくつかの学校の記念式典に参列する機会がありました。各校それぞれにその学校らしい独自性のある式典、続くアトラクションと素晴らしい時間を共有する機会をいただいたわけですが、ある定時制高校で行われた卒業生によるパネルディスカッションの中で一人の卒業生が語った話には、特に深い感銘を受けました。そして、「これからが、これまでを決める」という言葉を思い出したのです。

 パネラーとして登壇した同窓生の紹介によれば、その方は間もなく30歳、ある企業の第一線で活躍し、多くの著名人とも交流されているとのことです。高校は夜間部に在籍していたそうですが、当時の夜間部は、パネラーの言葉を借りれば、いわゆるヤンキーが多く、保護者の考え方から小学校にも中学校にも通わせてもらえなかった人もいたそうで、様々なバックボーンをもつ人たちの個性がひしめきあっていたとのことです。

 その方も例外ではありません。幼い頃から父親の母親に対するDVに悩んでいたと語ってくれました。自分は何で生まれてきたのかと自分の存在価値を認めることができず、オーバードーズ、薬の過剰摂取ですね。そういうことをしてしまうほど自分の命を大事にすることができなかったと言います。しかし、教養を身につけたいと高校に入学し学ぶ中で友人と出会い、教師と出会い、未来を考えられるようになったとき、生きて今ある命への感謝とともに、なぜかDVの記憶しかないような父親に対する感謝の気持ちが湧いてきたそうです。

 それから彼は変わりました。感謝がベースになっていますから自分を含めて、人と、そこで結ばれる縁というものを大事にするようになり、挨拶は必ず自分から、様々な出来事の意味を考え、どうしたらそれを活かすことができるか、プラスに転じることができるか考えるようになったと言います。そんな方が、社会人になった今、多くの方に愛され活躍しているのは合点がいくことでしょう。

 「これからが、これまでを決める」これからの生き方が過去の出来事の意味を決める。変えることも、消すこともできない過去のつらい現実も、これからの生き方次第でその意味は大きく変えることができるのです。大切なのは、これからどう生きていこうとするのかです。

 年の終わりに、心静かに過去を見つめ直してみてください。もし今も過去のつらい記憶に苦しんでいる人がいるならば、その呪縛から解き放つことができるのは今のあなた自身しかありません。決意をもって未来に続く明るい方へ新たな一歩を踏み出すことを願っています。いい年を迎えましょう。

 

翔羽祭あいさつ ー最高のチームパフォーマンスをー

 おはようございます。

 皆さん、空を見上げてみてください。今日は朝から秋晴れ、素晴らしいスポーツ日和となりました。

 さて、翔羽祭は、その目的に合わせて、チーム競技とロードレースからなっています。今日はこれまでの体育の授業と高校生活をとおして培ってきたものを十分発揮する一日にしてもらいたいと思います。

 ロードレースは、自分との闘いです。長い距離を走る間は、自分と対話することになるでしょう。自分の心と体の声に耳を傾けながら最後まで負けずに頑張ってください。

 そして、チーム競技です。「チーム」と同じように「集団」を表す言葉に「グループ」がありますが、スポーツにおいてグループ競技とは言いません。チームとグループはどう違うのか、皆さんは考えたことがあるでしょうか?

 ある辞書によれば、「グループ」は人々の集まり、「チーム」は共同で仕事をする人々の集まりと書かれています。違いがわかりますか?よく言われるのは、「グループ」は足し算、「チーム」はかけ算ということです。人が集まれば、「グループ」を作ることは比較的容易にできます。しかし、そのままでは「チーム」にはなりません。

 人にはそれぞれの個性があります。ある目的のために集まった多様な人材が、互いの長所を活かし合い、不足を補い合う働きをすることによって相乗効果を生み出すことができて初めて、集団はチームになります。そのために必要なのは、十分なコミュニケーションです。今日は、皆さん一人一人がチームの一員として、自分がチームのために何ができるか考え、積極的にコミュニケーションをとって最高のチームパフォーマンスを発揮してくれることを期待します。

 青空を突き抜けるくらい若いエネルギーを躍動させ、思い切りとびはねて、最高の一日にしましょう。

第51回勾玉祭ー〝和〞を結集し、創造性豊かな文化祭をー

「集ま〝令〞!!友情の〝和〞(輪)!!勾玉祭」をテーマとして、第51回勾玉祭(文化祭)が開催されます。学校文化、伝統というものは、生徒から生徒に引き継がれるようになって初めて本物になるといいますが、「令和」の文字を取り入れたテーマを冠した文化祭をとおして、羽高生が発信しようとするもの、引き継ごうとするものは何でしょうか。

 日本最古の歌集である『万葉集』梅花の歌三十二首の序文を典拠とする「令和」という新元号は、「人々が美しく心を寄せあうなかで文化が生まれ育つ」という意味があり、「一人一人が明日への希望とともに、それぞれの花を大きく咲かせることができるように」という願いを込めて、決定されたということです。

 生徒会を中心に、夏休み前から準備を進めてきた勾玉祭です。新時代の幕開けにふさわしく〝和〞を結集し、創造性豊かな文化祭になることを期待します。そして、願わくは、『万葉集』で「梅を愛でながら旅人が宴を楽しんだ」ように、ご来場いただいた皆様にも、羽高生が心を寄せあい、創造する勾玉祭を楽しんでいただけますように。そして、〝和〞(輪)が広がりますように。

避難訓練校長講話

 皆さん、こんにちは。

 はじめに、本日の避難訓練でご指導いただく5名の方を紹介します。羽生市消防本部羽生市消防署の署員の皆様におかれましては、お忙しい中、本校生徒のためにお時間を割いていただき、ありがとうございます。この後、ご講評もいただきます。どうぞよろしくお願いいたします。

 

 本日は、地震発生を想定しての避難訓練を行いました。小学生の頃から学んだ「お・か・し・も」を守って、しっかり行動できたでしょうか。この後、代表生徒には起震車体験をしてもらいます。体験したことを周囲の人にしっかり伝えてください。

 

 今から8年前、2011311日に発生した東日本大震災は未曾有の被害をもたらしました。その頃からでしょうか、「天災は忘れた頃にやってくる」と言われたことは、はるか昔の感があります。今週末も台風19号が警戒されるところですが、先月発生した台風15号による千葉県の被害は現在進行形で避難生活を送っていらっしゃる方がいます。8月の終わりには九州北部豪雨もありました。昨年の西日本豪雨や北海道胆振東部地震も記憶に新しいところです。 災害により亡くなられた方の御冥福を祈るとともに、被災地の一日も早い復旧、復興を祈りたいと思います。

 

 さて、災害が発生したとき、適切な避難行動をとることができたかどうかが生死を分けると言われています。避難行動をとる間もなく、命を落とされた方もいますが、人間は予期しない危険が迫ってくると、心が過剰に反応して疲弊しないために、「自分は大丈夫だろう」と考えるような「正常性バイアス」が働くといわれています。バイアスというのは偏見という意味です。災害で亡くなられた方の中には正常性バイアスが働いた結果、適切な避難行動をとることができなかった方も少なくないのではないかと思います。

どんな災害でも重要なのは、適切な避難行動をとれるかどうかということです。自分の命を守る行動、先生達には生徒の命と自分の命を守る行動が適切にできるかどうかが生死を分けます。学校で行う避難訓練はそのための訓練です。いつ災害が起きても危険をしっかり察知し、冷静な行動ができるように意識して、今日の避難訓練を生かしてもらいたいと思います。

前期終業式校長講話「人生の題名」

 皆さん、こんにちは。

 早くも今年度の折り返し地点を迎えました。折しもラグビーワールドカップの最中ですが、土曜日のアイルランド戦は観ましたか。特に後半戦の集中が素晴らしかったですね。日曜日の新聞に、ジョセフ・ヘッドコーチが試合当日の朝、選手たちにかけた言葉が紹介されていました。「誰も勝てるとは信じていない。でも俺たちがやってきたことは誰も知らない。自分たちを信じて戦おう。」過酷ともいえる練習にどれだけ取り組んできたのだろうと思わされました。また、自分でやったことからしか力も自信も生まれないことを改めて思いました。

 ラグビーを意識したわけではありませんが、4月の始業式と入学式で、私は皆さんに「TRY!」を呼びかけました。皆さんの「TRY」は何でしたか。この半年間を振り返って、どんな感想をもっているでしょうか。思い切ってトライしてみたことで新しい自分を発見できた人、トライしてみたけれどまだなかなかいい結果につながっていない人、様々かと思いますが、私には、この半年間で皆さんに感動を覚える場面がいくつもありました。前期の締めくくりに「ありがとう」を伝えたいと思います。

 

 出会いの4月、笑顔で、あるいは恥ずかしそうに挨拶をしてくれた皆さんに。自分の国の挨拶を教えてくれたあなたに。

 5月、それは夜間部の生徒が登校してくるのを昇降口で迎えていた時たまたま見かけたことです。今にも死にかけている玉虫をみつけ踏まれないよう手に包み、木の根元にそっと移してくれていたあなたに。

 6月、本校生が失敗して近隣の方にご迷惑をおかけした時のこと、謝罪に伺った私に、その方は、「自分が何かしたわけではないのに『羽生高校の生徒がご迷惑をおかけしてすみません』と謝ってくれた生徒さんもいるんですよ。」と伝えてくださいました。誰かはわからないけれど、きっとこの中にいるあなたに。

 7月、学校評価懇話会に生徒代表として参加した生徒会の皆さんが、談話室の使い方について意見を述べ、「生徒会としてもできることを考えます。」と頼もしい発言をしてくれたことに。その後、対策は進んでいますか。

 8月、部活動の全国大会に出場した皆さんの健闘ぶりには震えました。

 9月、生徒生活体験発表会で、自分が見つけた羽生高校で学ぶ意味を発表してくれたあなたに。感性豊かに心の中を見つめ、羽生高校で自分の世界を広げているあなたに。また、行田で行われたミュージックデイズでバンド演奏を披露してくれたメンバーたちに。際立つ個性が化学反応を起こしているようで本当に楽しかった。そして、授業で皆さんが学び合いをしている様子に。協調学習の研究授業を見て、羽高生はまだまだやれる。そう感じています。

 

 さて、明日から後期を迎えるにあたって、少し話をします。

 夏の終わりに電車に乗ったときのことです。塾の広告かと思いますが、中学校の入試問題が掲載されていて考えさせられました。小川洋子さんの短編集『海』の中から、文章が引用され、文言は少し違うかもしれませんが、こんな問題がありました。

「あなたの今までの人生に題名をつけるとしたら、何とつけますか。また、その理由を30字から40字で述べなさい」

 皆さんならどんな題名をつけますか。結構難しいのではないでしょうか。私のように長く生きていると、それぞれのライフステージに小見出しをつけていかないとならないくらいの変化がありますから、これはかなりの難問で、どうやらこの中学校には合格できそうにないなと苦笑いもしたわけですが、面白い問題だと思いました。正解があるわけではなく、今、盛んに言われているところの「思考力・判断力・表現力」を問う問題だったからです。この問題に取り組む小学生の多くは、自分が頑張ってきたことや将来の夢を思いながら、題名をつけ、なぜその題名なのか、採点者を納得させられるように理由を述べるのでしょう。

 それから、人生に題名をつけるという発想も面白いと思い短編集も読んでみました。考えてみれば人生は一続きの物語です。過去は今につながり、今をどう生きるかが未来をつくる。過去を振り返ることは、今をみつめ未来を考えることにもなります。そして人生にたった一つの正解というものはありません。

 今、皆さんは、社会のここを生きていて、高校生という可能性に満ちたステージに立っています。これからの自分の物語をどのように綴っていくのか、それは皆さん一人一人の壮大な夢のある仕事です。

 

 明日から後期、今年度の後半戦です。

 是非、なりたい自分に向かって題名をつけるつもりで、テーマを持って今目の前にあることに集中して取り組んでみてください。まずは20日後に迫った文化祭がありますね。今年のテーマは「集ま〝令〞!!友情の〝和〞(輪)!!勾玉祭」に決定したということですが、一人一人がテーマの実現を目指して、文化祭に積極的に参加することを期待します。後期も引き続き合言葉は「TRY!」、がんばりましょう。

夏季休業明け全校集会校長講話 「トイレの神様」


 おはようございます。

44日間の夏休みが終わり、今日からまた学校生活が始まります。大きな事故等もなく、こうして皆さんと再会できたことを嬉しく思います。

先ほど全国大会で活躍した生徒からの報告、表彰がありましたが、そのほかにも部活動での頑張りや生徒会の皆さんの勾玉祭に向けた集中準備、基礎学力向上補習に取り組んだ人、学校説明会や夏季公開講座で手伝いをしてくれた人、進路実現に向けた会社訪問やオープンキャンパスへの参加、就労体験、アルバイトの頑張りなど、多くの皆さんの頑張りを聞いています。夏休み前の全校集会で話した「()真剣」な夏をそれぞれに過ごしてくれたことを嬉しく思います。

 

さて、今日は「トイレの神様」について、話をします。皆さんにも協力をお願いした東側トイレの改修工事が終わりました。一階男子トイレの入口扉について、もう少し不便をかけますが、間もなく完了となります。どうですか?今日、登校してから行ってみましたか?本当にきれいに生まれ変わりました。ピカピカで気持ちがいいですね。使うのがもったいないくらいです。その気持ちとともに、私は『トイレの神様』という歌を思い出しました。皆さんも聴いたことがあるのではないでしょうか?

 

今から9年前の2010年、植村花菜さんというシンガーソングライターによる楽曲です。952秒にも及ぶ長い歌でしたが、FM局で流れると一気に評判となり、その年のレコード大賞優秀作品賞や作詞賞も受賞、絵本やドラマにもなりました。植村さんの実体験から生まれた曲だそうで、あたたかい家庭に恵まれず小3の頃から自分を育ててくれたおばあちゃんの思い出やおばあちゃんの死が歌われています。その中に、トイレ掃除が苦手な幼い頃の植村さんにおばあちゃんが教えてくれたことが繰り返し歌われる歌詞になりました。

「トイレには、それはそれはキレイな女神様がいるんやで。だから毎日キレイにしたら、女神様みたいにべっぴんさんになれるんやで」 

おばあちゃんの言葉によって、小さかった植村さんは、べっぴんさんになるため、夢だった気立てのいいお嫁さんになるため一生懸命掃除をするようになったと歌います。

 

おばあちゃんの言葉には、日本古来の「八百万の神」の考え方が反映されているようです。「八百万」とは「数えきれないくらいたくさん」の意味で『古事記』や『日本書紀』にも記載されています。もともと、四季の移りかわりに敏感に反応しながら生活してきた日本民族は、農耕民族として太陽や雨などをはじめ、自然の恵みが何よりも大切なものでした。自然界に起こる様々な現象、天変地異、それを神様の仕業として畏れ、敬ったことに信仰の始まりがあります。川や海、森、土地はもちろん、家の中にもたくさんの神様がいて守ってくれていると信じて、台所には「火の神様」や「水の神様」、トイレ(昔は便所、憚り、厠、そのほか汚れた場所の意味から御不浄とも言われていました)にはトイレの神様がいて、おばあちゃんの言う、トイレの汚れを清めてくれる美人の女神は、一説によれば波邇夜須比売(はにやすびめ)と弥都波能売(みづはのめ)を指していると言われています。こうした「八百万の神」の考え方には、自然や場所、物を大切にしてきた人々の感謝の気持ちが込められているように思います。

 

トイレ掃除によって会社を立て直したイローハットの創業者、鍵山秀三郎(かぎやまひでさぶろう)さんが書いた『掃除道』という本もベストセラーになりました。彼が素手でトイレ掃除をする意味は、人の心の荒みを何としてでも減らしたいからとのこと。人の心を落ち着かせ、穏やかにするには掃除をしてきれいにすることが最も効果的であると掃除に取り組む意味が書かれています。

 

古い便器を取り外すところから始まった工事ですが、工事に携わった多くの方々のお陰で、今日から美人の女神様がいるといわれる新しいトイレを使うことができます。どうか感謝の気持ちを忘れず、大切に使い、掃除をし、皆さんが心穏やかに、「いい顔」で、それぞれに「実りの秋」を迎えてくれることを期待します。がんばりましょう。

 

全校集会校長講話 「ど真剣な夏を」


今年度が始まって約4ヶ月が経ち、明日から夏休みになります。休みを迎えるにあたって、少し話をします。

 まず1年生、自分でリズムを作って学ぶ羽高スタイルには慣れましたか。2年生は先輩になりました。後輩に見せる背筋はピンと伸びていますか。3年生は修学旅行がありました。これまでの高校生活で学んだことを生かして、よい旅になったと聞いています。これからは、多くの人が4年生とともに高校生活の締めくくりの時期を迎えます。一人一人の進路希望実現に向けて、この夏休みは重要なときです。頑張りましょう。

 

 さて、4月の始業式と入学式で、私が全校生徒に共通して呼びかけたことがあります。覚えているでしょうか。それは、「TRY、やってみよう!」ということでした。皆さんの「TRY」は何でしたか。そして、それは続いていますか。

 

 今日は、稲盛和夫さんという方を紹介します。稲盛さんは1932年に鹿児島で生まれ、現在の京セラとKDDIを創業した方で、2010年には、経営破綻した日本航空の立て直しを頼まれ会長に就任、代表取締役会長を経て名誉会長、名誉顧問にもなった方です。また、ボランティアとして国内外に全104塾(国内56塾、海外48塾)、14,000人を超える経営者が集まる経営塾「盛和塾」の塾長として、人生哲学や経営哲学を伝え後進の育成も行っています。著書もたくさんあります。こうした肩書きだけ聞くと、はじめから自分とは遠い特別な人のように思う人がいるかもしれませんが、この方の青少年時代は決して順風満帆なものではありませんでした。むしろ挫折の連続であったようです。

 12歳で中学受験に失敗します。その後、結核の初期症状である肺浸潤にかかり病の床に伏すことになり、戦争の空襲で家も焼けてしまいます。さらに、大学受験も失敗し、不況の中で就職もうまくいかない。紹介でやっと入った会社は赤字続き。もう逃げ場もない不遇な状況に追い込まれてから彼は腹をくくります。周囲のせいにしているうちは何も始まらないと。それから彼は一切の不平不満を捨て、目の前の仕事に「()真剣に」取り組んだそうです。彼の新たな「TRY」です。そこから彼の人生は好転します。後に彼は述べています。「与えられた仕事に必死に打ち込むことで、弱い心を鍛え人間性を養い幸福をつかむことができる」と。そして、「人生には方程式がある」として「人生・仕事の結果=考え方×熱意×能力」であると言います。かけ算ですからどれか一つが「0」ならば結果も出せません。「能力」がたとえまだ小さくても「考え方」が人として正しく、「熱意」をもって目の前のことに取り組んでいけば、大きな結果が得られることになります。人生はそうして拓けてゆくのだと教えられます。

 

 高校生の仕事の第一は学習です。高校時代は勉学をとおして自分自身を鍛え世界を広げる時期であり、他者との関わりの中で生き方や在り方を考える時期であり、人生を選び取る時期です。こうした時期にあって自由が増える夏休み44日間をどう過ごすかは、皆さん一人一人の「考え方」と「熱意」にかかっています。是非目標を定め、「()真剣に」TRYしてみてください。一回り大きく成長した皆さんと9月に会えるのを楽しみにしています。

「いい顔」ー羽高だより第122号(5月14日発行)ー

新年度を迎えてから早一ヶ月、令和の時代が幕を開けました。

校内を歩いていると、皆さんの「いい顔」に出会い嬉しくなります。授業中、先生の説明を「目で聴く」顔、これは、自分の頭で考えて理解しようとしている顔です。先生の問いかけにいい反応を見せる顔、そうそう、授業は教師と生徒が一緒に創り上げるものです。ペアワークで相手の瞳を覗き込む顔は、他者の考えに耳を傾け、自分の考えも深めながら合意形成に向かおうとしています。部活動も然り。黙々と走り込み額に汗の光る顔、ボールやシャトルを追う真剣な眼差し、相手への礼節が伝わる謙虚な姿、仲間と歌声を合わせる楽しさ、楽器演奏へのチャレンジ、文化祭に向けての創作等々……。そして、登下校時をはじめ挨拶をしてくれる顔、顔、顔。

 アメリカ合衆国第16代大統領であるリンカーンは、「40歳を過ぎたら自分の顔に責任を持て」と言いました。これは、「人間は生きざまが顔、顔つきに現れる」ということを伝えたものです。皆さんが社会の中心となる40歳になった時、今より深みの増した「いい顔」で世界に貢献していてくれることを願っています。

 さあ、5月です。爽やかな風を胸いっぱいに吸い込んで、一日一日を大切に、今日も「いい顔」で過ごしましょう。


平成31年度始業式「『思い』は『形』に」

「『思い』は『形』に」
平成31年度 始業式(平成31年4月8日)

 

 おはようございます。

 新年度を迎えました。先ほど新転任の先生方をご紹介しましたが、今日の午後には第49回入学生を迎えることになります。学校の一年の始まりです。

 時間の流れを止めることはできませんが、人間は、このように節目を設定することで自分を振り返って区切りをつけたり、向かうべき目標を新たに設定したりして、それを道標に長い人生を歩んでゆきます。人間が生きる知恵の一つだろうと思います。皆さんも今、漠然としたものであったとしても、一人一人心の中に秘めた思いがあることでしょう。

 

 今年度のスタートに当たり、新入生を含めた「チーム羽生」の皆さんに、意識してほしいキーワードを伝えます。それは「トライ(TRY)!」「やってみよう」ということです。やってみなければ、それが自分に合っているのかを知ることもできません。自分でやってみなければ、自分を成長させることもできません。自信も生まれません。

 私自身も含め、人は弱い。どうしても、安易な選択、自分の苦しみや不安のない方向、そのときの楽しさなど、今の自分の感情を優先した選択をしたくなります。しかし、今日は始まりの日です。弱さを知った上で、少しでもなりたい自分、夢の実現に向けて、目標を立て、「トライ」を始める日にしましょう。たとえば、毎日学校に登校するために11時には必ず寝ようとか、自分でお弁当をつくろうとか、授業の前に教科書を必ず読んで攻めの姿勢で授業に臨もうとか、読書をしようとか、挨拶は必ず自分からしようとか、11回「ありがとう」を言おうとか、小さな目標からのトライでいいのです。時には「失敗」するかもしれません。しかし、失敗を失敗のままにせず、「どうしたらよいか」方法を考えてまたやってみる。楽しいと思えなくてもその状況を「面白がって」やってみる。池に小石を投げると波紋が広がるように、やってみると何かしらの反応が返ってきます。その反応を見て、考え、判断しながら「トライ」を続け、よかったことを積み重ねていった先には、「未見の我」、今の自分には想像もつかない自分に会えるでしょう。

 

 皆さんは、宮沢章二という方を知っていますか?地元羽生市出身の詩人・作詞家で、クリスマスソング「ジングルベル」の訳詞をした方です。教師として学校に勤務された経験から300を超える学校の校歌の作詞もされています。本校の校歌の作詞者でもあります。東日本大震災のあと毎日テレビから流れていたACジャパンのCMがありました。皆さんは当時小学生だったかと思いますが、聞き覚えのある人がいるかもしれません。「『心』は誰にも見えないけれど、「こころづかい」は見える。『思い』は見えないけれど、『思いやり』は誰にでも見える。その気持ちをカタチに。」……いかがでしょうか?これは、宮沢さんの『行為の意味』という詩の一節からつくられたものです。

 思うだけ、望むだけでかなう夢はありません。「思い」は「形」に、「行動」にすることが大切です。未来を恐れず、過去の自分にとらわれず、皆さんの思い切った「トライ」に期待します。頑張りましょう。

第49回入学式式辞 「トライ(TRY)!」

「トライ(TRY)!」
第49回入学式式辞(平成31年4月8日)

今日の日を待っていたかのように桜が咲き誇る春のこの佳き日に、PTA会長様、後援会会長様をはじめとする御来賓の皆様、保護者の皆様に御臨席を賜り、平成31年度 埼玉県立羽生高等学校 第49回入学式を挙行できますことは、この上ない喜びであり、心から感謝を申し上げます。

 ただいま68名に対しまして、入学を許可いたしました。新入生の皆さん、入学おめでとう。今の気持ちはいかがでしょうか。皆さんは本人の努力はもちろん、御家族をはじめとする関係者に支えられ、受検を乗り越え、新たな一歩を踏み出しました。我々は皆さんを心から歓迎いたします。

さて、本校は終戦間もない混乱期の昭和23年に設立され、今年で72年目を迎える伝統校です。この70余年の間、時代の変化に柔軟に対応しながら変わらぬ本校の伝統とは何か。それは、関係者の教育に寄せる熱い思いであり、生徒の学びに向かう意欲、力であります。脈々と受け継がれる伝統があるからこそ、本校は変化を恐れず常にしなやかに、教育、学びへのチャレンジを重ねてまいりました。

新入生の皆さん、今日からは皆さんが主役です。そこで、羽生高校で充実した生活を送るためのキーワードを伝えたいと思います。それは、「トライ(TRY)!」。やってみなければ、それが自分に合っているのかを知ることもできません。自分でやってみなければ、自分を成長させることもできません。自信も生まれません。本校の校訓は「友愛 自立 飛翔」です。「飛翔」の時に向かって結果を恐れずやってみる。「面白がって」やってみる。時には失敗もするでしょう。それでも失敗のまま投げ出さず、「どうしたらいいか」方法を考えて、また「やってみる」。受検という壁を乗り越え新たな一歩を踏み出した皆さんならできるはずです。本校の「単位制」という生徒一人一人の希望やリズムに合わせた教育システムを生かし、存分にトライしてみてください。トライを続けた先には、きっと今は想像もつかない自分に出会えることでしょう。皆さんのトライに期待します。

保護者の皆様、改めまして、お子様の本校への入学、誠におめでとうございます。

新元号も発表され、間もなく新たな令和の時代の幕開けです。現在、AIをはじめとする技術革新やグローバル化が加速度的に進み、「第4次産業革命」とも言われ、「ソサイエティ5.0」が提唱されております。そうした中で迎える「人生100年時代」を不安視する声もありますが、既に経済産業省からは「人生100年時代の社会人基礎力」として、三つの力の重要性が指摘されております。それは、「考え抜く力」「チームで働く力」「前に踏み出す力」の三つです。お子さんたちは今、「前に踏み出す力」を発揮しました。これから本校で「考え抜く力」や「チームで働く力」の基礎力を育成してまいります。そして、さらに前に踏み出し、スパイラルアップするサイクルを身につけさせたいと考えます。このサイクルを回す原動力になるのは、生徒自身が行動する中から生まれる「自分はなかなかやれている」「I’m ok!」という「自己肯定感」です。

保護者の皆様には、本校の教育方針を御理解いただき、お子様が「自己肯定感」を育み、様々な「トライ」ができるよう御支援をお願いいたします。

結びに、本日入学された皆さんが高校生活をとおして、「友愛」を育み、切磋琢磨する中で輝きだすそれぞれの個性をみつけ、「自立」に向かう葛藤を乗り越えて優しさを身につけ、社会の宝となって卒業の春に「飛翔」することを祈念いたしまして、式辞といたします。

「『学び』は 人と ともに」 第49回卒業証書授与式校長式辞

 「『学び』は人とともに」

第49回卒業証書授与式 校長式辞

 

 桜の花芽が光に実り、目覚めの時を待っています。頬を撫でる風が、間近に迫った開花を感じさせるこの佳き日に、多数の御来賓並びに保護者の方々に御臨席いただき、埼玉県立羽生高等学校、第49回卒業証書授与式を挙行できますことは、この上ない喜びであり、心から御礼を申し上げます。

 ただ今、卒業証書を授与しました皆さん、御卒業おめでとうございます。心よりお祝い申し上げます。

心を過る想い出は、期待と不安が交錯する中で迎えた入学式でしょうか。それとも、クラスの力を結集させた文化祭でしょうか。夜間部の花飾りのモザイク壁画は、今年も文化祭の最高の演出でした。新しくなった体育祭で、仲間を応援し健闘をたたえ合っている姿は今も心に残っています。遠足や修学旅行、定期試験や部活動も大切な想い出でしょう。

 今日、皆さんは高校という学舎を飛び立っていきます。しかし、皆さんの「学び」は終わるわけではありません。

 「なぜ学ぶのか」、「何のために学ぶのか」という問いかけは、普遍のものですが答は一つではありません。

 昨年の8月、羽生高校学友会会長 河田 羽生市長とともに福島県で開催された定時制通信制教育振興会全国大会に参加し、二人とも強く心を揺さぶられる経験をしました。それは、福島大学の前川直哉氏による「震災から復興へ 学びによる挑戦の歩み」という講演によるものです。

 前川氏は、兵庫県にある私立 灘高校3年生の時に阪神・淡路大震災で被災しました。大学入試センター試験2日後のことです。

 灘高校は大震災の中心地にあり、あの600mにわたり倒壊した阪神高速道路は、校舎の僅か1km南、前川氏の通学路だったそうです。

 生活の基盤も失われ、受験自体を躊躇う中、やっと電話が復旧し、担任の先生から安否を確認する電話が入ります。担任の先生の言葉とそれを聞いた前川氏の感慨には胸が熱くなります。

 調査書を渡す日程等、事務的なやり取りの後、担任の先生は「こういう時こそ勉強するんやで」と氏に伝えたそうです。

 「こんな時に何を言ってるんだ、この人は」と半ばあきれているところ、続く担任の先生の言葉は、前川氏にその後の人生を変えるほどの衝撃を与えます。

「ものは潰れた。街は壊れた。けれど、君たちが学んだことは、どんな災害があっても壊れない。だから今こそ学ぶんだ。それがこの街の復興に繋がる。」

 電話を切っても暫く動けなかった氏は、その場で「教育っていいなあ」と声に出し、受験を決意します。東大入試まで2か月を切っていた時のことだそうです。

 奇跡的に倒壊を免れた灘高校の体育館には、200を超える遺体が運び込まれ、教師たちは、まさに足の踏み場もなくなった職員室でヘルメットを被り、必死に調査書を復元し、職印(校長印)を探したそうです。

 その後、東京大学と京都大学で学んだ氏は、その時の思いを胸に母校灘高校に教師として戻ってきます。そして、阪神淡路大震災から16年後に起こった東日本大震災を目にし、たまらず復興ボランティアに参加します。

 氏のその体験を聞いた灘高校の生徒たちは、キラキラとした瞳でボランティア参加を申し出たといいます。派遣に係る一切の経費は負担しないという条件で学校から許可された福島行きを、それでも生徒たちは、自分たちの小遣いをはたいて参加します。それが、現在でも続いている灘高校と福島県の交流の始まりだそうです。

 灘高校のネットワークは、福島の被災者医療支援でも中心的な役割を担い、氏の後輩がたくさんボランティアとして参加しました。彼らのあまりの多忙さに、前川氏は心配し、労いの言葉をかけます。

「大変だな。大丈夫か。」

 返ってきた若い医師の言葉は、あまりに感動的で、羨望さえ感じさせるものです。 

「ええ、大丈夫です。こういう時のために学んできたのですから。」

 

「なぜ学ぶのか」、「何のために学ぶのか」。答の一つがここにあります。私たちは共に生きるために「学ぶ」のです。「学び」は人とともにあります。

 

 1996年、国際連合教育科学文化機関、通称ユネスコは21世紀の教育に向けて、ドロールレポートと呼ばれる有名な報告書を発表しています。『学習:秘められたる宝(Learning: TheTreasure Within)』と題するこの報告書は、日本だけでなく、世界的にも大きな影響をあたえました。

 その中にLearning(学習)の4つの柱が提言されています。そのうちの一つこそがLearn to Live Together「共に生きることを学ぶ」「共に生きるために学ぶ」というものなのです。

 

 さて、高校という「学び」の場から、次の「学び」の場に向かう皆さん、今、校訓の3つ目、「飛翔」の時を迎えています。

 皆さんを毎日迎えてくれた3つの校訓。校門をくぐると必ず目にした 「友愛 自立 飛翔」。友と語らい夢を育み、「友愛」の中で共に学ぶことを知る。そして、「自立」という滑走路を経て、自分の夢や希望に向かい「飛翔」する。この3つの言葉は私たちの教育活動の道標であり、皆さんの「学び」の道程でもありました。

 皆さん、羽生高校の校歌の中に、校訓の3つの道程が込められていることを感じていましたか。皆さんから向かって左側、舞台の右側に校歌のレリーフがあります。

「思いやさしく、自立の学園で、明日の世へ巣立つ力を」。

 皆さんの道程を美しく詠っています。作詞の 宮澤章二 氏は、羽生市出身の埼玉県を代表する詩人です。

 まもなく、全員で歌う最後の校歌の時が来ます。この歌を歌えるのは皆さんだけの特権です。毎日目にしていた校訓と1番から3番までの歌詞を重ね合わせ、羽生高校での「学び」を思い浮かべ歌ってください。私からの最後のお願いになります。

 保護者の皆様、お子様の御卒業、誠におめでとうございます。心からお祝いを申し上げます。本日の卒業を期に、お子様が新しい社会で空高く飛翔されますことを御祈念申し上げます。また、今日まで、本校に対して心温まる御支援御協力をいただきましたことを深く感謝申し上げます。

 

 三寒四温を繰り返し季節は移り、まもなく桜花爛漫たる春を迎え、そして今年も花びらは、人々の思いを乗せて舞うことでしょう。

 友とともに学んだ日々を胸に、これからもっと多くの人とともに学び続けてくれることを祈念してやみません。学び続けることこそ生きることであり、夢を追いかけることでもあります。

 夢は「学び」の道標なのです。最後にこの言葉を送り、式辞の結びとします。

 

平成31年3月12日

                        埼玉県立羽生高等学校校長 田島 昭彦 


「あなたに出会う人たちはきっと幸せ」

「あなたに出会う人たちはきっと幸せ」

      

 卒業生の皆さん、御卒業おめでとうございます。保護者の皆様、お子様の御卒業に際し、心よりお祝い申し上げます。

 お子様は、羽生高校での別れを経て、やがて新しい世界での出会いを迎えます。在学中は、御心配もおありだったかもしれませんが、いよいよ巣立ちの日を迎えたお子様の姿には感無量かと拝察いたします。

 今日は、私自身が「別れ」の時にいただいた忘れられない言葉を紹介します。20年ほど前に、ある学校を転出するときの経験です。

 「異動は、あなたにとっては嬉しいことではないかもしれない。でも、あなたが行く先の人たちは、きっととても幸せだ。」

 私には過分な言葉でしたが、私自身が見送る立場で、この言葉を送りたい人たちとの別れを何度も経験しました。かっこ良すぎて少々恥ずかしいので、別れの挨拶の時にそっと心の中で呟いたこともあります。

 卒業生の皆さん、今日は言葉にして伝えます。

 あなたに出会う人たちは、きっととても幸せです。不安があるかもしれませんが、自信を持って新しい扉を開けてください。

 保護者の皆様はどんな言葉をおかけになるでしょうか。今日は恥ずかしがらずに、思いっきり温かく心に響く言葉をかけてあげてください。

                                                         『まがたま』第80号より


「大切な場所」

「大切な場所」

 

 年が明け、平成30年度も残り3ヶ月となりました。慌ただしいと同時にとても感傷的な時期となります。それは決して悪いことではありません。人は、いろいろな思いを持ってこの時期を過ごします。

 羽生高校を飛び立とうとしている皆さん、新しい年次を迎えるためにもうひと踏ん張りしなければならないと考えている皆さん、自分だけでなく周りの人たちの去就とともに、いろいろな思いに心が揺れ動く時期がこれからやってきます。

 今日は、私自身の忘れられない言葉を紹介します。著名な人の名言や箴言ではありません。以前、日常のなにげない言葉に心を温かくする瞬間があるという話をしました。これから紹介する言葉は、約20年前にある学校を転出するときに、ALTの先生からいただいた言葉です。以来、時々心の中から取り出します。

 

 「あなたがその場所を去るときに、その場所と、一緒にいた人たちがどれほど大切だったかわかる。」

 

 この言葉通りの思いを幾度味わったことでしょう。これから進む場所がどんなに魅力的に見えたとしても、今、自分がいる場所がかけがえのない場所であり、一緒にいる人たちがかけがえのない人たちであることを、何度も実感しました。

 皆さんもどこかで実感することがあるでしょう。学校だけではありません。それは、皆さんが独立するときかもしれません。そして、本当にその瞬間が間近に迫った時にしかわからない思いでもあります。その時そう思えるために、「今」を意識し一緒にいる人たちと豊かな時間を共有していくことは、とても大切なことなのです。その意味でも、是非、この言葉を実感してほしいと願っています。

 

平成30年度1月 全校集会講話より(一部改)

 

「体育祭の意義」

「体育祭の意義」

 

 体育祭を好きな人もいれば嫌いな人もいるでしょう。体育が得意な人が活躍するだけで、走るのが苦手な自分は参加したくないと思っている人もいるかもしれません。

 体育祭の意義って何でしょうか。堅苦しく定義すれば、心身の発達と体力の向上を目指すこと、集団での活動を通して望ましい人間関係を醸成すること、自主的・自発的な活動をする態度を育成することなどがあげられます。少し難しいかもしれません。

 先生方は先生方の立場で行事の意義を考え計画、運営します。皆さんは、皆さん自身の意義を考えてみませんか。先ほどの堅苦しい文言に縛られる必要は全くありません。先生方とは違った角度から、体育祭の意義を考えてみましょう。

 誰にも得意、不得意があり、勉強が得意な人もいれば、芸術、または運動が得意な人もいます。芸術に関する行事もあれば、スポーツに関する行事もあります。参加するレベルも楽しみ方も多種多様です。同じ大会であっても、人によって意義や目的は変わってくるでしょう。

 私たちは多様な尺度の中で生きています。そしてその多様さは尊重されなければなりません。例えば、応援という楽しみ方もあります。縦割りの対抗戦、味方のメンバーを眺めて見ましょう。先輩でも、同級生でも、後輩でも、力一杯応援してごらんなさい。

 そして、終わった後、体育祭を振り返ってみましょう。行事を振り返り、自分なりの意義を見つけることは結構大切なことだと思います。

 

           平成30年度 翔羽祭 校長挨拶より (一部改)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



「家訓のすすめ」

「家訓のすすめ」

     

 近年、SNSの普及で、年賀状は減少傾向にあると聞きますが、我家では少なからず楽しみにしています。古い友人から届く一枚には、毎年、「○○家今年の家訓」が記されています。ユーモアとウイットに富んだ、そして基本的には大変真面目な「箴言」が創作されていると言うと褒め過ぎでしょうか。

 本人には無断ですが、手元にあるものを一つ紹介します。二十年程前の作品です。

 「順境の時には羞恥心を大切に、逆境の時には自尊心を大切に。」

 年賀状は連名になっていますので、家族間で一定のコンセンサスを経たうえで創られた言葉でしょうか。それとも、「今年はこれにする」と彼が宣言をし、子供たちの反対の声を笑いながら退けて決定したものでしょうか。失礼ながら想像する時があります。彼の人柄、お子さんに対する接し方や、家族を大切にしている思いが伝わり、こちらも幸せな気持ちになります。

 「家訓」は、堅苦しく考える必要はないのかもしれません。自分自身が大切にし、子どもに伝えたい思いを、「命令」でなく「共有」する。

 「子育て」というと、親が子どもに対して施す一定方向の行為のように考えられがちです。しかし、本当は、豊かな「親心」を育むための親の成長の過程であり、親子が共有する行為でもあるのです。

 PTAの研修として「家訓づくり」のワークショップを開催している学校もあります。あまり肩肘張らずに、家族で「家訓」を創ってみても楽しいかもしれません。


                              『まがたま』第79号より

「文化祭を回想する」

「文化祭を回想する」

担任をしていた教え子が、最近、こんな話をしてくれました。


 1、2年生の時、3年の先輩がどうしてあんなにも文化祭に夢中になれるのか分からなかった。何の得にもならないのに、いろいろなことを犠牲にして打ち込めることが理解できなかった。

でも、自分が3年生になり、文化祭を迎えた時、大袈裟だけど、すべてを投げ捨てて、突っ走らないではいられなかった。終わった瞬間、涙が溢れ止まらなかった

私は、人生のどこかの時期に戻ることが許されるとしたら、この日を選ぶ。想い出の中の宝物であると同時に、現在の私という存在の原点であり、今の頑張りを支えてくれる力。

今、自分の娘が高校生になった。願わくば、かけがえのない友とかけがえのない文化祭を創ってほしい。


 ちょっと感傷的ですが、いい話でした。皆さん、何十年後かにも想い出す文化祭を!


                       第50回 勾玉祭 校長挨拶より


 

 

 

 

「校歌」

「校歌」

 

 今日で前期が終わります。卒業年次の人は、あと半期で羽生高校を巣立っていくことになります。本校に通うのも、教室でみんなと一緒に勉強するのも、先生の顔を見るのも、もう容易に数えられるくらいの日数になってしまいました。これからは、学校にとっては恒例でも、卒業する皆さんや担任をしている先生にとっては特別な日々が続きます。

 さて、今年の夏、担任をした教え子たちの同窓会に呼ばれました。集まった卒業生は約200名、20年ぶりの再会でした。会の佳境では何があったと思いますか。そうです。「校歌」の合唱です。その学校は、音楽選択者が高音を担当して「斉唱」ではなくて「合唱」になります。

 「先生歌えますか。私はもう嬉しくてドキドキして。」私の隣に立っていた元教え子は頬を紅潮させてこう言いました。そして、現役時代と同じ見事な合唱と湧き上がる拍手と歓声。見渡すと涙に濡れた顔ばかり。見ている私の涙腺も緩んだ次第です。

 「校歌」は誰でも歌えるものではありません。ポピュラー音楽のように不特定多数の人に共有され、共感され、そして感動を与える歌ではないのです。全国の学校の数だけ「校歌」はあります。しかし、その学校の「校歌」を歌えるのは、その学校で時間と空間を共有した人だけに許される特権であり、アイデンティティなのです。

 心理学者E.H.エリクソンの提唱した概念に「自我同一性(ego identity)」というものがあります。この概念には、「時が流れ、場所が変わり、どんなに自分の状況が変化しようとも私は私である」という生き方の自覚があります。まさに校歌こそこの役割を果たしているように思えます。

 時空を超えた普遍的なアイデンティティの具現化が校歌なのであれば、「校歌」は、過去形になればなるほど色鮮やかになるものかもしれません。

 さあ、皆さんは、あと何回くらい皆で校歌を歌う機会があるでしょうか。皆さんだけが歌える歌を。

 

                平成30年度前期終業式 校長講話より(一部改)

「地域で育つ」

「地域で育つ」

 

 今年の夏は記録的な猛暑で、熊谷市では41.1℃という国内最高気温を更新しました。暑さや健康管理に対する意識改革が求められ、いろいろなレベルでの危機管理が必要となっています。

 幸いなことに、羽生高校では大きな事故もなく、今日、皆さんと顔を合わせることができました。夏季休業中は、陸上部、バドミントン部、柔道部、剣道部が全国大会で活躍してくれました。全国大会だけではありません。部活動、生徒会活動、補習、進路準備等、学校で汗を流した皆さん、ご苦労様でした。また、学校から離れて頑張った人もいるはずです。日常を離れて頑張った経験は、これから大きな財産となるでしょう。

 さて、学校のそばにコンビニエンスストアがあります。利用している人もいるでしょう。私も挨拶を兼ねてお邪魔することがありますが、お店の人達がとても皆さんのことを気にかけてくれていて、大変ありがたく感じています。

 夏休み中、こんな話を伺いました。お店の方が部活動で登校している生徒に、「この暑さの中、練習は大変ですね。顧問の先生は鬼ですね。」と声をかけると、その生徒は「そんなことはありません。とても楽しいです。」と答えたそうです。

 この話には続きがあります。その方が自分の言葉をひどく気にかけて、どうしても顧問の先生にお詫びしなければいけないと思っていたところ、たまたま顧問の先生がお店を訪れました。

 「この間、暑い中部活動の指導をされている先生のことを「鬼」と呼んでしまいました。すみません。」とその方が詫びると、その先生は、にっこり笑ってこう答えたそうです。「いえいえ、この暑い中、学校に来るだけでも生徒は偉いですよ。」

 子どもは「家庭でしつけ」「学校で学び」「地域で育つ」という言葉があります。「地域で育つ」とは、いろいろな地域の催し物も含め、地域の人達との交流の中で成長していくということです。

 今回の話は、そんな大げさなことではありません。でも、皆さんは学校だけでなく、いろいろな人達の温かい眼差しの中で学んでいるのです。

 

 平成30年度9月 全校集会講話より(一部改)

 

「いのちは誰のもの?」

「いのちは誰のもの?」

 

 残念ながら、今年も、皆さんと近い年代の若者が自ら命を落とすという事件がありました。「いのち」の大切さについては、昨年、日野原重明先生の言葉を紹介して話をしました。学校のホームページの「校長室より」に掲載してありますので、できればもう一度読んでください。

 

 さて、「いのち」は誰のものでしょうか。

 

 私たちは、地球上で唯一の存在として生を受けます。両親から半分ずつ受け継いだDNAが新しく組み合わさり、地球上で唯一の存在として、種の使命を背負って生まれてくるのです。あなたという存在の代役はいません。

 その後、親や周りの人の庇護を受け成長し、共に支え合う中で生を全うすることができます。私たちの生の営みを考えると、「いのち」とは自分のものだけではないという結論に至ります。

 一人ひとりの「いのち」には、多くの人の思いが込められており、自分自身だけでなく、将来私たちが関わっていく人達にとってもかけがえのないものだということが分かります。

 人が亡くなるということは、その人の人生にだけ関係する出来事ではありません。その人を失くした人々にとっても計り知れない重みをもつものなのです。世の中には、病であれ、事故であれ、争いごとであれ、どんなに生きたくても生きられない人もいます。私たちは、そういった人達のためにも、精一杯、生きるべきなのです。そして「いのち」の大切さについて考える責任があるのです。

 皆さん、一人ひとりが大切な存在だということを自覚しましょう。それは、同時に他者もまた大切な存在だと認識することでもあります。自分の気持ちや、居心地だけを優先して、それに合わないものを簡単に否定する、最悪攻撃しようとする、それがいかに愚かしく醜いかについても知らなければなりません。他者を認めること、それは私たちの生の原点でもあります。

 

             平成30年度前期全校集会 校長講話より

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